いんたーみっしょん 日常その1
アドラーは、一人で飛竜に乗った。
「様子を見てくる。ブランカはここで皆を守って、何かあれば連絡をくれ」
エルフの村が襲われたのは前日。
ナフーヌの群れは数千と聞いていたが、数百しかいなかった。
『エルフ族の無事を確かめる。次に、敵の主力があれば殲滅しなければ』
竜姫のブランカが説得し、誇り高い飛竜は手綱を付けるのを許し、アドラーは世界最初のドラゴンライダーになった。
機動力のある今、やれることはやっておきたかったのだ。
山脈の麓から、大群が南へ向かった痕跡を見つけた。
エルフ族はかなり早めに危険を察知し、逃げの手を打った様子。
「あっちだ」
アドラーの手綱に竜は素直に応える。
『便利だなこいつ、連れて帰りたいなあ』と心から思う。
数日分の距離を一気に飛ぶと、前方で森が動いている。
『トレント!? エルフ族に伝わる魔法を使ったか!』
エルフ族の世界魔法<<大樹の行進>>
古代樹林からトレントを呼び出し、戦局を一変させる種族固有の魔法だが、長年育て上げた古代樹は失われてしまう。
一度使えば数百年は発動できぬ切り札を、エルフ達は使用した。
余程に切羽詰ったのだと、アドラーにも伝わる。
数十体のトレントの残骸と燃え炭、数百体のナフーヌの死骸の上を飛んでいくと、十数体のトレントがまだ頑張っていた。
その先では、大股で走る木精霊の化身にしがみつき、何百人かのエルフ族が南へ南へと必死に逃げていた。
殿を守るトレントの上に、一人のエルフが居た。
シルフの力を乗せた弓で、ナフーヌを射抜いていたが多勢に無勢。
低空で旋回する飛竜の上から、アドラーは声をかけた。
「手伝おう!」と。
聞き届けたエルフの男が右手をあげる。
アドラーは、炎を吐く大型のナフーヌの上に立ち降りると、その背に穴を空けて魔法を叩き込む。
「爆轟!」
余り得意ではない攻撃魔法だが、ゼロ距離から撃てば充分な威力。
ふとアドラーは思った。
「こっちの大陸の魔弾杖、あれを持ってくれば楽だったな」
強力な飛び道具を並べれば、守り切ることも出来ると。
二千近いナフーヌの集団だったが、アドラーとエルフとトレントに加えて、飛竜が呼んだ十体ほどのドラゴンまで参加して片付けた。
「助かった、ありがとう! 君は……人族か?」
エルフの男がトレントから降りてやってくる。
寒い森林地帯に適応したエルフ族は、基本的に長身。
この男も細身だが縦は二メートルを超えていた。
「一人では多いだろうと思ってね。無事で良かった」
「多いなんてものではなかったよ。一族揃って全滅するところだった。本当に感謝する」
エルフの英雄はギルデンと名乗った。
アドラーは、ギルデンに魔物の詳細を伝える。
「なるほどね……。実は、エルフの古い口伝にはこいつらの事があるんだ。だから迅速に逃げれたのだが……竜まで出てきたのは驚いた」
ギルデンは、このまま南の寒冷地まで行くつもりだと言った。
「村を捨てるのか?」
「あの村は、山脈を超える峠のふもとにある。今後も真っ先に狙われてしまう」
人との交易を積極的にしていたエルフ族の集落が、また一つ消える。
「どれだけ礼を尽くしても足りない……本当なら娘の一人くらい嫁がせたいくらいだ」
「気にするな、困った時はお互い様だ」
落ち延びるエルフから礼金をせしめる気などアドラーにはないが、ギルデンはそれでも革袋を一つ差し出した。
「これを貰ってくれないか? エルフ特産の香辛料の種だ。なかなか刺激的だぞ」
「良いのか?」
「当分は、売りに行く機会もないからな」
アドラーは袋を受け取った。
一つ、アドラーからも頼みをした。
「もし今後、クォーターエルフの姉弟がやってきたら、暖かく迎えてやってくれないか? ひょっとしたら半年か1年後かに、エルフの村に行くことになるかも知れない。ミケドニアのライデン市の生まれだ」
「もちろん、お安い御用さ。同族なら当然だが……君は来ないのか? 歓迎するぞ、娘もやる」
どれだけ娘を押し付けたいのかと、アドラーは苦笑いをして答えた。
「その時は、俺は暗黒街のボスになる予定なんだよ」
「このドラゴンどもを引き連れてか?」
ギルデンは、長命なエルフでも初めて見る飛竜の一団を見渡しながら言った。
「これは借り物なんだ、残念ながら」
アドラーの言葉が分かったのか、飛竜はぐるると喉を鳴らす。
まるで笑ってるかのようだった。
「ライデンのアドラー殿か、本当に世話になった。何時か恩を返せる事を祈っている」
「良き精霊の導きのあらんことを」
アドラーは、エルフの別れ言葉でギルデンの部族の無事を祈った。
そして――3ヶ月後――
ほんの少しだけ未来を先取りする。
エルフから貰った種が実をつけていた。
数百の種が、それぞれ数百個の実を付ける。
来年に蒔く分を除けても、かなりの量があった。
天日で干してカラカラになった実を一つ齧ったアドラーの脳に、特級の刺激が走る。
『こ、この香りとぴりりと来る辛さは……まさか!?』
前世での美味しい記憶が蘇る。
アドラーは急いでライデン市の夏祭りの出店を一つ押さえた。
それから、ギルドの面々を集めて言った。
「えー我がギルドは、祭りに露店を出します。皆さんにはそこで給仕をしてもらいます」
団の会計を勤めるリューリアが手をあげる。
「団の財政はぎりぎりよ? 赤字が出たら破産しちゃう」
「心配ない! 絶対に儲かる料理を俺が作ります!」
団員達は不安そうだが、アドラーには自信があった。
地球での経験を最も生かせる場面が来ていたのだ。
次回――閑話その2 『カレー編』に続く
3話ほど、少し未来の日常編です




