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 キャルルには姉が二人。

 ハーフエルフの父親は蒸発して、母親も早くに亡くす。


 片方の姉は、エルフらしからぬ豊かな体に身体能力を詰め込んだ、女冒険者でも屈指の実力者。

 もう一方の姉は、近所でも評判の美少女で、料理も上手な新人ヒーラー。


 まるで主人公のような境遇のキャルルは、行き倒れだったアドラーによく懐いた。


 アドラーにエルフ族への偏見がないのも大きいが、魔法も剣も使える記憶を失った戦士、というのが男子の心をくすぐったらしい。


「兄ちゃん! 断ってよ? 絶対に断ってよ!?」


 女装して姫の身代わりをの依頼を、男の子は全力で拒否する。

 そこまで言われては、アドラーも応じるわけにいかない。


「いやーこの子は、冒険者ではありませんので。だとしても、危険に晒すつもりもありませんが」

 アドラーは、はっきりと断った。


 しかし高級官僚がそんなことで引き下がるわけがない。


「せめてお話だけでも! 決してお身体に傷が付くようなことはございません。我が国の存亡がかかっておるのです!」


「それは……言い過ぎでは?」

「少し、大げさだったかも知れません」


 優秀な官僚は素直に認めた。


「まあ、話を聞くだけなら……」

 一体どんな事情があるのか、アドラーは気になってきた。


「兄ちゃん……! なんで……!」


 小学校高学年くらいのエルフっ子が、涙を浮かべてアドラーを見上げる。

 歴戦の戦士でも、とても悪いことをしている気分になる。


「話だ、話を聞くだけだから! な?」


 泣き出す前に慰めようとしたが、横からリューリアが楽しそうに弟をからかう。


「今の内にスカート探さなきゃね。わたしのお下がりの」


 誰に対しても優しい次女も、キャルルにだけは遠慮がない。


「リュー、お願いだからやめてあげて。えーっとですね、ファゴットさん。何故に王女の影武者をこんなとこで探すのか? それを知らないと、協力は出来ないんですよ」


 それは重々承知といった風にファゴットは頷いた。


「我が国スヴァルトは、数年前からオーク族との国境争いを抱えておりまして……」


 ファゴットが話を始めた。

 このような争いは、アドラーにとっても不思議はない。


 二足種の大型種族、エルフとオークは生息域が被るのだ。

 どちらも寒冷地仕様の長身で森林を好む。

 オークはさらに寒い地域、氷原の上にまで住み着く。


『だから、伝統的に仲が良くない』と、アドラーは知っている。


「一応の解決にと、三年前に仮の和平条約が結ばれました。今年は”仮”の文字を外し、平和を恒久的なものにする大事な会合があるのですが……」


 ファゴットは、出されていたクリュ葉のお茶を一口飲んだ。


「出席する予定だった王子殿下が急病で倒れられ、いまだ寝たきり。代わりに妹君に白羽の矢が立ったのですが、オークなどと会うのは嫌だと泣かれる日々でございまして」


「代理で済ませれば?」

 当たり前の意見をアドラーは述べた。


 大使ファゴットは大きく首を振り、宮廷外交の何たるかを語った。


「外交には格と順序と言うものがございます。此度は、スヴァルトの王族が野蛮なオークどもの集落を訪れ、その返礼にオークの首長が我らが王の元へ参る。この段取りを取り付けるのに、我ら廷臣がどれほど苦労したことか!」


 ちょくちょくオークへの蔑視が漏れつつも、ファゴットが熱弁した。


「それなら替え玉なんか出したら駄目でしょ……」

 アドラーは正論を言った。


「いや、それはそうでございますが……。王女殿下はまだ幼く、泣くわ喚くわ結界を張って立て籠もるわで、如何ともしがたく。しかして、幾ら王族とはいえ、わがままで国の和平を危うくするなど許されぬと、聡明な王子殿下が病身を押してオークの元へ参ると申されまして……お分かり頂けませんでしょうか?」


 おおよその流れは分かった。

 王子は動けぬ、王女は行きたがらぬが、オークの面子を立てる為に殿下の称号を持つ者が、顔を見せねばなない。


「しかしだ……仮にも隣国だろ? 替え玉だってバレたらどうするの?」


「バレません! 最初は貴族の子から適当にと準備したのですが、どうしても王女殿下に似た子がおりません。しかし、こちらのキャルル殿はまさに瓜二つ! オークの盆暗な目になど、見分けられるはずがありません!」


 ファゴットはエルフなので、アドラーからは年齢がよくわからない。

 見た目は鋭利な青年官僚風だが、喋りだすと意外と熱かった。


「思ったよりは、安全そうだな」

 和平会談に顔を出すだけで、実務は役人がやる、いきなり戦いになることはないはずである。


「もちろんでございます! 我らスヴァルトが誇るフュルドウェルの一個大隊がお守りします!」


「フュルドウェルって、あれか。大鹿に乗った騎乗弓兵か?」

「よくご存知で。流石は冒険者ギルドの団長殿ですな」


 エルフの伝統的な武器は弓、それにエルクと呼ばれる大鹿だ。


「けどなあ、わざわざライデンから呼び寄せる程かね?」


 スヴァルト国までの日数は、アドラーも詳しく分からない。

 大陸を周り運河を抜けて七日から十日、海路の片道だけでそれだけかかる。


 幾ら大事でもそんなにギルドを空には出来ないが……。


「もちろん、報酬はお支払いします」

 優秀な官僚は、アドラーの顔色を読んだ。


「前金で金貨十枚。会談が終わった暁には追加で三十枚お支払いします、もちろん共通金貨で」


「キャルル一人では行かせられないぞ?」

「もちろんでございます。随行は何人でも。旅費も滞在費もこちら持ちで」


 即答はせずに、アドラーは団員達を見渡す。

 三姉弟、ブランカ、マレフィカ、あとは猫が一匹。


「うちは、六人のギルドなんだが……?」

「これは気づきませんで。前金は十二枚でいかがでしょう?」


「そなた、話が早いのう」

「いやははは、商人の街で鍛えられたものでして」


 アドラーとファゴットは、同意しかかっていた。


 キャルルが絶望的な目で周りを見渡す。

 最初に視線が合った下の姉は、「キャルル姫」と言って意地悪く笑う。


 キャルルにとって、この姉がモテるとの噂は到底信じられないものだった。


 次に上の姉と目が合う。

 ミュスレアは、とても申し訳なさそうな目で見つめ返す。

 けれども、大金が手に入る依頼に期待しているとキャルルには分かる。


 キャルルは、母親代わりで学校にも通わせてくれた上の姉は大好きだった。


 アドラーは、まだほんの少しだけ迷っていた。

 自分を慕ってもくれる男の子に、酷な役割ではあるまいかと。


「あの、ファゴットさん。しばし猶予があるなら、こちらで検討したいのですが」

「おお! それはもちろんです、まだ日数には余裕が……」


 そこにキャルルが大きな声で割り込んだ。


「兄ちゃん! その役目、やってもいいよ。ちょっと兄ちゃんのことは見損なったけどね。けど一つだけ条件がある!」


 思わぬ申し出にアドラーは驚いて問い返した。


「ほ、ほんとか!? それで、条件ってなんだ?」

「ボクを、太陽を掴む鷲に入れてくれるならやってもいい!」


 この要求は、アドラーにとって魔物の群れに放り込まれるよりも難題であった。


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