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「お前は猫に好かれる顔をしているにゃ」と、猫のバスティがいった。


「どういう意味?」

「そのままだにゃ。緊張感がなくて怖くない」


 褒められたのだと、アドラーは思うことにした。

 前世でも間抜けな顔だったが、こちらでも鋭さや切れ者といった印象とは無縁。


 この世界での両親には似ている。

 濃い茶色のくせっ毛なのも母親譲り。

 この髪先は、よくバスティにおもちゃにされる。


 アドラーは前世の記憶と折り合いを付けた後、実家にあった歴史書や暦書を読み始めた。

 そして一つの事に気付く。


 アドラクティア大陸での二足種族の天敵、昆虫型モンスターは定期的に大発生していると。


『周期セミみたいだな。あれも発見から周期に気付くまで、数百年かかった』

 アドラーは知っていたから気付けた。


 丹念に記録を調べ、13年周期と28年周期の二大グループがあると推定する。

 文明圏崩壊クラスの大発生は364年に一度。


 この結論に辿り着いた時、アドラーは12歳。

 前回の大発生から既に355年が経過していた。


「大変だったんだよ、中々子供の言うことを信じてくれなくてさ。けどお前の姉さんから貰った能力が、後押ししてくれたんだ」


 理論立てた法術に基づく魔法とは別に、神に祈ったり頼んだり持たされたりする神授魔法。


 この両方を使えるアドラーは、ヒト族の中で期待される戦士の卵だった。


「それで、勝ったのか?」

「うーん、たぶんね。ヒト族だけでなく、主要種族の全てと同盟して戦ったんだ」



 アドラーは、オーロス山へ向かう川沿いを走り続けていた。

 胸元に入れたバスティと昔話をしながら。

 

 最東の冒険者砦にドリーは預けてきた。

 オロゲンの背骨と呼ばれる大山脈、その麓の原生林はロバにはちょっと辛い。


「こんなに安くて良いのか?」

 ドリーを預ける時にアドラーは聞いた。


「四組に一つくらいは戻ってこない。その時はこっちで売ることにしている」

 砦にいた冒険者は激安でドリーを預かってくれた。

 しかも道案内まで申し出る。


「なあ、本当に一人で良いのか? オーロス山の下までなら行った奴もいるぞ? ついでに守り猫も預かるが」


 この砦は人類の生存圏の端、山や森で狩りをする屈強な冒険者も多い。


「大丈夫だ、問題ない。魔物の対処には慣れてるんだ、こう見えても」


 頼りさそうなアドラーの話を信じたか分からないが、最果ての冒険者はあれこれとアドバイスをくれる。

 「お前はともかく、守り猫は心配だ」と言いながら。


 最後も冒険者らしい台詞で送り出した。


「ロバは余り高く売れん、無事に戻ってきていいぞ」

「ありがとう。無理はしないよ」


 それからアドラーは、白い冠を被る山々の裾野に広がる大樹の森へと足を踏み入れた。


 植生も濃いが生物相も多様。

 アドラーの興味も惹かれるが、今は一直線にオーロス山を目指す。


 二晩を木の上――エルフにならった眠り方――で過ごし、ようやく山を見上げるところまで来た。


「はーでっかいなあ……雲に隠れて上が見えない」

 集めた話を総合すると、標高1万メートルは超えると予想していたが、どうやらそんなものではない。

 当然ながら未踏峰である。


「まいったな。いけるかなあ?」

「平気だにゃ。頂上まではいかなくていいはず、だにゃ」

 ギルドの守り神様もいささか頼りない。


「頼むよバスティ。お前が早く竜の住処を見つけてくれないと、二人揃ってミイラだよ」

「う、うちに任せるにゃ……」


 防寒着にピッケルとアイゼン、ロープに留め具に色付き眼鏡。

 どれもがこの世界の代用品。


 しかし全てに魔法を付与して働きを強くしてある。

 大量の水を詰めた瓶でさえも、強化と重量軽減の魔法をかけてペットボトルよりも軽くて丈夫だ。


「魔法を勉強していて良かったなあ。ただ戦いが強いだけなら、詰むところだった」

 学習が当たり前の世界を経験したお陰で、アドラーはこの山に挑むことが出来る。


「にゃん!」

 懐からバスティが合図を出し、アドラーは最初の一歩を上へと踏み出した。



 二日目の昼過ぎ、一気に中腹までアタックをかけたアドラーの胸元から、バスティが爪を伸ばして指示した。


「あっちにゃ!」

 もうベースキャンプに戻る時間だったが、アドラーは猫に従って山を周る。


 南向きの山腹に巨大な一枚岩があった。

 服の中からバスティが飛び出ると、アドラーの見る前で岩の中へと消えた。


「あっ、そういうこと」


 アドラーも恐れずに一枚岩へぶつかると、雲を押すような抵抗があって岩の中へ吸い込まれた。


「アドラー、服をくれにゃあ」

 中では少女姿のバスティが待っていた。

 寒くもないし空気が薄いこともない、中腹といっても六千か七千メートル程は登って来たはずなのに。


「大きい体でいくの?」

「猫のままだと舐められるにゃん」


 そんな事があるのかとアドラーは疑問に思ったが、服を着せてやって、ついでに特大の強化魔法をかける。

 猫神には完全な効果があった。


「これで自分の身を守って、戦わなくていいからね」

 バスティは当然だろって顔をしていた。


 二人は、黙ったままでトンネルを進む。

『掘った……ものではないな。表面に溶けた跡があるし、よくある火山性のものかな。それがこの高さまで押し上げられたか』


 地球の知識を元にアドラーは判断したが、それは間違っていた。


 半時間ほど歩くと、広い空間が見えた。

 それ以前からアドラーは気付いていたのだが……。


「信じられない。バスティ、これがドラゴンか?」

「そうだにゃ、本物の祖竜だにゃぞ」


 アドラーは『何とかなるだろう』と思っていた。


 鍛えた肉体能力の高さに加えて、魔法でそれを十倍近くまでに引き上げる。

 オークの斧やエルフの弓も弾き返し、上級の魔物が持つ厚い守りも貫く、最高峰の冒険者。

 数千年生きる程度の、野良ドラゴンになら勝つことが出来るのだ。


『だがこれは……存在が違う。そもそも生まれた理由が違うな』

 今いる長いトンネルも、竜が眠る広い空間も、おそらくは竜本人が作ったものだろう。

 それも簡単に。


「バスティさん、ちょっと行って羽の一枚を貰ってきてくれませんか?」


 アドラーは勝てぬ戦いはしない主義だった。


「行ってきて!」「嫌だにゃ!」の押し問答をする二人の上に、声が降り注ぐ。

 玉座に横たわる白金羽衣竜(プラチナフェザードラゴン)からだった。


「そこの二つの者、出てくるが良い」と。


 諦めたアドラーは、大人しく御前に進み出た。

 バスティを先頭にして。


『予想の最大値の更に1万倍は強い……バスティめ、とんでもないのを紹介しやがって!』

 アドラーは、精一杯の愛想笑いを作る。


 守り猫の後ろに隠れた地上最強の冒険者は、敵意を感じさせない穏やかな顔に産んでくれた両親に感謝していた。


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