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 アドラー達は大きな川の南岸にいる。

 北岸ではミケドニア帝国とサイアミーズ王国の軍隊が対峙していた。


 東から来たミケドニア軍は左翼を川に、西から来たサイアミーズ軍は右翼を川に接して、自然の守りとして使い防御を固めている。


「この距離では下手な動きは無理だね。真正面からぶつかり合いだ」

 アドラーは両軍の戦術を断言した。


 もう小細工が通用する距離ではない。

 奇をてらった指揮官がよくやる別働隊など自殺行為。

 本陣の守りを薄くした挙げ句、少数の生贄を差し出すだけになる。

 それほど両軍は拮抗していた。


「兄ちゃん、どっちが勝つ?」

 興味本位でキャルルが聞いた。


「動いた方が不利と言いたいが、ほら少し戻った所に病人だらけの部隊がいるだろ? あれが全快して参戦すればバルハルトが不利だなあ」


「教えてあげないの?」

 今度はリューリアが尋ねた。


「バルハルトなら、もう知ってるよ」と、アドラーは答えた。

 あれだけの指揮官が偵察を怠るはずもなく、とっくにアドラー達も補足しているはずだった。


 横一列の防衛ラインを引いたサイアミーズ軍に対して、バルハルトは小さな防御拠点を幾つもジグザグに並べていた。

 それを見たサイアミーズ軍も真似をする。


 弓と槍の魔法には慣れた両軍も、小銃に匹敵する魔弾杖を使った会戦は初めてで、互いに手探りだった。


「それで、放っておくの?」


 ミュスレアは睨み合う軍隊に否定的。

 両軍とも二万五千から三万ほど揃え、精鋭同士で指揮官は有能、放っておけば壮絶な殺し合いを始める。


 アドラーは両軍の遥か先、地平線を見つめながら言った。

「北へ……渡りたいな。北方が気になる」

「どうして?」


「ここは、俺が破壊した塔に近いんだ」

 この地域に古代遺跡が集中しているのを、アドラーは不思議に思ってない。


 龍脈や地脈にレイライン、エネルギーの濃いゾーンは存在する。

 大地からマナを吸い上げ原動力にする遺跡は、当然それに沿って作られる。


「ってことはつまり?」

 ミュスレアが顔に疑問符を浮かべて聞き返した。


「両大国の軍隊には、大陸の掃除を手伝ってもらおうと思ってね。生き残ってるナフーヌの群れを、こいつらにぶつけてやる!」


 アドラーは、自分好みの作戦を堂々と披露した。


「凄いわアドラー! あなたってやっぱり天才ね! って言うと思った?」

 呆れたミュスレアが半目で睨む。


「兄ちゃんそれ……」

「成功した試しがないのじゃー」


 さらにキャルルもマレフィカも否定的。


 アドラーは元地球人らしく、漁夫の利作戦が好きである。

 何時も楽することを考えているが、モンスターが思い通りに動いたことはない。


「こ、今度こそ成功するから! もう一回だけ、ね?」

 アドラーも必死だ。


 全員が微妙な顔をする中で、思わぬ援軍が現れた。

「……だんちょーの言う通り、何かいるかも」


 北の空を見つめながらブランカが呟き、これで決まった。

 普段は大きな白い犬といった風情のブランカも、中身は本物のドラゴン。

 この子が言うなら確かめる価値があると、全員で一致した。


「それで……キャルルとリューリアは、バルハルトに預かってもらおうかなーと考えてたのだけど……?」


 そっくりな緑の目がアドラーを睨む。


「兄ちゃんの側が一番安全だし」

「わたし、本気で怒るわよ?」


 アドラーは長女の顔を見たが……ミュスレアは連れていくことに反対しなかった。


「なら、みんなで行こうか?」

 元気よく返事をした六人と一匹を連れて、アドラーは川を渡る。


 1キロ余りの距離をおいて睨み合う両軍の丁度真ん中、戦場予定地の中央を歩く。


 突然現れた子連れの現地民らしき集団に、ミケドニア軍もサイアミーズ軍もざわつく。

 だが命令も無く攻撃する兵士は皆無、遊びで撃つほどだらけた軍隊ではない。


 それにメガラニカ諸国の戦場協定には、民間人の移動を妨げてはならないとの決まりがある。

 地球でも、布陣した軍の周りを民間人が行き交い、戦いを見物していた時代もあった。

 地雷、という兵器の発明で牧歌的な戦争は終わったが。


「流石に肝が冷えるなー」

 五万を超える軍隊の前を歩きながらマレフィカは怯えていた。


 男のアドラーとダルタス以外は、しっかりと顔を隠す。

 美女と美少女連れだと分かると、別の問題が起きかねない。


 ふとアドラーは、ミケドニア側の陣営を見た。

 バルハルトが前線まで出てきていて、視線に気付いたが素知らぬふりで何やら怒鳴っている。


「撃つでないぞ、絶対に手を出すな」とでも言ってるのだろうと、アドラーは予測した。


 次にサイアミーズ軍を見た。

 こちらも偉そうな髭をした指揮官が、魔弾杖をアドラー達に向けた兵士を怒鳴っていた。


 名前も分からぬが、サイアミーズを代表する将軍には違いない。

 遠征軍を任される二人の名将は、これから始まる戦争の方を楽しみにしていた。


 アドラー達はさっさと歩いて戦場予定地を通過する。

 追ってくるものは見当たらず、北へ北へと急ぐが……子供達がバテてきた。


「リュー、キャル、背負うからおいで」

「平気!」

「平気よ!」

 ただ二人とも絶対に音を上げたりしない。


「ほうきに乗ってすまん……」

 一番体力のないマレフィカが申し訳無さそうに謝る。


 魔力の強い部族は――リッチになったゲルテンバルグや、キャルルの友達のアスラウなど――そこそこの数が居るのだが、飛べるのはごく一部の魔女だけ。

 むしろ飛べるから魔女と呼ばれている。


 一段高いとこを飛ぶマレフィカが、魔物を見つけた。

「アドラー団長、馬がいる。草を食ってる」


 野生馬なら、捕まえても直ぐに乗れるようなものではない。

 アドラーも通り過ぎようと思ったが、馬の方が角をこちらに向けて見つめてくる。


「……ユニコーンじゃないか。この大陸に千頭も居ないと言われる幻の!」

 動物好きのアドラーは興奮気味。


「リュー姉を囮にして捕まえたら?」

 キャルルが遠慮ない一言を放ち、次女に殴られた。


「待て待て、ユニコーンはそのなんだ、清らかな乙女を好むって言われるが、単に女性が好きなだけだ。まあ若い女を好むって言われるが……言葉まで分かるらしいぞ?」


 アドラーは、慎重に単語を選ぶ。

 若い女、と聞いてミュスレアとマレフィカがぴくりと反応した。


 そして。

「いやじゃー! 現実を突きつけられるのはいやじゃー!」

「マレちゃん、大人しくして。わたしたちは一蓮托生よ!」


 アドラーとダルタス以外が、ユニコーンの捕獲に向かった。

 賢い魔物、神獣とも呼ばれる一角馬は、頼めば乗せてくれることがある。


「なんでボクが……男なのに……」

 不満を言うキャルルに、すけべな目をしたユニコーンが三頭も寄ってきた。


「あの、疲れてるの。乗せてくれない?」

 リューリアが馬達にお願いすると、頭を下げて乗馬を許可する。


「よ、良かった! 一人だけ拒否されたら泣いてたぞ!?」

 マレフィカにも一頭寄ってきてくれた。


「なんでボクにまで……」

 半泣きのキャルルも騎乗を許される。


 そしてブランカには、一際大きく白い一頭が寄ってきて前足を折り曲げて挨拶する。


「うん、頼むぞ。あたしはまだ飛べないんだ」

 見た目の倍の重さがある竜の子が飛び乗っても、ユニコーンのボスは涼しい顔。


「俺達は……走るか」

「承知」


 アドラーとダルタスは乗馬拒否された。

 そもそもオーク族が乗れる馬などないが。



 荷物とバスティもユニコーンに乗せ、アドラーとダルタスは強化魔法をかけて走る。

 二人には並の魔物では追いつけない速度と持久力がある。


 騒がしい移動になっても、アドラーは後方に何の注意も払っていなかった。

 戦いを目前に手を出すはずがないとの読みだったが、ユニコーンの足跡を静かに追ってくる一隊があった。


 サイアミーズ軍は、僅かながら騎兵を持ち込んでいる。

 品種改良を重ね、大きさと強さとタフさを兼ね備えた軍馬の一団が、隠蔽の魔法を使いながら密かにアドラー達を追撃していた。


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