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アドラーは、生まれた大陸『アドラクティア』から名付けられた。
男の子にはよくある名前であった。
前世の名も覚えているが、平凡な名字に珍しくない名前といったところ。
そして悲惨でも幸福でもない生活を送っていたが、最期に猫達を助けて命を落とす。
その行為に感心した”猫と冒険の女神”が、自分の世界に転生させた。
ただし、女神の住む大陸は多少の混乱状態だったので、冒険の素養を多めに与えた。
今度こそ、他者を守ることが出来る能力である。
「本当は猫耳も付けてあげたかったのよ……」
「丁重にお断りします」
アドラーが女神と交わした最後の会話がこれだった。
『普通に生まれて……13の頃から種族連合に入って……最後は塔に攻め入って……なんだっけ?』
強制の長距離転移で体が砕けかけた余波か、アドラーの記憶と力は全て戻ってはない。
だが今度こそ『与えられた場所で、のんびり気楽に』をモットーに、新しい大陸で暮らすつもりであった。
アドラー 種族:ヒト
出身はアドラクティア大陸で、濃い茶色の巻き髪と瞳。
オークと間違えられるほど高くも、ハーフットと言われるほど低くもない背丈。
所属ギルド:太陽を掴む鷲
前衛と強化術士 ギルド内序列15位 ギルド戦団内9位
戦場での経験があり、他者と自身への極めて強力なバフを持つが……現在はロバのドリー専用。
応接室に戻ったアドラーは、言葉巧みに騙されそうになっているミュスレアを見つけた。
「借金が返せなくても問題ないぞ。わての店で働けば必ず返せる。三食昼寝付きで毎日風呂にも入れる。夜は豪華なベッドで寝れるぞ?」
「さ、三食昼寝付き!? いや待て、わたしには妹と弟が」
「大丈夫、一緒にわての店に来れば良い。さあ、ここにサインを!」
「うーん……どうしようかな……?」
「どうもこうもありません!」
急いで席に戻ったアドラーが連帯保証人の契約書を突き返す。
「アドラー! で、どうだった?」
「残念ながら、うちのギルドがしっかり借りてましたよ」
シャイロックは我が意を得たりと口元を歪める。
「そうでしょうそうでしょう。わてらカナン人は、こと商売に関して嘘は言いませんで」
「ふん、言うべきことを黙ってることはあるけどな」
アドラーは強硬な態度を維持する。
この金貸しと前団長の、どちらが企んだかはアドラーには分からぬ。
だが元々ギルドにあった借金に加えて、さらに金貨200枚をシャイロックから借りていた。
金貨200枚は辞めた団員に退職金の名目で配られ、ギルドの資産は無し。
シャイロックにとっては、エルフの容姿を受け継ぐ三姉弟を自らが経営する売春宿に沈めれば、金貨520枚とその数倍の利子を巻き上げることが可能になる。
「……まだ18歳と15歳だったな」とアドラーは思いだす。
ミュスレアとその妹弟を、アドラーはよく知っている。
瀕死だったアドラーを拾って世話してくれたのは、貧しい彼女たち。
ハーフエルフの父が蒸発して母が病没した後、十七歳のミュスレアが冒険者ギルドに飛び込んで養ってきたとも聞いている。
アドラーは決心していた。
この大陸に飛ばされた時、季節は真冬だった。
降り積もった雪に埋もれ、体温と血と魔力を失いながら一度は諦めたのだが……。
ミュスレアのかわいい弟が森の中で見つけてくれた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」と。
姉のお下がりのぶかぶかな外套を被り、十歳程にしか見えぬクォーターエルフの少年は救いの天使にも見えた。
エルフの姉弟達は、動けぬアドラーの面倒を何ヶ月もみてくれ、その後にミュスレアの紹介でこのギルドにも入れた。
「一宿一飯の御恩を返す時が来た……」
「ゴーン?」
アドラーの日本語の呟きに、またミュスレアが反応した。
「いや、何でもないよ」
そう言ってから、アドラーはカナン人の金貸しに向き直る。
「シャイロックさん、今からこの”太陽を掴む鷲”の団長は俺です。そして、借金は俺が返します」
この宣言に、シャイロックは怒鳴りミュスレアは目を丸くした。
「なんだと!」
「おい、何を言う。団長はわたしだぞ!」
まだ事情の分かってないミュスレアには、『黙って』と冒険者の手信号を送る。
「貴様に返せると思ってるのか!」と喚くシャイロックをアドラーは相手にしなかった。
まさか、借金を肩代わりする馬鹿が出るとは思ってなかったのだろう。
覚悟を決めたアドラーの肩に、何処から潜り込んだのかギルドの守り猫が飛び乗って鳴いた。
「にゃあ!!」
「おお、そうか。バスティも歓迎してくれるか?」
二年間の静養で、ようやく力が戻りつつあるアドラーには考えがある。
己が守るべきは、ミュスレアとその妹弟。
『ミュスレア達を遠くへ逃して、それから俺は夜逃げしてやる。追ってきても……今の俺なら何とでもなるさ』と。