エルフとオークはやっぱり仲が悪い
「うちの団員募集の貼り紙、具体的なこと何も書いてねーな」
アドラーはやっと気付いた。
『アットホームで未経験者歓迎』としか書いていない。
「えっ、いまさら?」という顔をして、受付嬢のテレーザがアドラーを見た。
この反応で、アドラーは募集の文章が良くなかったと悟る。
『けど、嘘も書いてないんだよなあ……』
アドラーは開き直る。
現在のところ、ギルドと言うよりも家族経営の零細企業。
アドラー達の食費と生活費以外をこつこつと積み立てる日々。
実のところ、毎日の食事で満足してるブランカには、ろくに給料も渡していない。
そして先日、その扱いが他の冒険者にバレた。
”太陽を掴む鷲”の期待の新人ブランカに、他の団の者が声をかけた。
「お嬢ちゃん、どんな条件で雇われてんだい? 腕が立つとの噂だが」
腕があるなら収入が良いのが冒険者。
だが、ブランカは正直に答えた。
「朝、昼、夜のご飯!」
「……そ、それだけかい?」
「うーんと、時々はお小遣いを貰える! それで菓子を買う!」
にこやかな笑顔で暗黒の労働環境をバラした少女に、周りの冒険者の全てが涙した。
それ以降、冒険者として名をあげていたアドラーの評価に、リザード族をこき使う鬼団長というのが加わった。
「いやいや、違う! ブランカの報酬はちゃんと記録してるよ!? あとでまとめて払うから! な、ブランカ?」
「どっちでも良いよ。ご飯美味しいから」
健気なブランカの台詞の前には、アドラー必死の言い訳も虚しく響いただけだった。
それから、リヴォニアでの武勇伝が流れても、”太陽を掴む鷲”の扉を叩く者は一人も居ない。
『もう少し、団員にお金を使おう……』と、アドラーは心に決めた。
冒険者ギルドは営利団体ではない。
武器や道具を用意して、遠征費や治療費や育成費もギルドが出す。
だからクエスト報酬の一部がギルドに入っても、団員は文句を言わない。
団長が私利私欲に走ったギルドは、例外なく潰れる。
もちろん、アドラー個人は貧乏なのだが……。
「えー、と言う訳で。みんなに新しい防具を買いたいと思います!」
アドラーは、みんなの前で宣言した。
しかし反応は薄かった。
「わたしはずっと使ってるのがあるし……」
「重いから要らない。あたしの皮膚の方が固い」
ミュスレアとブランカはさっそく辞退した。
「わたしは……どうしよう?」
リューリアは迷って、積極的なのは一人だけ。
「はいはい、剣と鎧買ってよ! それさえあればボクも役に立つから!」
全力でアピールしたのはキャルルのみ。
「まあ、リューリアには必要だからな」
アドラーは彼女の分だけでも買うと決めた。
「兄ちゃん、ボクのは?」
「キャルとブランカには小遣いあげるから、何か買い食いしておいで」
それを聞いたブランカが、笑顔で出かける準備を始めた。
「じゃあちょっと防具屋さんに行ってくるから。キャル、ブランカを案内してやってな」
「何でボクが……」と言いながらも、多めに小遣いを渡されたエルフの男の子と竜の娘は市場へ駆けていった。
「防具って何を買うの? わたしは真っ白な鎧がいいなあ、軽くて綺麗でひらひらの付いたやつ!」
リューリアが注文したような鎧は、アドラーでさえ見たことがない。
困惑しながらも、夢を壊さぬように答える。
「ミ、ミスリルの鎧は買えないかなぁ。あれは白く光るらしい」
「ふーん、ならピンクでも良いよ?」
そんな鎧あるわけない、と言いたいのをアドラーはぐっと我慢した。
「こんにちは」
アドラーは冒険者御用達の防具屋の暖簾をくぐる。
安く品揃えが豊富で女性用もある、ライデン市で買うならここしかない店だ。
「おう、アドラーかい。らっしゃい」
店主はドワーフのような髭を生やしているが、人族のおっさん。
「ほーそっちはエルフかい? 珍しいね」
ペコリとリューリアが挨拶する。
エルフ族は少ないわけではないが、このような店に来るのは珍しい。
この種族は質の良い武具を自ら作って使う。
「この子に防具を。魔力防壁付きの軽いやつ、出来れば自動展開するのが良い」
防具の質は、形や材質はもちろんだが付与された魔法で決まる。
本人が反応出来なくても、攻撃の九割方を受け流し命を守る鎧もある。
「それなら良いのがある。しかも安い」
「ほう!」
ミュスレアやブランカなら自力で避けるが、リューリアはそうもいかない。
多少値が張ってもと覚悟していたアドラーには朗報だった。
店主が持ってきた鎧を見たリューリアが叫ぶ。
「こ、こんなのわたし着れない! 絶対むり! お、おへそ丸出しだもん!」
出てきたのは、胸の部分だけを強調するように守る胸甲と、腰から下を申し訳程度に守るセットの鎧。
服の上からつけても体のラインが丸見え。
裸の上に着れば、守る部分の方が遥かに少ない。
「これ、防御力は?」
アドラーは一応聞いた。
「よくぞ聞いてくれた! 胸の部分と腰のところにな、びっしりと魔法陣が描き込まれてある。それぞれが対応して、腹部は最新のパスカル式防御魔法が完璧に守る! 女性向けでは最高級の逸品だぞ」
店主は自慢げに解説する。
「それでお値段は? その性能なら高いんだろ?」
「聞いて驚け、なんと銀貨で180枚だ」
「え? ほんとに?」
アドラーも、思わず聞き返すほどの値段。
この魔法付きで男の鎧なら軽くその十倍はする。
「何でそんなに安いんだ? 装甲部分が少ないといっても、異常じゃないか」
「よくぞ聞いてくれた! 実はなあ、女性向けの鎧を作る職人は多い。しかし買う奴が少ない。そのうえ、この上下分割式は、皆が作りたがるのに何故か人気がない。それで値崩れを起こしてるんだ、ここ三百年くらい」
純粋に市場原理によるものだった。
ほとんど趣味で作られた高級女性用鎧、それが原価割れで売り出されている。
「リュー、良かったな。これなら買えるぞ! ん、どうした?」
アドラーが隣を見ると、リューリアは真っ赤な顔をしている。
「アドラー! わ、わたしにこれを着せるつもり!? 下着よりも小さいじゃない! 足なんて根本から見えるし、胸は谷間の部分が開いてるし……それにこんな大きいの、わたしにはぶかぶかよ!」
言いにくいことまで言い放ったリューリアに、店主が追い打ちする。
「大丈夫だ嬢ちゃん。ちゃんと体型に合わせて職人が打ち直す。胸甲を平らにするだけだから、仕事は早いぞ」
「な、なんですって!? わたしはまだ成長期よ!」
しばらくの間、アドラーは大爆発したリューリアを全力でなだめていた。
『怒ると似てるなあ……やっぱりミュスレアさんと姉妹だ』
などと考えながら。
結局、リューリアのために薄手の鎖かたびらと、胸と首元を守る軽い鎧を買った。
そこそこの防御力だが、必要な防御魔法はアドラーとマレフィカで何とかすれば良いと。
「最初からそうすれば良かったのに! 女性向けの良い鎧って全部変なのばかりじゃない!」
リューリアの怒りは、店を出た後も収まらなかった。
「さてと、二人は何処かなあ……」
アドラーは買い食いに行った二人を探す。
すると、頭上から声がした。
「団長! アドラー! 大変だ、追われてるんだ!」
市場の屋根を上を、キャルル抱えてブランカが飛び跳ねてくる。
この大変に目立つ行動が、次の冒険の始まりになるのだった。




