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アドラー達は、サーレマーレ島の首都クレサーレに着いた。
この島は南北五十キロ、東西にも三十キロ以上ある卵型の大きな島。
西側は平坦で良港も多く栄え、東には海に沿って山脈が走り海も荒い。
目的地の廃城は、東の山脈と岩礁に挟まれた古い要塞だという。
「で、その近くまで送ってくれると言うが……これ、軍船じゃねーか?」
アドラーがシルベートに聞く。
気楽な探検のはずが、見るからに大事だった。
「いやー、なんでかな? 俺の勇名が故郷に届いたのかな……ははは……」
シルベートも何事かといった表情。
人口は七万ほどのリヴォニア伯国。
山脈にせき止められた雨雲を頼りに、果樹や穀物の生産が盛んで大都市ライデンへの輸出が主要産業。
貧乏ではないが立派な小国で、保有する戦力は海賊対策の軍艦が三隻のみ。
「その一隻を、たかが冒険者の輸送に使うわけないだろ……?」
「だよなあ……」
二人の団長がひそひそと話す内に、港の入口にもう一隻軍艦が現れる。
合計二隻、全戦力の三分の二を投入する大作戦。
シルベートの”銀色水晶”団は、タックスら気の合う仲間と作った小規模な冒険者ギルド。
それでも平均以上の団員ばかりで、団としての実力は高い。
ミュスレアのレベルを50とすれば、30から40くらいの戦士の集まりといったところ。
ただの探索ならば、充分過ぎるメンバーであるのだが。
「銀色水晶団の皆様ですね? 早速ではありますが、乗艦を願えますか。自分が案内いたします」
迎えに来たのは軍人、しかもあきらかに士官の制服。
「大歓迎だなぁ」
アドラーはただの探索ではないと悟らされた。
詳しくは、艦長が自ら語った。
まだ若く背が高い、短く刈り込んだ髪が爽やかな海軍のエリート。
「あら、かっこいいじゃない」
リューリアがぽつりと漏らすと、銀色水晶団の男どもが涙した。
シルベートとアドラーが代表して話を聞く。
艦長はエルマー・クレサーレだと丁寧に名乗る。
「ようこそ、当艦は皆様を歓迎いたします」
エルマーは軍人らしくなく歯を見せて笑ってから、いきさつを話し始めた。
「始まりは二年ほど前になります」
『また二年前か』と、アドラーは偶然に驚いた。
「島の東の廃城で動く影を見たという報告があがってたのですが……なにぶん、我が国には陸軍がなく、船も近づけぬところですのでしばらくは様子を見ておりました。それが先日、東岸沖合で軍の練習船が襲われました」
練習船は手漕ぎの大型ボート。
二十四名の訓練生と教官が乗り込み、島を一周する訓練に出たところを襲撃された。
死者は一名。
教官が陣頭に立って戦い犠牲になった。
「敵の姿は?」とシルベートが聞き、「蛇のようであったと」艦長が答える。
「それは、陸に戻ったのですか?」
今度はアドラー。
「この島へ、廃城の方へ泳ぎ去ったと。恥ずかしながら、指揮官を失った訓練生では見届けることも出来ず。ですが、我々は仇を取らねばなりません」
強い決意を顔に浮かべたエルマーは一度話を切った。
やられれば絶対にやり返すのは、戦闘集団の宿命である。
でなければ部下は命をかけない。
『だが、訓練された水兵を慣れぬ陸戦で失うわけにもいかんよな』
アドラーには、目の前の高級士官の気持ちがよく分かった。
一人の水兵を一人前にする費用で、今回の15人くらい軽く雇えてしまう。
「岩礁の外で我らは待ち構えます。そこへ追い出していただきたい」
エルマーの要求は単純明快。
投石機とカタパルトを装備し、槍に弓に船体は魔法でがっちり強化。
正規の軍艦が二隻もあれば、相手が巨大なヒドラでもまず勝てる。
「ところで、出会ったついでに倒してしまったら?」
「それは喜ばしいことですね。慣れない魔物との戦いで、これ以上、兵に損失を出したくないのが本音です」
しれっと言い切った艦長に、彼は軍人よりも政治家向きかもしれないと、アドラーは思った。
『捨て石……という訳でもなさそうだ。むしろ冒険者の正しい使い方だ』
アドラーも話に不満はない。
細かな条件や連絡方などを取り決めて話は終わった。
アドラー達15人を海岸へと運ぶ小舟に、連絡将校が一人付いてきた。
平和な国の軍人らしく、気難しいところもなく良く喋る。
「全体の指揮を執るのはクレサーレ艦長ですね。個人的な仇討ちでもありますから」
「どういう意味だ?」
お喋りな将校にシルベートが聞いた。
しまったと言う顔を一瞬だけ作って、将校は話を続けた。
「聞いておりませんか? 犠牲になった教官は艦長の弟君です。それゆえ、お父君の反対を押し切ってまで前線に出られるのです」
「話が見えないな。艦長の父は高官なのか?」
今度はアドラーが尋ねたが、今度は将校も普通に驚いて、丁寧なお辞儀を加えながら述べた。
「クレサーレ家は、リヴォニアで唯一の伯爵家でございます」
「ああっ、そういえば!」
この国出身のシルベートが間抜けな声をあげる。
「そう言えば、首都と同じ家名だったな……」
今更ながらアドラーも気付いた。
「へえー、格好良くて王子とか完璧じゃない。もうお嫁さんはいるの?」
露骨な野望を口にしたリューリアを見て、銀色水晶団の男どもが再び涙した。
「閣下は、一昨年の花びら舞う春の初めに盛大な結婚式を挙げられました」
将校は包み隠さず話す。
これを聞いた銀色水晶団の男どもの士気が急激に高まる。
探索の予定が討伐に変わった今、やる気があるのはとても良いことであった。




