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バスティは女神さまである。
同時にギルドの守り猫でもある。
守るべき団員が険路を押して行軍する頃、ようやく目を覚ました。
「ふああー」
大きくあくびと伸びをし、エサを貰いにキッチンに出たところで気付いた。
「そっか、誰もいないんだったにゃ」
潮風は毛並みに悪いからと留守番を申し出たのだった。
置いてあった魚の干物をたいらげると、鈴を咥えて森に向かう。
「何かあったらマレフィカのとこへ行け」と、アドラーに言われていた。
この鈴は魔女の家へ導いてくれる魔法の道具だ。
例え鈴がなくてもバスティなら辿り着けるが、ちりんちりんとなる鈴は猫に良く似合うと気に入っていた。
森の広場には既に子供の群れがいた。
「にゃんこだ!」
「黒猫だ!」
「鈴を持ってるぞ!」
早速の襲撃を受けてマレフィカの家へ逃げ込む。
猫にとって子供は天敵、かと言って引っ掻いてやるわけにもいかない。
「うーんうーん……なんだこれぇ?」
家の隙間から忍び込んだ先では、魔女のマレフィカが唸っていた。
「なにやってるにゃ? せっかく綺麗になったのに台無しだぞ」
マレフィカの目元には、徹夜をしたのか黒いくまがくっきり。
「ああ、バスティちゃんか。コレなんだけどね……」
マレフィカは指先で摘める程の牙を見せた。
「ブランカに貰ったやつかにゃ」
「そうなんだよ、確かに歯なんだよ。けど素材の積層密度が異常に高くて、魔力循環までしてる。ちょっと削ろうと思ったら鉄の針が欠けた。もう歯なのかさえ自信がなくなってさー」
「どれどれ」
ここでバスティは人型に戻った。
猫耳と尻尾の美少女姿、むしろこちらが本体に近いのだが。
いきなり覗き込んで来た全裸の少女に、マレフィカが悲鳴をあげた。
「ひゃ、ひゃれ? どこからひゃいったの!?」
「落ち着くにゃ。うちだにゃ」
「え、なんで、満月でもないのに? アドラーの言ってたことってほんと? じゃあブランカちゃんも本物!?」
常識に縛られた魔女は、ようやく答えに辿り着いた。
「た、大変だ。こんな器具では足りない! これを使えば何が出来るか!」
バタバタと走り周り始めたマレフィカを放っておいて、バスティは家の階段を勝手に上がる。
蔦に覆われた窓から、ほど良く日光が差し込むひだまりを見つけた。
「ここは絶品だにゃ!」
猫型に戻ると、自慢の毛並みに頭をうずめる。
バスティは何の心配もしていない。
ちょっと強い程度の魔物が出ても、姉様の加護を受けたアドラーなら何とでもなる。
大きくあくびをすると、猫は午後の居眠りに落ちた。
「ここだな」
アドラー達は、防壁が大きく崩れた箇所を見つけた。
砂の上には丸太を引きずったような跡があり、アドラーでなくても、冒険者達は察しがついた。
「蛇っぽいな」
「蛇型か」
「かなり大きいな」
「毒がなければ良いが」
「これだけ太ければ、毒蛇ではないかもな」
アドラーが測ったところ、接地する幅だけで六十センチはある。
基本的に、絞め殺すタイプの蛇は太くて逞しい。
毒蛇は、毒袋のある頭が大きくて細身なことが多い。
「痩せてる方が毒がある、女性と同じさ」
アドラーがセクハラ紛いの台詞で銀色水晶団の男達に説明した。
「まあ安心は出来んが、とりあえず罠だ。おい、逆刃にして埋めろ」
シルベートが団員に指示を出す。
「うっす。あねさん方は見ててくださいな、あっしらがやります」
団員達は慣れた様子で獣道に罠を仕掛ける。
丸太にナイフの柄を打ちつけて、刃先だけを地面に出して埋める。
地面を這う生き物なら避けようがない、殺す為の罠。
「蛇は金属の臭いを嫌うが、追い詰めればかかるだろう。沖にはあれもいるしな」
シルベートがあごをくいっと向けた先では、二隻の軍艦が戦闘準備を整えつつある。
その手前は、岩礁と暗礁が入り混じった大根おろしのような海。
「何故こんなとこに海賊が砦を作ったんだ? これでは海に出れないが」
アドラーが素朴な疑問を地元民のシルベートに尋ねる。
「ここは海からも陸からも攻めれない、人質を閉じ込めておいたとか。それともう一つ、宝の隠し場所って伝説がある。まだ見つかってないそうだ」
作業を終えた団員達から歓声があがる。
冒険や探索の途中で見つけたお宝は、基本的に冒険者のものだ。
「そりゃ良いな。金貨で1500枚くらいは見つけたいところだ」
「それで借金を返すのか?」
”太陽を掴む鷲”の借金総額は、ライデンの冒険者なら誰でも知っている。
頭割りで金貨500枚になれば、アドラーの心配事が一つ減る。
「ま、期待はするな。何百年も前から、この国の人間や各地の冒険者が探し回った。金貨どころか銀貨一枚見つかってない」
「大人しく怪物退治といくか」
アドラーもお宝は期待してないが、大物ならば魔物素材として売れることがある。
ただし蛇は使える部分が皮くらいで、良い獲物ではない。
扉のない入り口から、右手左手と中央とに別れて踏み込む。
石造りの壁は残ってるが、天井は落ちていて灯りは必要ない。
「何の反応もないなぁ」
タックスが手に持つのは、半径二十メートルほどの動きを捉える魔法道具。
魔法を使った動態レーダーで、ダンジョンに踏み込むなら是非とも欲しい逸品。
ただし高価なもので、今回はリヴォニア軍が貸してくれた。
『あれこれと準備が良い。指揮官の艦長も優秀なのだろうが、ライデン市の冒険者ってのが良かったかな』
待遇の良さに、アドラーも気合が入る。
軍隊の代わりに冒険者ギルドを抱えるライデン市は、リヴォニア伯国の最大の交易相手。
使い捨てにして仲が悪くなっても困ると、国を束ねる伯家の一員としては政治的な配慮もあった。
「おっ、一体来たぞ! 速くはないがでかい!」
タックスが警戒を告げる。
アドラーの手元にある連絡球――短い文章送りあえる魔法道具――にも、左右の隊から会敵の通知がきた。
胴回りが二メートルを超える大蛇が姿を見せた。
鎌首をもたげると、人の背の倍にはなる大物だった。
「強化する。ミュスレア、ブランカ、二手に別れてあたれ。タックス、ここでリューリアを守れ」
明確な命令を下し、アドラーも愛用の短剣を引き抜いた……が、刃は鱗に触れることさえなかった。
「これだけか?」
「楽勝ね!」
頭が一つしかない蛇は、左右から襲いかかったエルフ娘と竜娘に瞬殺された。
念のために頭を落とし、更に先へ進む。
「ほぇー……ねえさんも嬢ちゃんもとんでもねぇな……ギムレットの奴も可哀想に……」
タックスは驚いた後にニヤリと笑って言った。
「アドラー、俺はお前らの勝ちに賭けるよ。今なら大穴だ!」
アドラー達のギルド会戦は、賭けの対象になっていた。
しかしまともな戦闘員は、ここの3人しか居ないのだが。
『俺もあとで賭けておくか……』
後に、当事者は賭けれないとアドラーは知ったが、探索は順調だった。




