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「これは……火を吐くトカゲってレベルじゃないなぁ」
ようやく冷静になったアドラーを待っていたのは、意外な挨拶だった。
「遅かったですね。年寄りに子供の相手は疲れるのよ?」
「……はい?」
白金羽衣竜の青い瞳に敵意はない。
『その気なら近付くことも不可能。もし戦ったとして、天井を崩落させたり粉塵爆発に巻き込んでも、びくともしないな』
そのくらいはアドラーにも分かった。
空間の広さは陸上競技場ほどあったが、そこが狭く感じる巨体。
内包するエネルギーは、アドラーから見ても無限に思えた。
顔や体は細長く、長い巻き角と尻尾以外は銀色の羽毛に覆われている。
『アフガンハウンドのような顔つきだな。リザード族とは似てない』
アドラーは、竜の子孫を自称するかつての仲間を思い出した。
「お、おひさしぶりだにゃ!」
「バスティさん、面識あるの?」
今や若き猫娘が唯一の希望だったのだが。
「姉さまの記憶にあるにゃ。うちは初めて会うんだな、これが」
しかしドラゴン様は挨拶を返してくれる。
「猫の子ですね、こちらこそお見知りおきを。そちらも、ようやく迎えに来ましたか。私の寿命が先に来るかと思いましたよ」
”そちら”と言った時、ドラゴンはあきらかにアドラーを見た。
『俺……なんかやらかしたっけ?』
そう聞きたいが、怖くて聞けない。
かなり老齢なドラゴンは、一人で話を進める。
どの世界どの種族でも、老人の話が長いのは変わらない。
「力の時代が終わり、知恵の時代が始まって幾千周期。娘が消失してしまったので預かりましたが、この子もそろそろ一人立ちしても良いでしょう。と言っても、まだ卵の殻がお尻から取れたばかりですが。そうそう、知恵ある者に馴染ませようと、里へ下ろしたこともあるんですよ? けどこの子ったら、泣いて帰ってくるばっかりで……」
「待った! 待って! お待ち下さい! いったい、何のお話ですか?」
たまりかねてアドラーは口を挟んだ。
「あらいけない。自己紹介がまだだったかしら? けどごめんなさいね、私に名前はないの。これ、あんたも出てきて挨拶くらいしなさいな」
田舎のお婆ちゃん並に一方的に喋り立てると、白金竜は手招きをした。
大きな手に呼ばれて、洞窟の更に奥から一人の女の子が姿を見せる。
「お婆さま、あたし行きたくない! ずっとここに居たい!」
女の子は、アドラー達を無視して白金竜の胸にすがる。
「あらあらまあまあ。そんな事を言っても、貴女は北の大地の守護竜なのよ? ほら土地の者が迎えに来てるから」
女の子といっても、少し違う。
薄い銀髪の上には二本の角、背中には小さな羽の翼、そして白い尾が右に左に振り回されている。
『なんか誤解されてる!?』
やっとアドラーも気付く。
アドラーは北の大陸出身だが、こんな竜娘など知らぬ。
娘の方もちらりとアドラーを見たが「人間なんて嫌い!」と言ったきり、竜の羽毛に顔を埋めた。
「ごめんなさいねぇ。この子、人の学校に通わせてみたのだけど、尻尾を男子にからかわれたようで。きっとフェザードラゴンのプライドが傷ついたのね」
『たぶん違う』と思ったが、アドラーは黙っていた。
よく見ると、女の子の尻尾には鱗がある。
何か言わねばと考えたアドラーが、ようやく絞り出す。
「き、北の大陸は、種族間の仲が良いから大丈夫かなーって。リザード族とかも居るので……」
「あんなのと一緒にするな!」
竜娘は、リザード族が聞けば泣き出すような台詞を吐いた。
「困ったわねえ、貴女が居ないと困ったことになるのよ。時代の覇者は次の時代を守るのが役目。知恵ある種族、リザードや人も貴女を待ってるわ。ねえ、そうでしょ?」
最後の質問はアドラーに向けられたものだったが、思い当たることがあった。
「ひょっとして甲冑をまとったような大きな昆虫型の魔物が大量に出るのは、彼女が居ないからですか!?」
「そうよ。けどこの子を責めないでね。先代の守護竜が巨人族の生き残りに討たれて、ようやく卵から孵ったところなの」
力の時代は竜と巨人の争い。
知恵の時代は個体で生きる二足種族と、群れを単位とする昆虫型種族の争いと、白金竜は語った。
あの魔物が人の集落を襲うのは、決められた宿命だとも。
『どうりで、集団としての統率が凄まじい訳だ。個体でなく群れ全体を優先する思考だったのか』
それならば、是非ともこの竜娘を故郷へ連れて帰りたい。
「ですけど……どうやって北の大陸まで行くのですか?」
最大の疑問をアドラーは聞いた。
「あなたはこっちへ来てるじゃないの?」
「実はどうやって来たか分からず、それに自分は正式な迎えってわけではなくて……」
「それはそうね。本来なら自分で飛んで帰らせるつもりだったけど、あと500年はかかるわよ?」
「えっ!? それは困る!」
次の大発生が360年後くらいにあるのだ。
「だから後はお願いよ。私はそろそろ寿命で、もう動くのも大変なの」
白金竜はやれやれと大きなため息を付いた。
「どうするにゃ?」
「どうしようか?」
アドラーはバスティと目を合わせる。
思わぬ拾い物、こんなとこに世界の鍵が転がってるとは思いもしなかった。
もちろんアドラーも何とかしたいが、肝心の竜娘の視線は人間不信の塊だった。
『あの娘をいじめたって男の子らをぶん殴ってやりたい』と、アドラーは心の底から思う。
「ちょっと話してくるにゃ」
バスティが竜娘へと歩み寄るが、こちらは警戒されない。
「猫……の神?」
ひと目でバスティの本体に気付き、遠慮なく猫耳や尻尾で遊ぶ。
「勝手に触るにゃ! お前、ずっとここにいる気か? 外も悪くないし、あいつもいい奴だぞ。餌もくれるし、それに名前もくれた」
バスティの言葉に、初めて竜娘の瞳にアドラーへの興味が浮かぶ。
一匹と一頭は、何やらごにょごにょと相談を始めた……。
座って待つだけのアドラーに、白金竜が驚きの一言を告げた。
「この子が居ても、そなたらの天敵が消え失せる訳ではないの。けど大きく数は減らすわ。やつらは私の居るこの大陸にもおるのだよ」
驚いたアドラーが守護竜を見つめ返す。
「少し前に、この山脈を超えて来たわ。数千程度の小規模なものが、エルフ族の村に向かってますね」
「それを先に言ってくださいよ!!」
アドラーは立ち上がった。
「バスティ、行くぞ! 竜の姫さん、もしアドラクティアに帰れる算段が付けば、迎えに来ますね。今は仲間が危ないので、これで失礼します!」
白金竜に一礼して立ち去ろうとして、アドラーは止まる。
振り返ると、バスティが竜に語りかけて大きな銀羽を一枚貰ったところだった。
「ありがとうございます! また来ますから!」
もう一度お礼を言うと、アドラーは走り出す。
追いついたバスティが猫に戻ってしがみつき、猫の口には竜の羽が咥えられていた。
『数千体か……たとえ三千でも備えが無ければ蹂躙される』
アドラーは、昆虫型の魔物が戦闘向きの大型個体から攻めてくると知っていた。




