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「な、なぜだ? どうしてあたしが勝てない……」


 珍しいことに、ブランカが苦戦していた。

 手に武器を持っての戦いとはいえ、剣を何度叩きつけても当たらない。


 相手の攻撃は、はっきりと見えるのに避ける度に嫌な方向へ追い込まれる。


「がおっ!」

 頭に血が登ったブランカは、剣を捨てて目の前の男に飛びかかった。


「はい、捕まえた」

「……くっ、ころせ」

「何処で覚えたの?」

「エスネがね、良い女は捕まった時にそう言うって」


 エスネとは、アドラー達”太陽を掴む鷲”団が本拠地にしている、自由都市ライデンのトップギルドの副団長。

 見た目と言動は貴族の娘だが、実は網元の娘である。


「あいつめ。そんな台詞、もう使ったら駄目だよ?」


 アドラーがブランカを解放して訓練が終わった。

 ブランカは、周りで見ていたミュスレアとダルタスに聞いた。


「ねえ、何でだんちょーに勝てないの?」


 瞬発的な速さも目の良さもブランカに軍配があがる。

 そろそろ団長から一本取れると、野生の勘は告げていたのだが。


「そうねえ、アドラーは相手の動きを読むのが上手いから。それで攻撃を出し難い方向に回り込まれるでしょ?」

「竜の子も戦い方を覚えたが、団長はその上をいく。それだけのこと。まあ、団長も強くなっているがな」


 昔のアドラーは、実戦経験が少なかった。

 相手が天敵のナフーヌ、陸生の蜂を大型化した集団モンスターとしか戦っていなかったから。


 南の大陸メガラニカに飛ばされて、多種多様な魔物や同サイズのヒト族との戦いを覚えた。

 良いことかは分からないが、武器を持つ者同士の戦いに慣れて一皮剥けたのは事実。


「ふーん。あたしが巨大な竜で、だんちょーが勇者で倒しに来てたらまずかったな!」

 物騒なことを言いながら、ブランカがアドラーの肩に飛び乗る。


「ぐおっ!?」

 突然の荷重に、アドラーは密かに強化魔法を使う。


 人型の竜は、驚くほど密度が高い。

 見た目の倍以上の体重があるが、アドラーは少女の竜に「重い」と言うほど非道ではなかった。


 今度はキャルルが竜退治に挑む。

「おいブランカ、降りてこい。今度はボクが相手だ!」


 何と言っても、この1年で一番強くなったのはクォーターエルフの少年。

 上限を突き抜けたような仲間に見守られ、めきめきと成長していたがまったく目立つ事が出来ない。


 キャルルはランク1からランク40くらいにはなったが、周りがランク200超えばかりではどうしようもないのだ。


「ふふーん、相手してやろうか?」

 肩車されたブランカが、上から目線で挑発する。


「いいから降りてこい!」

 速さや重さはともかく、剣の技に限ればキャルルもブランカよりはできる。


「やれやれ、仕方ないなあ……」と、飛び降りようとしたブランカが気付いた。

 北の地平線を見ながら、アドラーの髪の毛を引っ張る。


「だんちょー、何か来る。大きいぞ」


 キャルルもオークの肩によじ登って北を見る。

「ダルタス、ボクも肩車! ……すっげぇトカゲだ。太いしデカイ、真っ直ぐこっち来るよ!」


 舌先が二つに割れ、手足は短いが丸々と太ったトカゲが一匹、アドラー達の居る場所へ向けてのそのそ歩いて来ていた。


「あー今は、南の風か。これは臭いをたどって来たかな? 西に見える森まで逃げようか」


 大トカゲを避けるべく、アドラーの一行は動き出す。

 今は渓谷地帯を抜け、乾いた草原をのんびりと北上していた。


 敗走したサイアミーズ軍を追いつかぬ程度に追尾しながら、もう一つの古代遺跡まで案内させる予定。

 だが多くの負傷者を連れたビガードの軍勢は、この辺りの魔物を引き寄せていた。


 アドラー達は、樹高が百五十メートルを超えるメガセコイアの一番下の枝まで登る。

 最も地面に近い枝でも高さ三十メートルはあったが、マレフィカがほうきで飛んで縄をかければ、軽々と上がることが出来る。


 二股の舌で空気中の臭いを辿りながら、巨大トカゲが木の下までやってくる。


「おでぶちゃんね。なんかかわいいわ」

 ミュスレアが槍を持ち直しながら言った。

 叩き込めるけどと、聞きたい様子。


「しばらく放っておけば、別の獲物ところへ行くよ。あれはコドモオオトカゲって種類でね。手足が短く目はくりっとして、子供に見えるんだが……なんにせよでかい」


 尻尾の先まで二十メートルはあるコドモオオトカゲは、名残惜しそうに木の周りを一周してから、ずんぐりとした体を引きずって去っていく。


「キャル、おいで。こっちへ」

「なあに、兄ちゃん」


 アドラーは、キャルルを本格的に育てることに決めた。

 冒険心とやる気に溢れる少年は、何時かアドラーと姉たちの懐から飛び出す。


 その時までに、一人前の兵士でなく立派な冒険者にしてやりたいと思っていた。

 きっとキャルルの世代は、二つの大陸を行き来しながら探検する時代になると信じて。


「コドモオオトカゲが、新しい獲物を見つけた。行く先の砂地に、うっすらと円があるのが分かるか?」

「うん、分かる。真ん中に変な棒が立ってる。あ、動いた!」


 アドラーの指差す方角で、砂地の真ん中に立った茶色い棒が誘うように揺れた。


「あれはサバクサソイアンコウの罠だ。地面の下に潜り、疑似餌だけを地表に出してじっと待つ。とある街のすぐ外で、三年間も待ち続けた記録がある。出入り口の一つが使えなくなった住人は、仕方なく家畜を与えたそうだ。同じ場所では餌を取らない習性があるからな」


 砂漠に住む誘いアンコウの大型個体の広げた口は、直径で十メートルにもなる。 

 そいつに全長二十メートルのコドモオオトカゲが目を付けた。


「あっ、迷わず罠に突っ込んだ!」


 キャルルがアドラーを見て、直ぐに視線を戻す。


 罠から飛び出たサバクサソイアンコウは、コドモオオトカゲの前足に食いついたが、トカゲの方はびくともしない。


「見ててごらん、よだれを垂らすよ。だから赤ん坊みたいでコドモトカゲって呼ばれてるんだ」


 アドラーの解説付きで、七人と一匹の冒険者ギルドは二大怪獣の決戦を見つめる。


 トカゲはアドラーの言ったとおりに、開いた口から大量の唾液をアンコウの口へ流し込む。


「うわー、汚いなあ」

 キャルルから素直な感想が出た。


「あんなキスはごめんだわ……」

 続いてリューリアが衝撃発言をした。


「えっ?」

「んにゃ!?」

「姉ちゃん!?」

「妹!?」

 六人と一匹が驚いて次女を見た。


「ん? ち、違うわよ! 友達から聞いたのよ! 私の友人はみんな、リューリアにはまだ早いって男の子からかばってくれるし!」


 リューリアはヒト族の年齢にすればまだ14か15歳、周りの友人が悪い虫から遠ざけるのは当然だった。

 もちろん、クォーターエルフの美少女が恋愛戦線に出てくれば、大変なことになるとの打算込みではあったが。


「よだれをかけられたアンコウの動きがおかしいにゃ」

 バスティが肉球で指差した。

 サバクサソイアンコウが、陸にあがった魚のように暴れ始める。


「コドモトカゲの唾液には毒がある。強くはないって言われてるけど、あの巨体だからね」


 大量の毒をかけられ弱ったアンコウに、トカゲが食らいついて地面に引きずり出す。

 怪獣決戦はトカゲの大勝利だった。


「さあもう安全だ。コドモトカゲは餌を食い終わるまで動かない。ちなみに食べた後も全然動かないぞ」


 アドラーの合図で木を降りる。

 アドラクティア大陸は、二足種族が少ないぶん魔物が強い。

 博物学者になりたいアドラーは、この大陸の動植物に詳しい。


 ただし、天敵ナフーヌとの戦いに明け暮れたこの地では、文系の学者どころか冒険者すらいない。

 これまでは全種族が協力して生き延びるのに精一杯だった。


 またしばらく進むと、「あ、羊がいるよ!」ブランカが新しい魔物を見つけた。


「みんな静かに。後ろにそっと下がって」

 警戒するアドラーの態度に何人かが首をかしげる。


「羊なのに?」

「あれはキバノアル羊といって、立派な肉食。しかも獰猛だ」

「き、気づかれたにゃ……」

 猫のバスティが、真っ先に獲物として認識されたことに気付いた。


「逃げろー!」

 アドラー達は一斉に走り出す。

 ”太陽を掴む鷲”は、アドラーのガイドもあって安全に進むが、そうもいかない集団もある。


 新しい大地を七人と一匹は冒険しながら歩き、遂に先行するビガードの軍に追いついた。


 サイアミーズの精鋭軍は、新大陸の試練を受けて敗残兵の集まりになっていた。


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