3
潰れかけのギルドに突然の来客。
アドラーは無視したかったが、仕方なく招き入れる。
「いやー、すいませんな」
ずかずかと入り込んで来たのは、太ったカナン人の商売人。
カナン人とは、人身売買から武器や毒薬の密輸まで、儲かることなら何でもする悪名高き商業民族。
そして、なんと言っても……。
「ところで、わしが貸してる金のことなんですがな」
カナン人は良く言えば金融業、悪く言えば高利貸し、民族単位で金貸しを営むことで有名だった。
「どうすれば良い?」と、ミュスレアが目でアドラーに聞く。
今更隠し立ても出来ない、正直に事情を話すしかないとアドラーは決めた。
「まあまあ。どうぞこちらへ」
ギルドの応接室へ案内すると、金貸しの後ろには三人の屈強な護衛がついてくる。
『うーん。これは一筋縄ではいかないか……』と、アドラーは覚悟した。
「実はですね。一晩の内に団長以下、ギルド員の大半が……」
アドラーが説明を始めると、意外にもカナン人の金貸し――シャイロックといった――は素直に聞き入る。
「それは大変でございましたなあ」
シャイロックは、穏やかな表情のまま同情した。
予想外の反応にアドラーも「ほっ」としたのだが……シャイロックが一枚の紙切れを持ち出してミュスレアに向き直った。
「それでは、しばらくお支払いを猶予致しましょう。こちらへ団長様のサインをお願いできますかな?」
その言葉に、ミュスレアが何の疑いもなく契約時に使う魔法ペンを取り出した。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
アドラーは気付く、それは駄目だと。
「な、なんでしょうかな?」
シャイロックは驚いたフリをしたが、でっぷり太った顔からは『余計な事をするな』と不快感と脂が滲み出ていた。
「いやいや。契約書は読まないとですね」
世間知らずのエルフ娘から契約書とペンを取り上げる。
「なんだ? せっかく待ってくれると言うのに?」
ぷりぷりと怒るミュスレアは放置して、アドラーは契約書を読み進める。
アドラーは、日本語の読み書きが出来る。
だがこの世界では役に立たない……という事もなかった。
アドラクティア大陸に生まれて、勉学の重要性を知る彼は、まず文字を覚えた。
この南の大陸メガラニカに飛ばされた時も、読み書きの習得を優先した。
前世での学習経験は大きな助けになっていた。
幸いなことに、接触がないはずの二つの大陸の言葉と文字は、双子のようにそっくりだった。
『水』や『木』、『目』や『手』、『白』や『黒』といった基礎語彙はほぼ同じで、共通の祖語を持つのは間違いない。
経済や軍事などの新しい用語は苦労はしたが、この二年でアドラーはそれらも頭に入れた。
「こちらのですね……」
アドラーが静かに反撃する。
「ギルドが返済不能や解散になった後も、署名者とその家族が無限の返済責任を負う。これは受け入れられません」
アドラーが契約書を突き返す。
「なんだそれ!?」
ここで初めてミュスレアが自分に迫っていた危険を知った。
クォーターエルフの娘は、アドラーの裾を軽く引っ張って囁く。
「それは困る。妹と弟に迷惑はかけれない……。アドラー、わたしはどうすれば良い?」
ミュスレアは素直に隣の男を頼った。
「ここはお任せ下さい」
アドラーは自信満々に答え、シャイロックに向き直る。
「ところで、借り入れはお幾らですか? ギルドはまだ建て直せます」
シャイロックが鼻で笑い、机に借用書を投げ出して、並んだ数字を見たアドラーは流石に驚く。
総額で金貨520枚、銀貨なら62400枚。
ちなみに銀貨一枚で、贅沢しなければ一日分の食費になる。
利子は一ヶ月で五分、それ以上の返済をしてようやく元本が減る。
この契約はよくある形式だったが、利子が相場の倍だった。
「こんなに? うちのギルドが?」
「うちとこで一本化したんや。何ならそっちでも確かめてみればよろし」
アドラーは出納帳を取りに行くが、その前にミュスレアにきつく注意した。
「何か差し出されても、勝手にサインしたら駄目ですよ?」
「わかった」
赤っぽい髪を上下させ、ミュスレアはこくりと頷く。
学校に通えなかったミュスレアは、字が読めない。
ハーフエルフとヒトの合いの子は、精霊には愛されたが戸籍がなかった。
だから、自由都市にしか住めない。
ここ自由都市ライデンに居る限りは、市民でなくとも自由民として扱われるが、それには条件がある。
犯罪を犯さぬことで、そして借金を返せないのは罪になる。
借財は首かせと同じという言葉があるが、ミュスレアとその弟妹は文字通り奴隷に落ちる。
若く美しいクォーターエルフの姉妹と少年には、身体だけでも価値があるのだ。
団長室で出納帳と元帳を確認したアドラーは、この団がシャイロックから金を借りたことと、ほとんど資産が残ってないことを確認した。
「それにしても……ギムレットとグレーシャの奴ら、ミュスレア達を売りやがったな!」
誰に聞かれるでもないが、アドラーは怒った。
ギルドが大金を借りれた理由は、保証人が団長とその家族になっていたから。
しかも、今ギルドを潰しても負債は現団長ミュスレアにのしかかる。
ギルドと個人が別人格とはならない。
この都市の法律はそうなのだ。
「ミュスレアにサインさせようとしたのは、ギルドの連帯保証人になる書類。こじれる前に彼女の身柄を押さえに来た」と、アドラーも理解した。
こじれるとは、さらに別の者がギルドの団長になってしまうこと。
その者が金もなく、また商品にならない者だと、借金を回収できなくなるのだが……。
「うってつけの人材が居るじゃないか、ここに」
アドラーは、大量の書類を抱え応接室へと走り出す。
モチベになるのでブクマ登録お願いします