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「あたしは留守番なのか?」
「うちもか?」
ブランカとバスティが尻尾をパタパタさせていた。
『連れてけ』の合図だが、今回は一人の依頼。
「そうだなあ、二人は家の掃除を手伝っててくれる?」
ミュスレアの家兼ギルドハウス、大家も不明の謎の丸太小屋。
アドラーもブランカも此処に一緒に住むことになった。
ミュスレアが生まれた頃にはもうあったというが、小屋のわりに広い。
使ってない部屋が幾つかあり、そこを使えるように掃除をする。
納屋もあったが、これはギルドのラウンジ兼受け付けにしてしまう。
一から作るギルドハウスだ。
「掃除とにゃ……」
露骨に面倒な顔をしたバスティが人型から猫へと戻る。
「バスティ、サボるなよ。リューリアにはメシを抜いても良いって言ってあるからな」
「んなっ!? あたしは頑張るよ!」
ブランカが右手をあげた。
ギルドの食事は全面的にリューリアが作る。
美味しい家庭料理に魅了された竜の娘は、リューリアを群れで自分より上位と位置づけていた。
「ブランカにはもう一つあるんだ。ミュスレアさーん、ちょっといい?」
「はいはい、何の用?」
やってきたミュスレアに頼む。
「ブランカに剣の使い方を教えてやってくれないか。あと、手加減の仕方」
「わたしも手加減は苦手だけど……」
「武器なんて使ったこともないそうだ。ゆっくりで良いから、まあ大怪我をさせない方法をね」
「ふーん、分かった。おいで、ブランカ」
ミュスレアは面倒見の良い長女で、人懐っこい竜をあっさり新しい妹にしてしまう。
ブランカも一気に二人も姉が出来て、嬉しそうに尻尾を振る。
代わりに弟が群れで一番下に位置づけられたが……。
「それじゃ、行ってきます」
アドラーは、美味しいはずのクエストに出発した。
「おっさんが本部の監視人?」
待っていたのは五人組の小さなパーティだった。
「監視というか、見届けと護衛だけど……」
おっさん呼ばわりされたアドラーは少し傷ついた。
前世の記憶もあるが、何もかも違う世界に生まれれば、地球でのことはまるで長い映画のよう。
懐かしいと言うよりも遥か彼方の出来事に感じる。
それにこの世界ではまだ二十を幾つか過ぎたところだが、待っていた新規ギルドの面々は更に若かった。
「俺らの護衛なんて出来んの? 腕は確かか?」
ついでに団長は生意気。
「たぶんね。ほら、ギルド本部のお墨付きだよ」
アドラーは貰ったばかりの鉄十字の胸章を見せる。
「それ、金さえ出せば取れるやつだろ?」
ぐぅの音も出なかった。
「まぁいいや。今日が伝説になる”アガラン黒衣団”の立ち上げだからな。足引っ張らないでよ?」
17歳の団長アガランは自信に満ちあふれていた。
「坊っちゃんがすいません。よろしくお願いします」
別の男の子がアドラーに謝ったが、アガランはそれを咎める。
「坊っちゃんじゃねえ! 今日から団長って呼べって言ったろ!」
三人の男の子と一人の女の子が、「はい、団長」と声を揃えた。
『テレーザさん……また厄介そうな仕事を……。いやいや、3日で金貨一枚だ。みんなの胃袋の為にこれくらい!』
アドラーは気合を入れ直す。
貧乏ギルドの子沢山、まともな冒険者はアドラーとミュスレアしかいない。
猫まで含めて四人の子を養う必要があるのだから。
道々、それぞれの役割や出身などを聞く。
小部隊において、それはとても重要なことだとアドラーは理解している。
黒い鎧にロングソードを背負ったアガランは、良く喋った。
「いちおうさ、冒険者の養成学校とやらにも通ったのよ。俺は小さい頃から家の客人に剣の手ほどきを受けてっから、必要ないかと思ったけどね。まあ養成学校でも筋が良いって褒められてさ、それならいっちょ旗を揚げるかってな」
アガランの父親はライデン市に近い村の大地主で、その費用をぽんっと出したと語った。
付き添いの四人の内、二人はアガランの家に代々仕える者の子弟で、一緒に養成学校にも通った。
残りの二人、女の子は15歳でサーリといった。
アガラン家の小作人の娘だが、素質があって精霊が見えるというだけで連れてこられた。
「やっぱ魔法使いって必要じゃん?」とはアガランの言葉。
サーリは慣れない山道を一生懸命に歩く。
「アガラン様のお陰で、小作料が安くなったと父も母も喜んでました」
健気なこと言い、おっさんのアドラーは涙を堪える。
最後の一人はサーリの二つ上の兄でハーストといった。
これまた「妹が心配だから……」と、アドラーの涙腺を決壊させる。
「心配すんな! お前の妹に手を出したりはしねーよ。正式な団になったら、村の若い者を集めて一気に頂点目指すんだからな!」
若く希望に溢れる冒険者団の卵であったが……。
『し、素人の集まりじゃないか、恨みますよ。テレーザさん!』
これから向かう小さなダンジョンが、彼らに見合った安全な場所であることを、アドラーは心の底から願った。




