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「最近、依頼の数が少ないような気がしないか、ミュスレア……さん?」


 アドラーが振り返ると、ミュスレアは側にいなかった。

 受付で友人のテレーザとお喋りに夢中。


 聞こえてくるのは、主に美容と健康。

 何時の時代、何処の世界でも変わらない光景だが、話しているのはマジカルコスメについて。


 魔法で作った化粧品は、美白痩身豊胸しわくすみの除去腰痛などに、確実な効果がある。

 もちろん高価でもある。


 混ざれない会話と判断したアドラーは、ギルド本部の掲示板に目を戻した。


「うーん、前はもっと少人数での討伐依頼もあったけどなあ……」

 残ってるのは探索や採集系ばかり。

 それも誰でも出来るような物は残ってない。


 一つは『ティタノボアの七番目の首骨を一つ』といったもの。


「何処にいるんだ、そんな伝説の大蛇。しかも何処が首だよ」

 思わず文句も言いたくなる。


 その他も。

 ・テンタクルスのくちばしを三つ

 ・南極トカゲの尻尾

 ・ブラックサラマンダーの目玉と舌

 ・オウゴンバットの白い部分


 などなど、あきらかに魔法使いからの無理めな素材集め。

 この手の依頼は、スカウトやギャザーなど専門に行う冒険者がいる。


「採集クエストは避けたいんだけどなあ……」

 しばしアドラーが悩んでいると、本部の貸し出し会議場の扉が開いた。


 会議場からは、ぞろぞろと大勢の冒険者が出てくる。

 しかも先頭は、”宮殿に住まう獅子”ライデン支部の副団長グレーシャ。


 黒いファーの上着に高いヒール、二十人ほどの部下を従えて歩く姿は、まるで悪魔の総回診。


「あら、ごきげんよう。アドラーさん」


『スルーしてくれ』の願いも虚しく、グレーシャはアドラーの前で立ち止まった。


「お仕事探しぃ? 貧乏ギルドは大変ねぇ」

 女の嫌味に付き合う気はなかったが、アドラーは一つ気になった。


「大人数だな。ボーイスカウトの女教官かな?」

「ぼーい? なに?」


「いや、何でもない。にしても、随分と若返ったみたいだな」

「あらそう? あなたが褒めてくれるなんてねぇ」


 意外にも女悪魔は嬉しそうにかわいく笑う、顔は良いのだ。


「違うわ! 後ろの奴らだよ!」

 グレーシャの連れていたギルド員は、見るからに若々しい新人ばかり。


 つい大声を出してしまったアドラーは『負けた』と思ったが、グレーシャは本気で『むかっ』とした様子だった。


「うちは入団希望者が多くて困ってるの。彼らには小さなお仕事からやらせようと思って。ほら、なにを見てるの。さっさと行きなさい」


 グレーシャが後ろの面々に指示を出すと、数人を残して出ていく。

 依頼の少なかった理由が、アドラーにも分かった。

 全てライデン支部に先取りされていたのだ。


「まあ、誰も受けないような細々としたクエストばかりですけど、新人には丁度良いですわよねぇ」


 グレーシャの目には明確な悪意があった。

 ついでに”太陽を掴む鷲”の邪魔をしてやろうというわけだ。


『弱みを見せるわけにはいかない』と、アドラーは反撃の糸口を探したが、ここでミュスレアが割り込んだ。


「おいグレーシャ、お前には言いたいことがある!」

「なんですの。相変わらず騒々しいわねぇ」


 両巨頭の対峙に、グレーシャのお供にも緊張が走る。

 今でも、アドラーより半エルフの戦鬼(エルフィンオーガ)の方が有名だ。


「お前のせいで、わたし達は酷い目にあったんだぞ!」

「遠くへお出かけになったとしか知りませんわ」


「アドラーが助けてくれなかったらどうなったか!」

「余計なことをなさいますわねぇ」


「なんだと!? でめぇ表に出ろ! このクソビッチ!」

 とても妹や弟には聞かせられない冒険者言葉を、ミュスレアが口にする。


『このやりとりは以前やったんだけどなあ……』と思いつつ、アドラーは何とか宥めようとした。


「貴女のような粗野で下品な混ざりものを相手にするほど、わたくし暇ではありませんことよ」

 

 当然ながらグレーシャは相手にしない。

 生粋のアタッカーであるミュスレアとヒーラーのグレーシャでは、単体の戦闘力は桁違いのはずだが、おびえる様子など微塵も見せない。


「そこの出自も知れぬ流れ者と半端な偽エルフとで、せいぜい仲良くすることですわね。お似合いですわよ、あなた達」


 グレーシャは更に煽り返した。

 今にも飛びかからんとするミュスレアを、アドラーは必死で押さえていたのだが手にかかる猛牛のパワーが急に大人しくなった。


「お、お似合い? え、そうかな? えへへ……」

 何故か分からないが、急にミュスレアの戦意が消えた。


「あきれた……。付き合ってられませんわね、行くわよ皆さん」

 グレーシャはお供を引き連れて出てゆく。


 アドラーが出口から視線を戻すと、まだ一人の若い魔術師が残っていた。

 魔術師はにこりと笑ってから挨拶をした。


「こんにちわ、アドラーさん。僕、アスラウって言います」


 アドラーには見覚えがあった。

 喧嘩の時、真っ先に叩こうとした少年魔術師だった。


「あら、かわいい!」

 ミュスレアが声をあげるほどの、淡い栗毛が巻いた美形の男の子。


「かわいいとは失礼ですね、おばさん」

「!!? お、おば、おばっ!?」


 二五歳だが、クォーターエルフで見た目は十代と言い張れるミュスレアにとって致命的な一撃だった。


「アスラウ……くん? 若く見えるけど、君はかなり魔法が上手な感じがするね」

 アドラーは、この少年に魔法を見抜かれたのも覚えていた。


 この世界の法術魔法は、知識と経験の積み重ねが大きい。

 若くて強力な使い手など、そうそう居るものではない。

 

「僕なんて全然ですよ。まだ15歳になったばかりですから」


 無邪気を演出するかのように、アスラウはもう一度笑顔を作ると、グレーシャ達の後を追って出ていった。


「うーん、底が知れないなあ……」

 魔法使いの強さは簡単には分からない。

 来たるギルド会戦に向けて、不確定要素が一つ増えたとアドラーは感じた。


 しばし考え込んでいたアドラーの裾を、エルフ娘が引っ張って言った。


「アドラー……ちょっと買いたい化粧品があるんだが……」


 ミュスレアが欲しがったマジカルコスメ――たちどころに日に焼けたお肌を元の白さに戻して染みそばかすを防ぐ――は、銀貨60枚もした。


 だが団のエースのモチベーションの為に、アドラーはギルドの経費で買うことにした。


 当然ながら、それを知った会計係のリューリアは激怒したが。


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