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 試験の場所になる小ダンジョンがあるグラーフ山は、ライデン市を見下ろすようにそびえる。

 海にも近い独立峰で、古代から信仰の対象になっていた。


 聖域としての歴史は長く、有史以前のダンジョンも多く残る。

 最も有名なのは、ギルド戦の舞台となる『グラーフの地下迷宮』で、深く広く奥に行くほど魔物も強く、数百年をかけても底が知れぬ。


 その分、強大な魔物が地上へ出る事もないが、今では年に二回ほど国中の冒険者ギルドが集まり地上に近い魔物を退治する。


 ”生きてるダンジョン”なので地図も作れないし、時にはお宝も出る。

 予選会が行われるほどの、人気ダンジョンだ。


「何時か俺もあれに挑みてえなあ! おっさんは行ったことあるか?」

『グラーフの地下迷宮』を見下ろす山道を進みながら、アガランが聞いた。


「もちろんあるよ」

「どんなだった!?」


「うーん、新人の隊を任されてたからなあ。深くには潜ってない」


 アドラーのバフは、条件を満たさねば微々たるものだが新人には貴重。

 それゆえ以前はルーキー隊に配置されていた。


「なんだ、しょぼいな。やっぱ奥にはドラゴンとかいんのかなあ」

「それはないな。居てもたぶん偽物だ」


 アドラーは、はっきりと否定した。

 この世界の竜種は桁外れに強く、もし本物が住み着いていればヒト族が手を出せたかも怪しい。


「坊っちゃん、いや団長。付きましたぜ」


 目的地の小ダンジョンに着いた。

 ギルド本部の管理する”死んだダンジョン”で、最奥まで行って帰れば合格となるのだが。


「じゃあさっそく行くか!」

 アガランはいきなり潜ろうとした。


「おいおい、準備の手際を見るんだぞ?」

 アドラーはつい口を出してしまう。


「あ、そっか。めんどくせーな」


『黙っておけば良かった』とアドラーは後悔したが、準備なしで突入する方がよっぽど後悔する。

 五人組を手伝いながら、しっかりと準備を整えさせる。


 アドラーは、嫌な予感がしていた。

 単に素人同然の子供たちを五人も連れている、それだけであれば良いと願っていた。


 長いガイドロープを入り口付近の木に結ぶ。

 最奥まで足りなくても、継ぎ足しながら行けるとこまでは頼りにする。


 荷物の中身も入れ替える。

 頻繁に使う物を上にして、使わぬ物は奥にしまい込む。


 松明も要る。

 サーリが精霊を使えるとしても、それだけに頼るなど無謀。


 最後に各々が持つ武器と、立ち位置を確認する。

 剣を抜いた途端に隣の仲間を切ったなんてことは、よくあるのだ。


「先頭はアガラン、最後尾に俺が付く。必ず三歩の距離を守れ、前の奴は後ろの奴が守ってる。いきなり逃げたりするんじゃないぞ」


「えっ、俺が先頭? 団長なのに?」

「団長だからだ。剣の留め具は外しても良いが、手はかけるなよ」


 こんなに口を出して良いものかと思ったが、アドラーは見過ごせるタイプではない。

 なんといっても、全員の生還がクエストの報酬条件だ。


 何度嗅いでも慣れることのない、ダンジョン特有の湿った土の匂いのする、動かぬ空気の中にアドラー達は踏み込んだ。


 アガランを先頭にして六人の短い隊列。

 アドラーの一つ前を歩くサーリは魔法を温存して、兄ハーストの後ろ。


 嫌々連れて来られた兄妹も、恐る恐るだが歩き続ける。

 髪を後ろで二つ編んで、慣れない手付きで杖を持つサーリは、これぞ村娘といった素朴で可愛い女の子。


『とても冒険者には向いてない』と、アドラーにも分かる。

 クォーターエルフの姉妹とは全く違うタイプだ。


 半分ほど進んでも、ダンジョンは何の変哲もなかった。

 アドラーだけに渡された地図とも何一つ変わりがない。


『思いすごしだったかな?』

 アドラーも少し気を抜いた。


 アガランもここまでは丁寧に基本を守っている。

 そのアガランが待ての合図をだし、全員がその場に止まる。


『三つ又に別れた交差点。一つは行き止まりで、一つは罠。と言っても、驚かす程度のものだが』

 試験の内容を知っているアドラーは、黙って五人を見つめる。


 アガランは罠に気付いた。

『はい合格。てか、これにかかったら一発不合格だけどね』


 試験官も悪くないなと、アドラーは思い始めていた。

 行き止まりをきちんとマッピングして引き返す、はずだったが、アガランはまたも止まった。


 しゃがみ込んで右奥を見て、後ろを手招きする。


『……? 何も無いはずだけどなあ』

 アドラーは立ったまま少年達を見つめていた。


 すると、アガランが壁に潜り込んだ。

 続いて二人、三人と吸い込まれる。


「すげー! 隠し扉だ! おお、黄金の鎧がある!!」

 壁の中からアガランの声がする。


「!!? んな訳あるか! ギルド本部が徹底的に調べた死んだダンジョンだぞ!」

 アドラーも驚いた。

 急いでしゃがむと、確かに部屋の中に五人の足が見える。


 そして、入り口が閉まり始めた。


「早く出ろ、このダンジョン生きてやがる!」

 降りてくる石の扉を長剣で支えたアドラーが叫ぶが、剣の方も悲鳴をあげた。


 アドラーの取るべき道は二つ。

 山を駆け下りてギルド本部まで走り抜けるか、もう一つは……。


 アドラーが一気に部屋に飛び込むと同時に、石扉が剣を押しつぶした。


「なあ、見てくれよ! あんたが焦ってるってことは、これ本物だろ? すげー本当の隠し部屋の財宝を見つけちまったぜ!」


 止める間もなく、アガランは部屋の中央の鎧から兜を取り上げた。


「この馬鹿ガキっ!」

 アドラーは寝転べの合図を出して、近くのサーリを引きずり倒して抱え込んだ。

 つられてハーストも寝転び、残りの三人も遅れて体勢を低くした。


 幸いなことに、矢が飛んでくるなどの罠ではなかったが、壁の二箇所に扉が開く。


「あー……良かったな、アガラン。本当の冒険の始まりだ」


 起き上がったアドラーは、子供たちを庇うように前に出た。

 そして、周りに気を付けながら愛用の短剣を引き抜いた。

 

 賢くも、サーリは何も言われなくても光の精霊を開放する。

 すっと照らし出された部屋と二つの穴。


 その奥からは、大量のスケルトンが押し合いながら向かって来ていた。


『ダンジョンが生きてるなんて聞いてないし。本気で恨みますよ、テレーザさん。報酬を……二倍ってとこかなあ』


 アドラーには成功報酬を諦める気など、スケルトンの頭の毛ほどもなかった。


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