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『うーん、どうしてこうなった……』
アドラーは困っていた。
お祭り騒ぎで、うやむやにする訳にはいかない。
さりとて、せっかく加勢してくれた連中に『帰れ!』とも言えぬ。
次々に参戦を表明する冒険者の威勢は、素晴らしいものだった。
「てめーは要らねえよ! あっちは一人が女のヒーラーだ、8人までだ!」
「うるせぇ、お前が代われこの野郎!」
「おい見ろ! 応援が来たぞ、三人、四人とこっちも四人追加だ!」
騒ぎを聞きつけギムレットの配下も集まりだした。
『下手すりゃ30対30の大喧嘩だな』
そうなれば、例えギムレットを叩きのめしても誰の印象にも残らない。
気分はすっきりするが。
既に端の方では、数人がおっ始めていた。
この街では四千人程の冒険者が登録しているが、8割は男。
それも腕っぷしに自信があり気性も荒い。
「仕方ない、こっちもやるか」
最初に仕掛けたのはアドラー、ここで引いては面目が丸潰れ。
男には無意味と分かってても戦わねばならない時がある。
アドラーの隣でタックスが嬉しそうに頷いた。
『こいつめ、酒の礼かと思いきやただの喧嘩好きだな』
今更気付いても、もう遅い。
見物の歓声に押され両陣営がじわじわと接近し始めると、アドラーの肩にバスティがぴょんと飛び乗った。
猫の目は「なにやってるにゃ? バカバカか?」と言いたげであった。
決闘ならば賭ける物もあるが、喧嘩となっては勝っても負けても得る物はない。
「ごめんね、バスティさん。ここで尻尾を巻くと誰もうちの団に入ってくれないんだ」
もっともらしい理由を付けて、バスティを後ろへ放り投げる。
殴り合いが始まった。
武器も魔法もない、野蛮な腕力勝負。
アドラーも魔法を切って、まずはスパークルと向き合った。
怪我も治りソロクエストで実戦感覚も思い出してきたアドラーは、体力自慢の前幹部を殴り飛ばす。
『さて、ギムレットは何処だ?』と探し求めると、また外から邪魔が入る。
「なにをやってる! 冒険者が私闘など許されると思っているのか!?」
ライデンのトップギルド”シロナの祝祭”の副団長、エスネだった。
シロナの祝祭団の者が数名、まずいとばかりに隅に逃げたがそのまま喧嘩を続ける。
「こら! お前たちわたしの言うことを聞け! 喧嘩なんか駄目だろ!?」
エスネが全力で仲裁しても、火の付いた冒険者は耳を貸さない。
その中でアドラーは面白いものを見つけた。
後ろで観戦しているグレーシャが、凄い目でエスネを睨んでいる。
『なるほどね……そういう事か』
グレーシャが”太陽を掴む鷲”の姫ならば、エスネはライデンの冒険者の女王。
ギルドのライバル――ミュスレア――を蹴落とした次は、エスネが新たなライバルとなる。
『女王と言うよりも委員長だけどな』
何とかして喧嘩を止めようと奔走するエスネを、アドラーはそう評価した。
見た目重視で上昇志向の強いグレーシャと、我関せずで体育会系のミュスレア、そして委員長気質のエスネ。
アドラーは知らなかったが、ライデン冒険者の3大美女と呼ばれていた。
だが、委員長では男子の喧嘩は止まらない。
鼻血を出したり倒れる者も増えてくる。
そして遂に、アドラーはギムレットを視界に捉えた。
「ギムレット!」
「おうアドラーか。こい、相手してやろう!」
ギムレットは伊達に団長を張っていた訳ではない。
優れた攻撃力と技を持つ剣士で、素手でもオークと殴り合えるくらいには強い。
頂上決戦が始まろうとしていた……のだが。
「ライデンの衛士諸君、なにゆえ争われるか! しばし、わしの話に耳を貸されよ!」
低く強く戦場に通る胴間声、いわゆる将軍の声が響いた。
今度は冒険者達も一斉にそちらを見た。
歳は四十後半から五十、白髪交じりの髭に剃り上げた頭、しかし鍛え上げた肉体は服の上からでも分かる、大将軍といった風格の男がいた。
しかも馬の鞍の上に仁王立ち。
男の子なら誰もが憧れて一度は痛い目を見る荒技を、悠々とこなしている。
『喧嘩を止めにきた……体育教師かな?』とのアドラーの感想は、当たらずも遠からず。
「わしは、”宮殿に住まう獅子”の東部方面総団長、バルハルト・マダガッカスである! 勇猛なるライデン衛士諸君に一言申し上げたい!」
衛士とは、冒険者が集落の護衛を主な役目にしていた頃の古い呼び名。
バルハルトは、アドラーとギムレットをじっと見つめていた。
アドラーは突然のことであっけに取られたが、ギムレットは『これはまずい』との表情をしていた。
三十の支部を傘下に収めるエリアマネージャーと、フランチャイズの店長では格が違う。
「ふむ、ありがとう。委細は聞いておる。わが”宮殿に住まう獅子”がライデンに進出するにあたり、多少のすれ違いがあったようだな」
バルハルトの言葉に、むっとしたアドラーが言い返した。
「団員を犠牲にして、幹部連中だけ甘い汁を吸うのがレオ・パレスの流儀か」
「さにあらん! 我らは伝統と規律あるライデン市の衛士諸君を尊敬しておる!」
バルハルトは、高名な冒険者のみならず帝室の信頼厚い軍人でもある。
その口からお褒めの言葉をいただき、ライデンの冒険者達の空気が緩む。
『ちっ、単純な奴らめ』とアドラーは思うが、これぞ”将軍”との威圧感は本物。
「答えになってないな。それともバルハルト、貴公が俺の相手をしてくれるのか?」
アドラーにここで引く選択肢はない。
何としてもギムレットとグレーシャを跪かせ、せめて懐に入れた金貨だけでも吐き出させる必要があった。
「であれば、やはり当人同士の決闘がよろしかろう! ここは伝統あるシュラハトで白黒付けるべきである!」
バルハルトの言葉に、観客のみならず冒険者たちも沸き立ったが、アドラーには初耳だった。
「シュラハト……? なにそれ?」
困惑したアドラーの肩に猫が戻ってきて囁いた。
「ギルド会戦だにゃ。ギルドの代表者を決めて戦うにゃ」
「えっ、良いじゃんそれ!」
タイマンとなれば、人の中にはアドラーに勝てる者はない。
「ただし1対1を10戦やるんだにゃ、質と層を問われる恐ろしい決着方だにゃー」
「まずいじゃん! うちの団は一人なのに!」
周囲の盛り上がりの中、アドラーはまたも困っていた。