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202/214

202


「リューねえ、似合うね。いっそ本職にしちゃえば? いたっ!」

 軽口を叩いたキャルルが、早速叩かれた。


 リューリアとミュスレアの衣装は、胸だけ隠す布に肩だけを覆う上衣、紐が腰を一周し、あとはパレオのようなものだけ。

 手首足首には、動くと音が出るブレスレット、つまり踊り子衣装。


 二人とも良く似合っていたが、リューリアは全体的に優しい曲線で、ミュスレアはメリハリが付いている。


 オークションに出せば大人気は間違いなかったが、アドラーは日和った。

 珍しく晒したリューリアのおへそを見ながら言った。

「やっぱりやめようか?」


 もちろん姉妹は怒る。

「はぁ? ここまで来て? こんな格好させといて?」


 アドラーは謝りながら、ふっくらと白い淡雪のような次女のお腹から、長女のお腹に目を移しながら言った。


「ご、ごめんよ……けどね、その、ミュスレアさんの腹筋で、奴隷エルフ姉妹ってのは無理があるかなって……」


 全員の視線がミュスレアのお腹に注がれる。

 引き締まったくびれと、爆発的な戦闘力を生み出すシックスパックがそこにはあった。


「見事なものだ」とオークのダルタスも感心する。

「かちんこちんだ」とブランカがつつく。

「ねえちゃん、流石!」とキャルルは嬉しそう。


「まあ、凡人のものではないな」

 マレフィカは楽しそうに友人の腹筋を評価する。


 アドラーも皆に同意を求める。

「ね? とても売られる少女には見えないだろ。かと言ってリューリア一人だけ送り込むとか無理だし」


 だが一人だけ反対した。

「わたしは平気よ! 売りに出されるってことは、いきなり何かされる訳ではないでしょ? 困ってる人に、助けに来たよって伝えてあげることがどれほど大事か、わたしには分かるわ」


 一番嫌がっていたはずのリューリアが主張した。

 次女は助けが来なかった経験はないが、待つ怖さを知っていた。

 ミュスレアがギルドの仕事で家をあける時、幼いキャルルの世話をしながら姉の無事を祈る、それが日常だった。


 姉が「ただいま」と帰って来た時の安心と幸福感は、何物にも代えがたかった。

 そして今は、姉に匹敵する強者が何人もリューリアを守ってくれる。

 際どい衣装を着て体を張るくらい、何でもなかった。


「うーん……やっぱり止めようか」

 ただし弱気になったアドラーは及び腰。


「なんでよ!? 救出作戦で情報なしの強行突入とかご法度でしょ!? 中を探る人が必要でしょ!?」

 リューリアの方が正しいことをいう。


「けどね、リューだけを敵地に送るのはね……」

 あくまでアドラーは消極的。


 ここでキャルルが参戦した。

「ねえ、兄ちゃん。他の売られる人はどうするの? 翼がある人達だけ助けて終わるの?」


「うっ……」

 アドラーは返事に詰まった。

 その事は考えないでもなかったが、裏オークションのリストは既に載ってるだけでも二十人以上。


 全員を買い取るのは不可能で、ミケドニア帝国との国境にあるブルゴーニュ公の領地で実力行使とはいかない。

 だからロシャンボーは金貨を三千枚も寄越したのだ。


「そ、それはね、キャルル」

「他にも助けを待ってる人がいるかも知れないよ、兄ちゃん」


 真っ直ぐに見つめる少年の瞳に、アドラーが答えを探そうとする。

 キャルルが次の疑問を口に出す前に、ミュスレアが弟の頭を抱いた。

 これ以上アドラーを困らせないようにと、もう一つの理由は優しく育った弟が嬉しくて。


「な、なんだよ、姉ちゃん急に……」


 弟の頭を抱きしめたまま、ミュスレアは答える。

「キャルル、あなたの言いたいことは分かるわ。けどね、アドラーと言えど全員を助けるわけには……」


「よし、作戦を変更する」

 アドラーは決めた。


「裏のオークションには参加する、そこで情報を集め、可能な限りを助け出す。俺達は商人じゃない、冒険者団だ。権威と権力に縛られ遠慮することはない。欲しいものは、自力で探して手に入れてみせる」


 ダルタスとイグアサウリオが、お互いを見やってにやりと笑う。

 団長を見上げるキャルルの緑の瞳は、輝きを増していた。


 普段の優柔不断など何処へやら、決めた後のアドラーの動きは早い。


「シャーンの三人は、部族の元へ戻り、ありったけの戦力を連れて来い。マレフィカは、ロシャンボーの所へ手紙を届けてくれ、直ぐに書く。王の望みのものをくれてやるから、これからの事は目を潰れとな」


 ブルゴーニュ公の領土は、ミケドニア帝国との国境に沿って広がる。

 いわゆる国境防衛の大諸侯で、独立した財政と軍を持つ。

 サイアミーズ王からすれば頼もしいが警戒もする相手。


 ロシャンボー上将が属する命令系統の本音を、アドラーは勘付いていた。

 英雄である先代と問題ある現公爵を、アドラー達が殺してくれれば、労せずして国家の統一が進む。


 もちろんアドラーは、そんな安い計略に乗るつもりはなかった。

 金の力で最低限の目標だけ果たせば良いと思っていた。

 今でもぎりぎりの落とし所を探している。


「城ごと吹き飛ばす訳にはいかない。正面から戦ってやる義理はない。だから、裏オークションに出品される人々は、全て盗み出す。そこで内部の情報を探るのに……おい、キャル」

「なあに、兄ちゃん?」


 キャルルは完全に尊敬する目を兄貴分に向ける。

 今ならどんな役目を命じられても、忠実にこなす自信が少年にはあった。



「……それで、またこんな役割かー」


 不満を顔一杯に浮かべた少女とも少年とも見えるクォーターエルフが、裏オークションの『商品』保管庫に連れて行かれる。

 一見すると悲しみに浸ってるようで、受け取った業者も怪しむことはない。


「リューねえ、離れないでね」

「うんうん、頼りにしてるわよ」


 キャルルとリューリアは、ブルゴーニュ公ウードの居城へと無事に運ばれた。

 暗闇の地下倉庫には、あらゆる種族の娘たちが押し込まれていた。


 明日にも値が付けられ、ご主人さまの所へ行くのを待つのみ。

 涙も枯れ果てたのか、すすり泣く声さえない。

 キャルルは、一番手近な所にいて、膝を抱えた女の子に話しかけた。


「ボク、キャルルって言うんだ。君は何処から来たの? このまま売られるのと、逃げ出すの、どっちが良い?」


 はっと顔をあげた女の子は、怯えと疑いの目をしていた。

 しばらくキャルルの顔を見ていた女の子は、恐る恐る口を開いた。


「お母さんのとこに、帰りたい……」


 キャルルは笑いかけてから、答えた。

「もう少しだけ我慢してね。必ず助け出してあげる」


 絶望の地下倉庫に、姉弟は希望の種を蒔いて回る。

 もしも期待を持たせて成就しなければ、更に深い絶望が娘たちを襲う。

 だが、そんなことはあり得ないと、姉弟には分かっていた。


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