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少し時はさかのぼる。
ミュスレア、リューリア、キャルルの3姉弟は順調に旅を続けていた。
路銀は豊富で、長い耳を隠せばクォーターエルフだともバレない。
子供二人を含む一行は珍しいが、咎められるほど治安が悪いこともない。
ミュスレアは何度も「ごめんね」と言いそうになるが、下の二人はその隙を与えなかった。
生まれた街を離れても、家族一緒なら我慢も出来る。
せっかくアドラーが体を張って逃してくれたのだからと、一番年下のキャルルも文句一つ言わなかった。
「まあ、エルフの村でどうやって暮らしを立てるかって問題はあるけどね」
現実的なリューリアは、時々先のことを心配する。
「ちょっとした農地を買えるくらい兄ちゃんがくれたし、僕が狩りに出てもいいし、姉ちゃんらは嫁に行ってもいいしさ」
15歳だが体格は11~12歳のキャルルも、自立しようとしていた。
「大丈夫よ。お姉ちゃんが頑張るからね」
東の森は遠征の冒険者も多い。
腕の立つミュスレアなら雇い口もある。
季節は旅に向いた春で、エルフの村まで問題なく着けるはずだった。
森を貫く川沿いの街道、あと幾つか丘を越えれば目的地。
エルフの感覚が異常を捉えるよりも前に、精霊たちが危険を知らせた。
式を繋げて呪文を描く法術魔法、神の力を使う神授魔法、世界に満ちる精霊たちの助けを借りる精霊魔法。
この内、生まれながらの素質が最も重要なのが精霊魔法。
血は薄くなったとはいえ、エルフ族に連なる3姉弟は精霊の声が聞こえる。
「なにこれ聞いたことない。精霊の悲鳴?」
リューリアは怯えた。
ミュスレアが武器を取り出し辺りを観察する。
「前から……なにか来る。森の中にも……二人とも、こっちへ!」
近くにあった老オークの巨木、その根本に隠れ込もうとしたがやめた。
精霊の騒ぎ方は尋常ではなかった。
「ごめん、ちょっと守って!」
木に語りかけてから、ミュスレアは縄を投げ上げて二人を登らせる。
引き上げられたミュスレアも一緒に、枝を伝ってさらに上へ。
木を登ると、遠くにエルフの村が見えた。
何かの集団が黒く村を覆い尽くしていた。
「なんだあれ……」
三人共が、見たことも聞いたこともない魔物の群れだった。
森から数体の蟻や蜂のような魔物が現れ、木の上の三人を確認すると仲間を呼び始めた……。
夕暮れになる前に包囲され、日が昇る頃には大集団が現れた。
小型の物が木に飛びついたが、ミュスレアが蹴り落とす。
次には大型の物が木を揺すり始める。
老オークの根が、みしみしと嫌な音を立てていた。
火種を使って狼煙をあげたり、剣に光を反射したりして、誰かを呼ぼうとしたが無駄だった。
最も近い人里まで歩いて三日はある。
キャルルは胸に下げた連絡球を握りしめて、「兄ちゃん……」と呼んでみた。
森で拾った行き倒れ、何時の間にか仲良くなったヒト族から、別れの間際に貰った魔法の道具。
最後の通信から、もう十六日も経っている。
キャルルは、アドラーから送られた文字を消してない。
最期に読み返してみようという気になった。
取り出した水晶には、新しい文字が何度も送られていた。
『近くにいる。何処だ』と。
「姉ちゃん、にいちゃんが!」
自分達を守ろうと奮戦する長女に、大声で告げていた。
返信した後、アドラーは直ぐにやってきた。
竜に乗って、文字通り飛んできた。
「すげえ……にいちゃん、あんなに強かったんだ!」
キャルルはリューリアと抱き合って喜ぶ。
「つか、誰よ。あの子」
戦いを見ていたミュスレアがぽつりと呟いた。
三百から四百はいた魔物の群れが次々に蹴散らされる。
八割はアドラー、残りはミュスレアの知らない銀髪の女の子が殴り飛ばす。
倒した数をカウントするのは、アドラーの悪い癖だった。
最初はみんなに認められたくて、功績を誇る為に数え始めた。
誰かに頼りにされるのが嬉しかったのだ。
前世では、最後に助けた猫達以外には、余り感謝されたとは言えない人生だった。
今度は誰かの役に立ちたい守りたい、その為の力を女神がくれた。
「ブランカ、こっちへ来い。あまり離れては駄目だ」
「うん」
身軽な足取りでブランカがやってくる。
この敵――ナフーヌ――は、群れの決まりで動く。
戦いの前には数を集め、仲間がやられても激昂することなく、囮や陽動にも乗らず、不利だからといって算を乱して逃げる事もない。
「さてと、どうでるかね」
アドラーの予想では、揃って撤退するか全滅するまで戦うか、ナフーヌの行動は二択。
今回は全体で引き始めた。
律儀にも同族の死体を運べるだけ運ぶ。
ナフーヌは、仲間の死体の殻を使って巣や防御陣地まで作る。
「ブランカ、追わなくていい。強いなお前、本当によくやった!」
満面の笑みのブランカが寄ってくる、褒められて嬉しいのか尻尾が左右にぶんぶん振れる。
アドラーが汚れた手袋を外すと、頭を差し出してくる。
二本の角の間を撫でながらアドラーは思い出した、バスティがこの竜を犬扱いしていたのを。
『まさか、竜の性格って孤高とかでなく社交的なのか?』
伝説や伝承とは、あてにならないものである。
アドラーは、老樹オークの下まで歩いていって声をかけた。
「キャル、リュー、ミュスレア。もう大丈夫だ、降りておいで」
枝の上から、見慣れた顔があらわれて、体重の軽い方から次々に飛び降りる。
「キャル、ごめんよ。怖かったろう」
「平気さ、絶対にーちゃんが来てくれると思った」
キャルルは迷わず抱きついた。
「リューもごめんな、怪我はないか?」
「一晩中ね、樹の下でわたしたちを狙ってたの。怖かったよ、アドラー」
リューリアも安心したのか、しがみついて泣き出した。
ミュスレアの番になったが、その時に空から大きな影が舞い降りる。
この大陸を統べる白金竜の眷属、飛竜の背中から猫耳の少女が降りてきて、アドラーの背中に飛びつく。
「凄かったな! 敵のど真ん中に飛び降りるから、どうなるかと思ったにゃ!」
バスティはひとしきり鼻をこすりつけた後、金色の瞳を男の子に向けた。
「お前たちも無事で良かったにゃ」と、困惑するキャルルを可愛がり始める。
「おい、この団の2番目はわたしだぞ! 団長、もっと褒めろ!」
ブランカも輪に混ざる。
「ミュスレア、無事で良かった! ごめんね、東へ行けと言ったばかりに……」
ようやくアドラーとミュスレアは顔を合わせたのだが。
「猫耳娘に角と尻尾の娘と、アドラーは……変わったのが好きなの?」
「へっ?」
エルフ耳の娘は、かなりご不満の様子であった。
暇を持て余していた飛竜が、大きな声で空に向かって一つ吠えた。
この大陸で数百年ぶりに響くドラゴンの咆哮と、初めての天敵の襲撃だったが、アドラー達はしばらく日常に戻る。
とは言っても、人数不足の貧乏ギルドの日常なのだが。
二章完
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