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その3


「兄ちゃん……ボク、ほんとにやるの?」

 涙目の少年エルフがメイド服姿でアドラーを見上げる。


『なるほど、これは分からんでもない』

 アドラーは一部の趣味を理解したが、表情は崩さずに伝えた。


「キャルル、男には前線に立たねばならぬ時があるのだ」

「なんで男が女の服着てんのさ!」


 まるで女の子みたいだよ、とはアドラーも言わなかった。


 代わりに「涙を拭け。恥ずかしがるな、堂々としてれば平気だ!」と答えになってないことを言って、キャルルをフロアに送り出した。


 机が十卓、椅子が四十脚あるフロアからは黄色い悲鳴が上がった。


 お昼の少し前に開けた”太陽を掴む鷲”の出店には、いきなり近所の女の子達が押し寄せた。

 何処で聞きつけたのか、キャルルくんが接客してくれるとの噂が広がっていた。


 キャルルは3姉弟の中で一番エルフの血が強く出て、ブロンドに明るい瞳の端正な顔立ち。

 訳あってこの街を去った時など、多数の少女が涙したという。


「どんな衣装を着ても素敵……」

「お姉さまって呼んで欲しい」

「ずっとあのお姿で良いのに……!」


 メイド服を着たキャルルは、吹っ切れたかのようにテーブルの間を泳ぎ回っていた。

 戸籍のないクォーターエルフという立場に生まれた彼は、他人に弱いところを見せるのを極端に嫌う。


「ああ、これ? 姉さんらに無理やり着せられたんだ、困るよね」

 キャルルが俯いて笑うと、その度に歓声が上がる。


『す、末恐ろしい……』と、アドラーは心の底から思う。

 少年には、アドラーにはない才能があった。


 しかし、いきなりの満員御礼。

 アドラーは勝利を確信しかけたのだ……が。

 

「カレーの注文が来ない……」

 来るのは飲み物の注文ばかり。


 それもそのはず、少女達にとってキャルルくんの前で大皿に乗ったカレーなど食べるのは恥ずかしい。

 銀貨一枚という値段設定も少しお高い。


「しゃーないな。海老で鯛を釣るか」

 アドラーはテーブルごとに大盛りカレーをサービスした。


 小さな取り皿を付けて「ご両親によろしくね」と宣伝するのも忘れずに。


 刺激のある辛さとふかふかで甘いお米。

 とろみのある不思議な食感のスープがかかった異世界の料理は、少女達を虜にした。


「なあに、これ?」

「辛い、けど美味しい!」

「もっと食べ……いえ、お母様にも食べさせてあげたいわ!」


 評判も上々だが、さらなる副次効果もあった。


 出店からただようカレーの香りが、道行く人々を引きつける。

 店内に充満する女の子の集団に一度は驚くが、鍛えられたギルドの面々は獲物を逃さない。


「いらっしゃい!」

「いらっしゃいだにゃ!」

「並んで下さいね」


 店に、行列ができ始めた。

 キャルルを目当てに来た女の子達は、しぶしぶと立ち上がる。

 メイド服の王子様の前で、行儀悪く居座るなど出来なかった。


「へいらっしゃい! メニューはカレーのみだよ!」

 威勢よく客を迎え入れると、アドラーは厨房に入った。


 それからは戦場になった。

 客足が途切れない。


 ブランカは尻尾を使って3つ同時に皿を運ぶ。

 リューリアは計算を間違えずに勘定を続け、吹っ切ったキャルルの笑顔に数人の男性が本当の自分に目覚め、ミュスレアの谷間がさらにお客を呼び込んだ。

 バスティまでが真面目に働くほどだった。


 アドラーは強化魔法を全力で使い、ひたすら皿を洗ってはカレーを出す。

 途中で鍋二つ分も作り足すほどだった。


 夜になって客層が変わる。

「おい押すんじゃねえ!」

「まだか? だいぶ並んでっぞ、おら!」


 評判を聞きつけ、冒険者連中がやって来た。

 ガラが悪いことこの上ない。


「もー、駄目ですよ。ちゃんと並んでくださいね?」

 殴りに出ようとしたミュスレアを止めて、リューリアが注意をする。


「あ、ごめんね。リューリアちゃん」

「ほら、そこ! 一列に並べ、はみ出てっぞ!」


 ライデンの女冒険者の3巨頭は、ミュスレアとグレーシャとエスネ。

 その座を脅かす者が最近現れた。


 ”太陽を掴む鷲”に入った新人ヒーラーのリューリア。

 はつらつとした若さに姉と違っておしとやかで家庭的、あと三年以内に勢力図を塗り替えると、男の冒険者の間ではもっぱらの噂だった。


『グレーシャの耳に届けばどうなるか……』と、アドラーは心配していたが。


 客は途切れないが問題も起きた。

 それに対して、アドラーは一枚の貼り紙をした。

『冒険者の酒は一杯まで』


「なんだアドラー! 飲んでやってるのにひでーじゃねえか!」

「うるせえ、居座ってんじゃねえよ。飲み屋じゃねえんだ!」


 アドラーも、冒険者の使う乱暴な物言いになれた。

 この程度、ただの日常会話だ。


「忙しそうだな、アドラー」

 声をかけたのは、”シロナの祝祭”団の副団長、青のエスネ。


「来てくれたのか。どうだった?」

「ああ、素晴らしく美味かったぞ! みんなも満足したようだ」

 このところ縁のあったライデンのトップギルドが、こぞって来てくれていた。


「ありがとな。じゃあ俺は忙しいからって……エスネ、貸しがあったよな?」


 つい先月のこと。

 とあるクエストで、アドラーはエスネを助けていた。

 危うく全裸で生贄にされるとこを救ったのだ。


「ああ、その節は世話になったが……」

「今返してくれ」

「はい?」


 エスネは「こんなことよりも、団の総力をあげて何時でも力になるぞ!」と言ったが、”シロナの祝祭”の者どもは喜んで副団長を送り出した。


 メイド服の給仕係が一人増える。

「くっ……! このような辱めを受けるとは、このエスネ、一生の不覚……!」


「そこまで言うなよ。ミュスレアは喜んで着てるのに」

「なぜ私と彼女の服だけ、胸元があいてるのだ!?」


「それは大人用に作ってもらったから」

「くっ……!」


 これにより更に客が押し寄せたが、委員長のエスネは冒険者のあらくれどもを見事にさばいてみせた。


 祭りが終わるまで、アドラーの店は繁盛し続けた……。


 そして閉店の時がやってくる。

「えーっとカレーが788皿に、飲み物がこれだけで……しめて銀貨で992枚! あー疲れたわ!!」


 リューリアの締め勘定がやっと終わる。

 金貨8枚と銀貨32枚分、この祭りで一番稼いだ出店となった。


「疲れたぞー!」

 竜のブランカでさえ、くたくたになる盛況だった。


「うーむ、カレーの力は偉大なり……」

 アドラーにとっても驚きの成果。


 原価率は4割弱、もろもろの出費を除いても金貨4枚分を一日で稼いでしまう。


「みんな、お疲れ様。特別ボーナスを出すから、本当におつかれさまでした」

 アドラーの話にも、皆の反応は薄い。


「えーっと、そうだ! 明日の朝は残ってるカレーにしようか、一日置いたカレーは美味いぞ?」


「もうカレーの匂いはこりごりだにゃ!」

 バスティが、みんなの気持ちを代弁した……。



『しかし、これ程とはなあ。異世界料理屋でも開いた方が儲かるのでは?』

 翌日になり、アドラーはさっそく調べたが、店を構えるには飲食ギルドの許可が必要で断念せざるを得ない。


 ライデン市の隠れグルメ、”太陽を掴む鷲”団の特製カレーは、お祭り日だけ食べられる究極にレアな料理として、ひっそりと食通の間に広まるのだった。


次回から本編に戻ります


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