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「だんちょー、これー!」
洞窟の中でブランカが何か見つけ、アドラーを呼ぶ。
岩陰を覗き込んだアドラーは、さらにシルベート達を呼んだ。
「シルベート、タックス! 来てくれ、部屋がある!」
床をぶち抜いたテトラコンダのお陰で、何百年も埋もれていた海賊の隠し部屋が見つかった。
「お宝!?」
「海賊の宝だと?」
呼んだ二人どころか、全員が洞窟に降りてやって来る。
リューリアまでもだ。
既に安全だと確信しているのか、リューリアが先頭を歩き、巨大なテトラコンダの頭を見つけて驚き立ち止まる。
頭一つが大人二人でやっと持ち上がるサイズで、口を開けばリューリアを立ったまま飲み込めるほど。
手のひらサイズの牙は、どれだけ強化しようがリューリアの持つ防御など通用しない。
「あまり近付くなよ。蛇は心臓や脳を潰しても動……く!」
アドラーの警告と同時に、死体の首が伸びて口を開く。
蛇の顎は、牙に何か触れれば自動的に強く閉じる。
本来は獲物の動きを止める武器だが、この大きさなら少女など真っ二つ。
リューリアの目では何が起きたか気付くこともない、即死の一撃になる。
「リュー!」
叫ぶと同時に、アドラーは飛んでいた。
十五歩の距離を一瞬で詰めたが、一歩遅い。
その代わりアドラーよりも速い者がいた、それも大勢。
「わたしの妹に何をするかっ!」
妹からひと目も離さなかった長女の斧が、牙が届く寸前に怒りの一撃となって頭を叩き潰す。
派手に飛び散った肉片も、リューリアには一つもかからない。
男達が壁になり、次女を持ち上げあっという間に距離をとっていた。
この銀色水晶団は、経験を積んだ勇敢な冒険者の集まりである。
「お、お姉ちゃんー! 怖かったよー!」
「何が起きるか分からないんだから、油断したら駄目よ。今もアドラーの指示なしに動いたでしょ? 団長の言うことをよく聞いて、ね?」
ミュスレアが飛びついてきた妹の頭を撫でながら優しく叱る。
「はい……ごめんなさい」
リューリアは初戦で貴重な経験を積んだ。
「あの、みんなもありがとう! わたし一歩も動けなくて!」
リューリアがお礼を言うと、男達は嬉しそうに笑った。
「いいってことよ」
「これくらい、俺達にだってなあ?」
「そうそう。少しは出来るってとこを見せないとな!」
「リューリアちゃんの身代わりなら死ねます」
目が笑ってない者もいるが、冒険者たちは嬉し恥ずかしといった顔。
その様子を見ていたミュスレアが参戦した。
「あの、この斧ありがとう! お陰で頭をたたき潰せたのっ!」
冒険者が一人、直立不動で返事をした。
「お役に立てて光栄であります! 見事なお手並みを拝見でき勉強になりました!」
「お前なぁ……傷つく年頃……まあ良いか。ありがとね、リューリアを庇ってくれて」
血まみれの斧は、本来の持ち主の手に戻った。
ひと騒ぎを眺めていたシルベートが、呆れたように命令を出す。
「あーお前ら、こいつの処分にあたれ。頭は落として腹はあけるな、リヴォニアに任せる。持って帰れる大きさではないからな」
男達は後始末にかかり、アドラーとシルベートとタックスは、海賊の隠し部屋に入った。
「どう思う?」
「岩を削った小部屋。机が一つ、そこにうつ伏せで死んだ骸骨が一つ」
松明を灯し、壁や床を探って出た結論は――ただの見張り部屋。
「この洞窟の先から、海に出られるのかもな。いざという時の逃げ道か」
アドラーは結論を出した。
「骸骨、動かすぞ。調べたが罠はない」
死体に罠を仕込むのはよくあるので、タックスが念入りに確かめた。
「地図だな……」
骸骨の下にはボロボロの地図が数枚あった。
「宝の地図か?」
シルベートが聞いて、アドラーが調べてから答える。
「いや、海図だな。恐らくは、この廃城から暗礁を抜けて外海に出る航路だ。陸と海を一つに繋ぐ財宝と言えなくもないが」
「俺達には用無しだな」
心から残念そうにシルベートがため息を漏らす。
アドラー達は、一晩を廃城の外で過ごした。
逃走する魔物を片付けたエルマー艦長達は、反転して兵員を下ろし山を超えて到着した。
「こいつかね?」
一匹の大蛇のところへアドラー達は案内する。
道中で倒したものだが、そいつにだけは新しい傷があった。
確認したエルマー艦長は、「やれ」と水兵達に短く命令を下した。
蛇の腹を裂いて胃袋を取り出すのだ、一ヶ月以内の食事なら内容物が残っている。
凄まじい悪臭のなかで、アドラーは顔色一つ変えずに見守る。
まだ膨らんだ胃袋を見て察しがつく。
肉の部分がほとんど溶けた人骨が一体出てきた。
エルマーが立派な艦長の制服が汚れるのも気にせず骨を一つ一つ確認し、小さな金属片を見つけ出した。
それは軍人なら誰でも持つ認識票。
しばらく認識票を見ていたエルマー艦長が、死んだ弟に向かって語りかける。
「テイラー、遅くなってすまんな。迎えに来たぞ。お前はよくやった、お前のお陰で二十四人の訓練生は全員が生きて戻ったぞ……」
リヴォニアを統治する伯爵家の次男は、己の役目を最期まで果たした。
居並んだ兵士達は亡骸に最敬礼をしてから、小さな骨の一つも残さず丁寧に丁寧に拾い集める。
その後でエルマー艦長は、最奥に横たわるテトラコンダを見た。
「こ、これほどのものがっ!? まさか我が国に居たとは……いやそれ以上にこれを素手で倒すとは、信じられん!」
海軍の素手とは、手持ちの武器のこと。
海では、備え付けの大型で強力な飛び道具が主流。
「まあ雇った連中が良かったもので」
シルベートが謙遜して答える。
「色々と感謝せねばならない。弟の遺骨も見つかった、その上で隠れていた脅威まで取り除いてもらえるとは。本当にありがとう」
冒険者に任せるのは反対で期待してなかったと、エルマー艦長は語った。
自ら仇を取るつもりだったが、周囲に大反対されて仕方なくだと。
「だが、君たちに任せて良かった。心から礼を言わせてくれ。私はこれを最後に軍を辞める。弟亡き今は、万が一も許されないのだ。これからは父上の補佐をするが、何か必要なことがあれば何時でも訪ねて来て欲しい。必ず力になろう」
アドラーは、リヴォニア伯国の次代の当主とがっちり握手をした。
細々とした処理は、リヴォニアの海軍に任せる。
報酬は五割ほど上乗せされ、シルベートは伯家から剣を一本賜った。
「やるよ、これ」
シルベートが貰ったばかりの剣を差し出す。
「故郷の君主からの頂き物だろ、孫の代まで威張れば良い。銀貨で六百も貰ったんだ、文句はないぞ?」
アドラーは断った。
「うちの団では、一品物は働きのあった者に与えると決めてる。団の決まりだ、受け取ってくれ」
シルベートも引っ込めない。
「そうか……。ならば、ミュスレアとブランカの武器は駄目になった、合う方に使わせるよ」
「是非、そうしてくれ」
小とはいえ一国の君主家に伝わる剣。
飾りよりも実用性を重んじ、複数の金属を混ぜて叩きあげた良い剣だった。
「武器、それに防具も揃えないとなあ……」
強化された力に耐える武器、リューリアのように奇襲されても致命傷は防ぐ鎧。
貧乏ギルドの長であるアドラーの悩みはまだまだ尽きない。
本クエストの収入
・五割増の報酬 銀貨六百枚 金貨で五枚分
・半年に一度、リヴォニア特産のサーレモアがギルドに届くようになった
格別の大成功と呼べるものだった。
モチベにするのでブクマ等おねがいします!




