ギルドは人集めが一番大変
アドラー達は、竜に乗ってライデン市へと帰る。
一人と一匹でオーロス山へ向かったが、今は五人と一匹に増えていた。
その前に「ドリーさんを忘れるところだった」と、人類の最前線になった最果ての冒険者砦に慌てて舞い降りた。
ついでに冒険者達に天敵ナフーヌの詳細や、エルフ達の行方を伝える。
話すことが多すぎて、結局一晩泊まることになった。
その夜、アドラーはやっとミュスレアと語る時間が持てた。
「ギルド、どうなったの?」
アドラーは、ミュスレアが離れていた間に起きたことを話す。
「4ヶ月先に、ギムレットの団とシュラハト――ギルド会戦――ねえ。それまでに6人集まるの?」
ミュスレアの目は『戻って来てって言え』と催促していた。
「まだ二人だけど……それにギムレットに勝っても、まだ300枚の借金が残るけど……」
慎重派のアドラーはもって回った言い方をしたが、短気なクォーターエルフには耐えられない。
「もう、違うでしょ。アドラーは、わたしにどうして欲しいの?」
「……出来れば帰ってきて欲しい」
「もう一声!」
「うーん? 一緒に戦って欲しいなって。ミュスレアは強いから……」
ミュスレアは露骨にがっかりした顔をしたが、返事は前向きだった。
「ふーん、まあいいわ。ギムレットとグレーシャは、わたしも一発殴ってやりたいからね! それとそこの二人、早く寝なさい!」
ミュスレアは、隠れて聞いていた妹と弟を叱りつけた。
軽い足音が二人分、パタパタと遠ざかっていく。
「ライデンに戻れるって!」
「やったねリュー姉!」
二人の声は、アドラーの耳にまで届いた。
アドラーの話を聞いた冒険者らは、にわかには信じられぬといった様子だった。
数千や数万の群れをなす魔物など、見たことも聞いたこともなかったから。
だが突如舞い降りた飛竜の群れは、これまでに無い事が始まるとの説得力があった。
冒険者達は、充分な備えと警戒をすると約束する。
アドラーはドリーを引き取って、今度は早朝の空を一気にライデン市の郊外まで飛ぶ。
「さて、戻ってきたわけだが。キャルルはまた学校な」
「なんで!? ボクもギルドに入れてよ!」
アドラーは、なるべく元の日常に戻そうとしていた。
ミュスレアはギルドに復帰。
これで攻撃役ばかりが3人の偏った編成になる。
さらにリューリアが新しくギルドに加わった。
新生”太陽を掴む鷲”団、最初のヒーラーだった。
「いいの、本当に?」
アドラーは何度も念を押したが、彼女の意志は固かった。
「あと5ヶ月でギルドが潰れるかでしょ? なら一人でも居たほうが良いじゃない。それにギルドって言っても事務も会計も居ないし、わたしがやってあげるわ」
「本当に良いの?」
もう一度、アドラーは聞いた。
「あのね、アドラー。他のところで、5ヶ月後に夜逃げするかも知れないけど雇って、なんて言える訳無いでしょ! しかもギルドの拠点はわたしの家よ? もちろん追い出す気なんてないわ、アドラーもバスティもブランカもここに住みなさい。困った時は助け合うのよ!」
『まだ文句ある?』と睨んだリューリアに対して、アドラーは全面降伏した。
3姉弟の真ん中は、とてもしっかり者だった。
そして末っ子は……。
「だから、ボクも働くから! ギルドに入れてよ!」
駄々をこねていた。
アドラーはもちろん二人の姉も、キャルルを入れるつもりはない。
「あんた、何も出来ないじゃない。わたしは傷の手当も出来るし、初級の回復魔法も使える、それに簿記会計の三級も持ってるのよ?」
リューリアは弟に容赦がない。
「うっ……けど……ギルドの弟子に10歳くらいでなるのって普通じゃん? ねえ兄ちゃん、良いだろ?」
「うちは冒険者ギルドだからなあ……」
技術の秘匿と継承を目的に、徒弟制を組むのが本来のギルド。
だが冒険者や傭兵などは、ある程度の戦力、つまり技術を持った者の集団経営組織。
むしろカンパニーに近い。
「まだ中等学校が1年あるんだろ? それが終わってからで良いじゃないか」
アドラーは先送りしようとした。
「そしたらギルドに入れてくれんの?」
「うーん……最近は、冒険者養成学校ってのもあるそうだぞ?」
さらに先送りしたアドラーに、キャルルが切れた。
「もう良いよ! 兄ちゃんのバカ! リューねえのブス!」
キャルルは家を飛び出した。
「クソガキめ。ま、お腹が空いたら戻ってくるわよ」
姉は冷たかった。
森に逃げ込んだキャルルよりも、アドラーにはやることがある。
せいぜい野うさぎくらいしか居ない”魔女の籠もる森”は、普段からキャルルの遊び場でもあった。
「ちょっと出かけてくるね。ギルド本部へ」
アドラーは一言断ると、今回唯一の戦利品――竜の羽――を取り出した。
ギルド本部では、テレーザ以外にも数人の男が待っていた。
一人はギルド本部の長、そして一人は”宮殿に住まう獅子”の東部方面総団長のバルハルト。
「早かったな」
バルハルトは、相変わらず威厳のある声だった。
「ちょっと特急便を使ったものでね」
アドラーは布にくるんだ羽を机の上に置いた。
「す、凄い……! なんでしょう、見たことないです。けどとても綺麗……」
人の腕ほど長さがある銀羽に、テレーザは感嘆の声をあげた。
見届人になったギルド本部の者達からもざわめきが上がる。
一人が「では、本部の研究室で検査して……」と言ったが、バルハルトが遮った。
「それには及ばぬ。これは本物である。それがしが王宮で見た物と寸分、いやこちらの方が大きいな」
バルハルトがアドラーをじっと見る。
警戒半分と興味に称賛まで入り混じった瞳だった。
「貴公がこれ程とはな。いったい……いや、無粋であったな。良かろう、シュラハトは、わしの誇りにかけて執り行う!」
アドラーは、第一段階をクリアした。
「ところでおぬし、これを売るつもりはないか?」
バルハルトがアドラーに聞いた。
「いや、自分で持っておきますよ」
ひょっとしたら、ブランカにとって祖母の形見になるかもとアドラーは思っていた。
「そうか、残念である。金貨で20、いや40枚は出すのだが……」
アドラーは、いざとなったら売ろうと決めた。
シュラハトは、一対一を十連戦。
アドラーとミュスレアとブランカは、互角以上に戦える。
だがリューリアの戦闘能力は低く、勝つためには最低でもあと二人はエース級が必要だった……。




