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 アドラー達の一ヶ月あたりの食費は銀貨50~60枚といったところ。

 金貨3枚は銀貨で360枚、食費半年分にもなる。


 ただし『人は飯のみで生きるにあらず』と、こっちの世界で学んだ。


「マスター、酒をくれ。炭酸水で割った麦酒」

「良いことでもあったのかい?」


「臨時収入」

「そりゃ飲むしかないな」


 まだ日も高いが、アドラーはカウンター近くの席に陣取った。

 もちろん、わざわざギルド本部の食堂で飲むには理由がある。


「誰か”オロゲンの背骨”について話してくれないか、一杯奢るぞ」


 オロゲンの背骨とは、大陸を南北に貫く大山脈。

 そこに竜がいるとバスティが言っていたが、アドラーは行ったことがない。


 酒を奢るだけで情報が入るなら安いもの。

『だから仕方がないのだ』

 さっそく、ご相伴をあずかりにやって来た冒険者と乾杯する。


「流石団長様は気前がいいねえ」

「まあ飲んでくれ。で、オロゲンまで行ったことあるのか?」


「俺はない」

「返せ!」


「まあ待て! 友人が行ったことがある、今思い出すから時間をくれ」


 他の冒険者も寄ってくる。

「俺も思い出すから一杯くれ」と。



 ……銀貨一枚もあれば大きなジョッキで5杯は飲める。

 十枚も支払えば沢山飲める、ということでべろんべろんに酔っ払ったアドラーは森の中の家へと帰る。


「ただいまー……っと?」

 家の扉に、小さな紙が貼り付けてあった。


 ちょうどアドラーの胸高さで、なんだろうと覗き込んだとき、内側から勢いよく扉が開いた。


「遅いぞ! 猫の餌を忘れるとかご主人様失格だぞ! あれ?」

 バスティが見つけたのは、酔った上に顔面を強打してひっくり返るアドラーだった。


「まったく。猫の手を借りるとか酷いご主人様だにゃあ。ん、なんだこれ?」

 ずるずるとアドラーを引きずるバスティが、一枚の紙を拾い上げる。


「んーにゃににゃに、『お前は誰だ?』って何のことだろ」


 謎の質問が書かれた貼り紙は机に置いて、バスティは気持ちよく眠り初めた団長を暖炉の近くまで引きずった。

 毛布まで掛けてやり、近くで丸くなろうとしたバスティの鼻に刺激臭が香る。


「酒臭いにゃ……」

 人型から猫型に戻ったバスティは、台所から干し魚を一つせしめると、寝室へと消えていった。



 翌朝――まだ痛む鼻をさすりながらアドラーは目覚めた。


『何も覚えてない……冒険者食堂で酒を振る舞ってから……の記憶がない』

 だが、記憶喪失には慣れたもの。

 アドラーは特に気にせずに伸びをする。


 完全に炭になった暖炉とくるまっていた掛布が目に入り、バスティが世話してくれたのかと思いやる。


『朝飯でも……作るか』

 ぐっすり寝たお陰で、もう酒は残っていない。

 前世では飲み会などは避けていたアドラーも、この世界に来て少し変わった。


 気難しいオークやドワーフとは、酒を囲むことで仲良くなった。

 指揮官や団長といった立場になれば飲むのも仕事。


 昨日は、あちこちの団の冒険者と有意義な時間を過ごした……はずであった。

 新しい情報は何一つなかったが。



 大山脈――オロゲンの背骨――その最高峰はオーロス。

 標高は軽く1万メートルを超え、その山腹に祖竜の一頭が住んでいる。


 少なくともバスティはそう語った。


 このままではジリ貧のアドラーは大勝負に出る。

 尻尾の一本でも持ち帰れば、たちまち億万長者。


『出来ればもう亡くなっていれば……』

 ドラゴンは数百年も姿を見せていない、骨だけ残っているのが理想。


 知識として身につける法術魔法と、バスティの姉から貰った神授魔法。

 二種類の魔法を操れるアドラーでも、一人でドラゴンに勝てるかは未知数だった。


 朝飯の香りに釣られて、バスティがやってくる。

「おはよう、バスティさん。魔狼の頭骨が金貨3枚で売れたんだ。今日、旅立とう」


 テーブルの上に並んだ食事が、卵焼きとベーコンだと確認したバスティが人の形に戻る。

 それからもぞもぞと服を着込んだ。


「それで飲んで来たのか。昨夜は大変だったんだぞ!」

「ごめんごめん。つい嬉しくって飲んじゃった」

 アドラーは言い訳をしなかった。

 

「次に餌を忘れたら、家出するからにゃ!」

 はっきりと脅しの言葉を口にしたバスティは、フォークを黄身に突き刺した。


 何者かが書いた『お前は誰だ?』の貼り紙は、すっかり忘れ去られていた。


 だがそれも仕方がない、アドラーは忙しいのだ。

 シャイロックの店で利子の金貨1枚を先払いして、これであと一ヶ月余りは自由になる。


 日持ちのする食料と防寒着、役に立ちそうな魔道具を予算の許す限り買わねばならない。


 ドリーに荷物を積み、肉体強化しながら急げば十日もあれば山麓へ着くだろう。

 通常の倍以上の速さの旅だが、アドラーなら可能だった。


『ミュスレア達が、エルフの村に着くのと同じくらいかも』

 東の山脈を囲う森林地帯に住むのがエルフ。

 アドラーは、更にその奥の最高峰オーロスへ向かう。


『会えるかも……いや、会ったところでなあ』

 今も変わらず”太陽を掴む鷲”の存続は微妙なもの。


 新人の一人も来ないところへ、やっと仲間の所へ辿り着いたミュスレアを呼び返す訳にもいかない。


「バスティ、上手いこと竜の一部でも手に入れたら、ミュスレアに会いに行こうか?」


 アドラーは、自分の決心を質問の形でぶつけた。


「良いんじゃないかにゃ。あのエルフ娘は、遊んでくれるので好きだ」

 バスティは猫らしい理由で賛成した。


 団の興廃はこの一戦にある。

 首尾よくドラゴンスレイヤーの称号を得れば、借金など吹き飛ばして人気ギルドへ戻れる。


 だが失敗すれば……。

「竜の餌かな?」

 祖竜が人なんか食べるとは思えないが、アドラーは覚悟を決めた。


 最後の準備の為に、ライデンの市場へ寄る。

 買い物をしてドリーに積んでそのまま旅立つつもりだったが、そこでアドラーは意外な人物を見つけた。


 見慣れた顔を確認し、目を閉じてからもう一度確認する。

 アドラーにしては大きな声が出たが、怒りのせいだった。


「ギムレット!! きさま、こんなとこで何をしている!!?」


 二代前の団長がそこに居た。


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