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その6


 リューリア・リョースは、ミュスレアとキャルルに挟まれた次女である。


 これまでデートの誘いは全て「ごめんなさい、家のことがあるから。弟の面倒もみないといけないの」で断ってきた。


 長女のミュスレアが心配になるほど手がかからず、弟からは事実上のしつけ役として恐れられてきた。

 それでもここ一年ほどは、弟に手を上げることはなくなった。


「もう良い年齢だし、余り叩くのもよくないわね」と考えたからで、背丈が追いついたキャルルが本気で反抗したら敵わないからではない。


 かつてのリューリアは、街を歩く時には長い耳も顔もなるべく隠していた。

 街の男子にも喧嘩で勝つ姉がいたが、市民権も両親もないクォーターエルフの少女にとって完全な安全というものは遠い。


 だが六年前……弟が一人の怪我人を拾って来てから世界が変わる。

 自慢の姉をも凌ぐ圧倒的な戦闘力と同じだけの優しさを持つ男性が、自分と弟を守ってくれるようになった。


 今のリューリアは、街を歩く時も顔は隠さない。

 義兄の知り合いの冒険者達は、必ずといって良いほどセクハラ紛いの挨拶をするが、指の一本も触れようとはしない。


 冒険者の街ライデンで、あらゆる冒険者ギルドから一目置かれる兄と姉を持つリューリアは、もうこそこそ隠れる必要はないのだ。


 そして今は、巨大な飛竜の上で長い髪をたなびかせて仁王立ちである。


「どうしてくれようかしら、あの子達!」

「ひぃ、りゅーりあが本気でおこった!」


 一緒に飛竜に乗るブランカが怯えてみせる。


「そ、そんなに怒ってないわよ! まあ冒険したい気持ちは分からないでもないわ、男の子なんだし」

「本当? けどバラバラは嫌だよ?」


 ブランカは近くに寄ると、リューリアの服に鼻を押し付ける。

 まだ幼い竜にとって、自分の群れが別れるのはとても悲しいことだった。

 胸元にやってきた白銀に光る髪を撫でながら、リューリアが優しく答える。


「今はお姉ちゃんが動けないからね。初めてのお産で、しかも双子だもの」

「こんな時に出かけるとは、男子って本当にバカだな」


 だがリューリアには弟達の考えも少し分かる。


「そうねえバカだけど、こんな時だから役に立ちたかったのね。ブランカ、もし次に誘われたら付いて行ってもいいわよ?」


「えっ!?」

 嬉しさ半分と面倒が半分といった表情がブランカに浮かぶ。


「ブランカが一緒なら安心だからね。けど頼まれても飛んで行ったら駄目よ? 追いかけることが出来ないから」


「うぅ……子守は面倒だなぁ……」

 口では文句を言いながらも、ブランカはにこっと笑う。

 子供たちだけの冒険には、竜といえども憧れるのだ。


 責任感が強く優しい次女のリューリアは、キャルルとアスラウを頭ごなしに怒るつもりはなかった。

 危険が無いようなら、ダンジョンから出てくるまで待って軽く叱ってから褒めてあげれば良いと思っていた。


 ――もし危険があれば、ブランカと一緒に乗り込むつもりだったが。


 そして部屋で見つけたパンフレットにあったダンジョンへ着く。

 突然の飛竜の襲来――最近は空を舞う竜を見るようになったが、地上に降りるのは珍しい――に、二百人ほどの冒険者が大きくざわつく。


 注目が集まる中、リューリアが飛竜の背中から飛び降りる。

 近頃は人前に出ることに慣れた次女にとっても少し恥ずかしい。


 とりあえず弟の目立つ金髪を探すリューリアのところへ、知った顔がやって来た。


「やあ、おはようリューリア。一人とは珍しいね、どうしたんだい?」

「あっ、エスネさん!」


 声をかけたのは、女騎士のように凛々しく美しい青のエスネ。

 ライデン市のトップギルド”シロナの祝祭”団の団長を務める、ライデンどころか南の大陸を代表する女冒険者、独身二十九歳だった。


 彼女が声をかけたからには、他の冒険者も一歩下がって見守る。

「エスネ!」とブランカも、馴染みの顔めがけて降りてきた。


「お、ブランカも一緒か。二人で加勢してくれるのかな? ここアマルティアの乱層ダンジョンは中々手強くてね、貴君らな大歓迎だぞ!」


「あれ?」と、リューリアは首を傾けた。

 常識で考えてエスネが出向くようなダンジョンは、超A級の難易度と言って良い。


 後ろにいる”シロナの祝祭”団の面子も、一軍クラスの猛者ばかり。

 他の冒険者ギルドの旗も見覚えのある有名なもので、とてもキャルルが混ぜてもらえる遠征隊には思えない。


「あ、あのー、うちのキャルルとアスラウと猫が来てませんか……?」

 恐る恐る尋ねた質問の答えは、単純明快だった。


「来てないな。来てもあの二人ならまだ参加させないぞ? アドラーが一緒なら別だがね」

「あは、ははは……ですよねー。お、お邪魔しました!」


 再び飛竜に飛び乗ったリューリアは、今度こそ激怒していた。


「いったい何事だ……?」

 飛び去る竜を見送ったエスネが呟いたが、彼女はこれから全員がB級以上の冒険者で困難なダンジョンに挑まねばならない。


「まあ良い、みな行くぞ!」

 エスネが号令をかけてアマルティアの乱層ダンジョンに踏み込む頃、キャルルはバルツの坑道跡ダンジョンに入っていた――。



 ――初心者向けのダンジョンを、キャルルは軽快に進む。

 ダンジョンが産むモンスターの数も少なく、探索中心でどんどん下へ降りる。


「なあキャルル」と、アスラウが聞いた。


「なんだい?」

「一晩経ったしもう居なくなったの、とっくにバレてるよな? その、会計の姉ちゃんが追いかけて来たらどうする?」


「へへー、それなら大丈夫。部屋の見つかりそうなとこに、別のダンジョンへの地図を置いといたんだ。リュー姉にバレても、まずはそっちに行くよ」


 得意満面のキャルルに対し、アスラウの表情が曇る。


「うわっ、そんなことして怒られないかな?」

「へーきへーき、探し回ってる間にお宝持って帰れば怒られないよ!」

「だといいがなあ……下のお姉さん怖いし……」


 アスラウは、友人の姉の呼び方に苦労していた。

 本当は『リューリアさん』と呼びたいが、男の子にとって友達の姉を名前で呼ぶのは人生でも最大級のハードルである。


 しかもリューリアは、キャルルとセットで遠慮なくアスラウを叱る。

 そのこと自体は、坊っちゃん育ちのアスラウには耳の裏が痒くなるほど嬉しかったが、本気で怒られたくはない。


「なんとしても、この冒険は成功させないとな……」

「当たり前だろ?」


 魔術師らしく最悪の事態を想定して備えるアスラウと、恐れることなく突き進む勇気を持つキャルルは、良いコンビになりつつあった。

 二人の後ろを、バスティとリリカが付いていく。


「ねーねーバスちー、バスちーって何なの? 変わった気配するんだけど」

「うちか? うちはこう見えても神さまだにゃ」

「うわー猫語尾じゃん。それ男受け悪いよ?」

「別にモテたくて使ってるわけじゃなにゃい!」


 戦闘要員ではない二人は、のんびりしたもの。


「あーそいやー治癒の神さまにお願いした時と近い感じあるわ。マジの神さまだったり?」

「そう言ってるにゃ、”猫と冒険の女神”だぞ?」

「すげーばんぴしゃ。何かイイこと出来たりする?」

「それがまだ何も出来ないにゃあ、生まれたばかりの子猫なのだ」


 リリカが聞きにくい事も平気で尋ねる。


「え、いくつ?」

「六百と少しだにゃ」

「ババァじゃん」

「にゃー! 神の中では最年少だにゃ!」


 畏れを知らないリリカは、持ち前のコミュ力ですっかりバスティと仲良くなっていた。


「おい、リリカ」と、今度はアスラウが聞いた。

「なーにアッス?」


「やめろ、適当なあだ名は。お前、俺らより歳下って本当か?」

「マジものよ。雨も弾ける十七歳だし」


 アスラウは本気で嫌そうな顔になった。

「うわ、世も末だな」

「なに言ってるし、そのうち街の女の子はみんなあーしらみたいになるよ?」


「やめろ、絶対にやめろ!」

 アスラウは全力で拒否した。


「あっ、敵だ」

 ちょっと会話に混じり損ねたキャルルが、小型のモンスターを見つける。


 ドロハンドと呼ばれる手の形をした無生物系モンスターで、通常は群れるのだが一匹だけでうろついていた。


 キャルルは、気づかれても良い速度でドロハンドに真っ直ぐ突き進む。

 左右への警戒も怠らず、後ろではアスラウが援護の準備をしている。


 ドロハンドが若い冒険者の接近に気付いたのを確かめてから、キャルルは矢を一本、手で投げつけた。

 弓を使うと長剣が持てないこともあるが、矢は簡単な牽制。


 ドロハンドは大きな手で攻撃を受け止めることが知られていて、緩慢な速度で飛んできた矢を見事に捉えたが、左にステップしてエルフの宝剣を構えたキャルルが一拍置いてから斬りつけた。


「ざっとこんなもんさ」

 キャルルは剣を振って泥を拭う。


「キャルるんすごーい! ふつうに強いじゃん!」

 リリカが寄ってきて大きな胸を押し付けた。


「おお、うん、まあな。へへ……」

 褒められ慣れてないキャルルはちょっとちょろい。


「まだ油断すんなよ、ドロハンドが単独とかおかしいだろ」

 アスラウは冷静で、むしろ疑問を持っていた。


「それもそうか。リリカちょっと離れろ」

「あん、いけず。けど冷たいキャルるんも好き」


「だから適当なあだ名やめろ、年上だぞ?」

「はーい。じゃあキャルルせんぱい?」


「あー、それは悪くないな……」

 日焼けした女の子に気を取られるキャルルを、アスラウが引っ張った。


「いいから、こっち来てこれ見ろ」

 アスラウが示した先には、二足歩行の足跡があった。

 森の種族エルフの血を引くキャルルは、痕跡を読むのが上手い。


「魔物じゃないな、靴だ。しかも五種類、バランスの良い大柄の男ばかり。深く残ったのは重装備だから……? しかも数日は前のものだ」


 アスラウとキャルルが、鋭い目つきで頷きあった。

 新規のダンジョンなのに、ここまで魔物が少ない理由が分かったのだ。


「一度掃除してある。俺らに稼がせる気はないらしい。どうする、キャルル?」


 宝になる物は回収済みで、規定の討伐ポイントを満たせないと入場料の金貨一人一枚も没収となり、ランキング報酬もない。


 だがキャルルは、こんなことで諦めたりしない。

 鬼姫とまで呼ばれた冒険者の弟で、二つの大陸で最強の冒険者の魂を継ぐ少年である。


 キャルルが宣言した。

「ふーん、そうくるか。クソみたいなオーナーだな。だったら、ダンジョンの最奥の奥底まで探検し尽くして、二度と誰も来ないようにしてやる!」


 冒険者の定義はない。

 だがあえて決めるとすれば、どんな逆境にも心折れず未知に挑む者とでも言えば良い。


 キャルルは、本当の冒険者への一歩を踏み出そうとしていた――。



 その頃、ライデン市。

 気品あふれる顔に怒りの炎をたたえたリューリアが、ギルド本部の扉を乱暴に開けた。


「テレーザさん! 最近キャルルが持っていった案件ない? 近場で、あのバカでも入れるようなダンジョン!」


 ベテラン受付嬢のテレーザは、直ぐに答えを出した。


「えーっと、バルツの初心者向けダンジョンが今日開くけど……。案内を一枚、キャルルくんが持っていったわよ」

「そう! ありがとう!」


 強い感情は女性を美しくする。

 近くにいた冒険者の誰もが見惚れるリューリアは、周りには一瞥もくれずにギルド本部を飛び出した。


 勝手は許す、無謀も生きて帰れば許す、わがままも姉にブスと言うのも全て許すが、騙したり嘘をつくのは駄目。

 ミュスレアとリューリアが、十八年の間に何百回とキャルルに語ったことだった。


 ダンジョンの悪辣なオーナーに怒ったキャルルは、自分にも怒りが向いていることをまだ知らない。


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