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「どういうことよ、これ!?」
ミュスレアが、金色ベースに朱色を混ぜた髪を振り回しながら怒る。
「わたくしに聞かれましても……」
さっき知ったばかりで答えようがない。
「そんな事は分かってる!」
じゃあ聞くなよと思いながらも、アドラーは新団長の機嫌をこれ以上損ねないように答えた。
「ギルド対抗戦の結果があれではね……。見切りを付けた者が一人辞め、次にまた一人と。よくある話ですよ」
「そんな話、わたしは聞いたことないぞ!」
もう一度爆発したミュスレアが、エメラルド色の瞳でアドラーを睨む。
『この短気なとこさえなければ、引く手数多だろうになあ……』
アドラーは心の中でつぶやいた。
クォーターとはいえ、ミュスレア・リョースはエルフの血を引く。
先月25歳になったが、ヒト族より成長が遅く二割は若く見える。
それでいて何かと薄い純血のエルフとは違い、出るとこが出たスタイル。
つまりミュスレアは良いとこ取りで、誰もが羨む美人なのだが……気性が激しい。
競走馬なら間違いなく短距離専用。
そして、彼女の美貌が潰れかけのギルドを押し付けられた原因だと、アドラーにも推測出来た。
「何か聞いてなかったの?」
「まったく。昨夜戻ったばかりなもので」
「それもそうだな……」
ようやくミュスレアが落ち着いた。
彼女は直ぐ沸騰するが長くは続かないと、アドラーは知っている。
「なあアドラー、他のみんなは示し合わせて辞めたんだろうか……? わたし達だけ置いて……」
多分そうだとアドラーには察しが付いた。
最初は数人が退団して、ある時点で団長と副団長も覚悟を決めたのだろう。
そして誰に、壊れかけのギルドを押し付けるか相談した。
同意なくギルドの団長職を譲る事が出来るのは、副団長とミュスレアのような幹部に限る。
あくまでも団長が瀕死や戦死した時の非常措置で、通常は互いの同意が必要になる。
前団長のギムレットはそこまで悪辣ではないが、副団長のグレーシャは……ミュスレアとすこぶる仲が悪い。
文字通りギルドの姫同士の対立。
男たちに混じって縦横無尽に暴れまわる戦士ミュスレアに対し、正統派のヒーラーであるグレーシャの敵愾心は凄いものがあった。
ミュスレアが相手にしない――敵視に気付いてない――のがさらに輪をかけてグレーシャをイラつかせる関係であった。
『それでミュスレア派だと思われた俺に、用事を押し付けたのか……』と、ようやくアドラーも得心した。
アドラーとドリーに荷物を引かせ、わざわざ離れた町まで行かせる。
売り上げは即座にギルドの口座に入金。
銀行や両替商は魔法の通信網を持つので、この街で出金して団長と副団長はさようなら。
「はぁ……ねぇ、どうしよう?」
浮き沈みの激しいミュスレアが急に弱気になってきた……。
前世でのアドラーは、子供の頃から動物博士になりたかった。
長じてはキャットフードの営業と配達に就くが、動物の扱いが悪いペットショップと揉めたりと、会社でも疎んじられていた。
その最期は、とある配達先で虐待虐殺される猫を何十匹と見つけ、保護したところで逆上した男に殺される……という救いのないもの。
別世界の”猫と冒険を司る女神”が哀れみ、彼の魂を拾い上げた。
「もう一度、わたしの世界でお暮らしなさい」と。
生を受けたのは、現在地より遥か北にあるアドラクティア大陸。
そしてアドラーには、今度こそ弱い者を守るだけの力が与えられた。
アドラーは力を伸ばし多くの者を救い、一軍を任されるまでになったが……魔物が湧き出る塔を破壊した時に事故が起きた。
暴走する魔力は、アドラーの体を引き裂き、南半球へと瞬間転移させた。
大怪我をして行き倒れたアドラーを「大丈夫?」と拾ってくれたのが、貧しいクォーターエルフの一家である。
アドラーは、人族の平均的な背丈と体格。
茶色のくせ毛に、鋭さとは無縁の顔つき。
「剣よりも本が似合う」とよく言われ、何処にでもいそうな青年として生きている。
だが一つ、前世の記憶と共に受け継いだ義理固さがあった。
「御恩を返す時が来た!」
突然大声を出したアドラーに、ミュスレアが緑色の瞳を丸くする。
「ゴーン……?」
「いやいや、何でもないです」
つい興奮して昔の言葉が出た。
「大丈夫、ミュスレアが団長なら団員の十や二十はあっという間に集まるよ」
ミュスレアは、ここ自由都市ライデンの冒険者の間でも有名。
実力も”太陽を掴む鷲”団で序列4位、前回のギルド戦の団内ポイントでも3位。
人間関係で仲間外れにされたが、入れ物とトップは揃っている。
『あとは宣伝さえしてやれば軽いもんさ!』
この時のアドラーは本気でそう思っていた。
もう少し注意を払えば、ミュスレア派の面子までが揃って抜けてることに気付けたはずだったが……。
「なら、あんた副団長やる?」
ミュスレアも機嫌を直す。
ギルド戦に出れない規模のギルドでも仕事はある。
通常の魔物討伐に精を出しても良い。
なんと言っても”太陽を掴む鷲”団は、ライデン市でも最古参の冒険者ギルドで、伝統があるのは強みになる。
「まずは残ってる面々を確かめないと。まさか全員が抜けたわけでもないでしょう」
拾い集めてきた退団届けを一枚一枚確認して、ギルドの名簿と突き合わせる。
しかし半分ほど過ぎたあたりで、アドラーは懸念を覚えた。
「ミュスレア、団の最新序列とギルド戦の成績表を持ってきて」
言われた通り、身軽な戦士のミュスレアが動く。
「なに? なに?」と、ミュスレアがアドラーの手元を覗き込む。
35枚の退団届けを確認したアドラーが顔を上げた。
「……俺たち二人を除いた上位の30人、それとレアな能力持ちが5人。やられた、新しく団を作る気だ」
ギルド戦は30名の総獲得ポイントで順位が決まる。
幽霊団員や足手まといの居る旧ギルドを飛び出し、上澄みだけで新ギルドの立ち上げ。
「けど、ギルド戦だけなら今のままで良くない? 新しいギルドって大変でしょ、手続きとか」
事務仕事が大の苦手なミュスレアらしい意見。
アドラーにも「わざわざ、なんで?」の疑問があったが……答えは向こうからやってきた。
ドンドン!
ギルドの扉が強く叩かれる。
「えーっと太陽を掴む鷲はん、おりますか? ちと事情を聞きに来ましたわ」
独特な商人訛りにアドラーは覚えがあった。