その2
ライデンの市場通りを抜けたキャルル達の手には、戦利品があった。
店のおばさま方から、頻繁に声がかかる。
「あらキャルルちゃん、何処行くの?」
「今日はイケメンの子と一緒ねえ」
その度にキャルルは素直に答える。
「ちょっと冒険に!」と。
秘密のはずの旅立ちは朝の内に市場に広まり、餞別にとキャルル達の手元には、朝の焼き立てパン、目に紐を通した焼き小魚、鳥肉の串焼き、小さいが真っ赤なりんごなどがやってきた。
「お前、おばさんにモテるなあ……」
「まーね」
キャルルに照れる様子はない。
早くに両親をなくしたキャルルと姉達に、街の人は優しかった。
可愛がられて当然と思ったことはないが、生まれ育った街で受けた悪意よりも善意が多かったことは、キャルルの人格形成に大きく影響した。
みんなと違う長い耳に成長の遅い体、同世代の男子に付いていくのも難しかったが何とか混ざろうと頑張った。
何かと差別される亜人種とのクォーターだが、それでもヒト族に近く付き合いの長いエルフ族はまだまし。
そして何より、二人の姉が常にキャルルを守っていた。
だが愛してくれた姉たちよりも、憧れの存在がキャルルにはいる。
男は顔でも身長でも金でもないと、キャルルは確信している。
苦しい時に顔を上げると、何時も先頭に立っている優しく強い背中を追いかけるため、キャルルは焼き鳥の串をゴミ箱に捨てた。
「さあ行くぞ! バスティ、さっさと食べろよ」
「待つにゃ、焼き立てのあつあつだにゃ……」
猫舌のバスティが一歩遅れて食べ終わり、三人は冒険者の街ライデンから走り出た。
商人の荷車とすれ違い、早朝に街を出た旅人を追い越し、跳ねる足取りで南へ南へ。
「二人とも、平気?」
一番足の速いキャルルが聞いた。
「これくらいは余裕さ」
歩くのが仕事の冒険者に慣れたアスラウはまだまだ元気。
「……猫に、持久力はない」
返事を聞いたキャルルが強化魔法をバスティにかける。
「ほぅこれは楽だにゃー!」
倍の速さで走れるようになったバスティが浮かれて先頭に飛び出ると、猫耳を隠していたキャップが風に乗った。
「よっと!」
最後尾のアスラウが軽くジャンプして、帽子が地面に着く前に捕まえる。
「やれやれ、二人ともすぐに調子に乗るからなあ」
魔術師の役割は何と言っても全体の司令塔。
アスラウはまだそこまでは任せて貰えないが、手とり足とり教えようとする魔女マレフィカのスキンシップから逃げながら、冒険者パーティの魔法使いになるために修行中。
弓を使え、エルフの聖剣を持ち、複数人に付与出来るバフを持つキャルル。
天才とまで言われた魔法の才能に、実戦的な知識を加え、身体能力まで成長中のアスラウ。
そしてお供の女神バスティ。
三人のパーティはバランスも良く、初夏の青空の下を駆けていく。
今日は口うるさい保護者がいない、それだけで足取りも軽い。
トロットとギャロップの間くらいの速度で二時間ほど走り、小川も近い二股道で止まった。
「川だ!」
「水だ!」
キャルルとアスラウは、さっそく上着と靴を脱いでざぶざぶ入り込む。
汗を流すだけでなく、どっちの力こぶが大きいか自慢しあう姿は微笑ましく、横目で見ながら通り過ぎるコボルト族の親子まで笑顔になる。
「いいにゃー。うちも飛び込みたいにゃー」
猫科のくせに、バスティは水を嫌わない。
神さまなのでしなやかで美しい体を見られるのも恥ずかしくないが、「子供達の前ではやめてね?」と、きつくリューリアから止められていた。
全裸の猫娘や竜娘が歩き回る環境で育てば、キャルルが歪むこと間違いないから。
「もうネコに戻ろっかにゃあ」
人よりも猫の方が気楽で幸せなのは、どの世界でも変わらない。
だが小柄とはいえキャルルの肩に乗れば負担になる、だからバスティはここまで自分の足でやってきた。
仕方なく水で湿らせた布で体を拭いていると、裸足の少年二人がびしょ濡れで川から上がってくる。
「んにゃっ!」
バスティの頭に天啓が舞い降りた。
首に付けた水晶球――写真機のように画像が撮れる――を持ち出して、キャルルとアスラウを止めた。
「ちょっとそのまま、肩を組んで立ってるにゃ! 一枚撮ってやるにゃよ」
バスティに少年趣味はない。
だがこれを高値で買ってくれる人を知っていた。
これ以後、魔女マレフィカの家に行く度に、バスティは豪華なおやつにありつくことになる。
休憩した分かれ道は、片方はこのまま大街道で安全だがバルツまで遠回り。
もう一つは人里離れた山道だが、ダンジョンのあるバルツまで直進する。
「どっちに行く?」
「真っ直ぐでいいだろ。ここらに強い魔物はいない」
キャルルが尋ねて、アスラウが答えた。
「それもそうだな、なんたってここは帝国のど真ん中だしね!」
キャルルも参謀兼魔術師の友人の言葉に従う。
そしてバスティが、大きな金色の瞳を小さくして眉を寄せた。
「こりゃ出るにゃぁ……」
神の力など使わなくても女神には分かる、長いアドラーとの付き合いで学んだ。
出ないだろうとは、必ず何か出るという事だと。
薫風の山路を三人は行く。
昼食もとって元気いっぱいで、精霊の多い山間はエルフも外向的な魔術師にも好ましい。
そして「きゃー!」と道の先から悲鳴が聞こえた。
「思ったより早かったにゃ」
つぶやいたバスティよりも、キャルルの動きは早い。
尊敬する兄ちゃんことアドラーと同じく、エルフの少年が困ってる人を見つけて取る行動はたった一つ。
動き出しは早くても、意識を一歩後ろに置いて頭は冷静に、何が目の前に現れても動揺などしない。
キャルルは、十八歳の年齢の割に経験が豊富である。
数十万の魔物の群れを見たことがあるし、本に固有名が残るほどの敵も何度も遭ったし、巨大な竜に乗ったこともある。
「何をしている!?」
飛び出して割り込む時には、襲われているのはコボルト族で襲っているのはヒト族だと判別していた。
続けてアスラウもやって来る、バスティは邪魔にならぬように木の上へ。
キャルルとアスラウが、親子連れのコボルト、父と娘の前に立つ。
敵は四人で手に斧や槍を持っていた。
「何だお前ら? 邪魔する気かぁ?」
日に焼けた髭面をずいっと寄せた男が威嚇する。
キャルルは身動き一つしない、もちろん臆してなどいない。
今の一瞬で突き出した髭付きの頭を切り飛ばせたが、相手は素人だとも気づいていた。
だが四人の山賊もどきに、そんなことは分からない。
「怯えたか? ここはコロッサス山賊団の縄張りだ! 通行税を払ってもらおうか」
「安心しな俺らは優しい山賊だ、命までは取らねえよ。ほら跳ねてみろ」
キャルルとアスラウは、ちょっと迷っていた。
問答無用で叩き潰す価値もない、ここらの小悪な連中と素行の悪い若者の集まり程度だと分かったのだ。
「どうする?」
ひそっとキャルルが聞く。
「あー殺しちゃ駄目だぞ。ちょっとした小遣い稼ぎだろう、どうせここらの木こりや農民だ」
アスラウは至って冷静、どうせ帝国兵が十人もやって来ればその場で解散して村々へ戻るような連中だった。
髭面が一層怖い顔を作って凄む。
「おうおう、何をひそひそ話してやがる? うん、ってお前ら美人だな、女か?」
この台詞と。
「その耳はエルフ族か? 亜人種は通行料二倍だ。にしても、良い女だな。ちょっとこっち来いよ」
もう一人の台詞が引き金になった。
クォーターエルフで成長が緩やかなキャルルと、幼い頃に施された魔力強化の影響で成長の遅れたアスラウには、今もコンプレックスがある。
家柄や綺麗な姉よりも、男の子の世界では身長と腕力がものを言う。
そしてひ弱で整った顔立ちの二人は、散々に女みたいだとからかわれてきた。
「死ね、くそどもが!」
乱暴な冒険者言葉を同時に使った二人が、交差するようにして左右に別れる。
「そりゃそーなるにゃー」
バスティが木の上からのんびりと見ていた。
剣も魔法も使わなくても、二人はそこいらの大半よりも遥かに強い。
だが二人は自分達が強いとは思ってない。
「周りがあれじゃ仕方にゃいけどね。さてと、大丈夫か?」
ぴょんと飛び降りた女神は、猫耳を見せつけるようにしてコボルト族の親子に話しかけた。
同じ獣人族だと思わせた方が安心してくれるから。
「あ、ありがとうございます……!」と、父コボルトが言う前に、四人の山賊は転がっていた。
「この辺に住んでるのかにゃ?」
「あ、はいそうですが……その……」
答える父コボルトは、倒れた山賊を気にしていた。
「ああそうか、おいキャルル。名乗って良いぞ、ついでに行き先も教えてやれ」
アスラウにはコボルト族の心配が分かった。
「ふーん、名乗れって言うなら名乗るけどさ」
キャルルは理由を聞き返さない、何故ならアスラウの方がずっと勉強が出来るから。
「おいっ!」と髭面を軽く蹴ってから続けた。
「ボク……いや、俺はライデンの”太陽を掴む鷲”団のキャルルだ。文句があるなら何時でも来い。これからバルツの坑道跡ダンジョンに行くから、そっちでも良いぞ!」
それで良いと、アスラウが小さく頷く。
それからお礼を言うコボルト族の父娘を先に行かせる。
万が一にも、コロッサス山賊団とやらがコボルト族に復讐しては困るのだ。
もう一度所属と行き先を念押しして、三人は山道を歩き出した。
汗をかく暇もないあっさりとしたもので、初夏の日差しは暖かく輝き、三人にとってこの世に怖い物はないと祝福するかのようだった……。
――ライデン市
「えっ? キャルルとアスラウが朝に?」
美女と美少女と合わせたような一人のエルフ娘が、市場で買い物をしていた。
凛々しいと言うよりも気品がある、まだ母性を感じさせる程ではないが穏やかで慈愛に満ちた瞳、長く伸ばし後ろで束ねた茶色味の強いブロンドは未婚の証。
ライデン市で起きる馬車の御者のよそ見事故、その半分はこの娘のせいだと、冒険者が冗談のネタにする、すらりとした少女が焼き鳥屋のおばさんと話をしていた。
「なんだかね、色々背負ってたよ。何処かに冒険に行くって言ってたよ」
「ふーん、そう。ありがとう!」
リューリアが、飛び切りの笑顔でお礼を言う。
振り返った緑の瞳には、普段は無い色をたたえている。
「あの、クソガキどもっ!」
誰にも聞こえぬ音量で呟いた次女が大股で森の家まで帰る。
キャルルがこの世で一番恐れる存在に、早くも秘密の冒険が知れてしまったのだった……。
次かその次の話「恐怖!姉襲来!」




