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「ブランカ、お疲れさま」

 アドラーは、大仕事を終えた団員をねぎらった。


 地下遺跡の丘を目指す前に、一応ブランカに聞いていた。


「もっと離れたところから、がおーって撃てない?」

「無理かなあ」

「どうして?」

「あのね、口いっぱいに水を含んで吹き出す感じ。だから遠いと何処へいくか、あたしにも分からない!」


 なぜか得意げな顔をして答えたブランカを褒めながら、アドラーは作戦を一段積み重ねることにした。


 三千人のリザード族は、あくまでブランカをアドラーの元へ送り届ける役目で、その後は囮でしか使わない。


 誰もが目を離した隙に、ブランカが特大のドラゴンブレスを遺跡が埋もれる丘に叩き込んだ。


「……にしても、お前ちょっと強くなったか?」

「ぜっこうちょう!」


 ブランカは笑顔を見せる。

 この大陸に戻ってきてから、力は溢れんばかりだった。


「おっと、溶けたガラスが降ってきた。ここは離れようか。まるでソドムとゴモラだな、あと何百年かしたら考古学者が頭を悩ますだろなあ」


 消滅した遺跡の周辺にも、数千発のガラス砲弾が打ち込まれていた。


 砂のガラス化など自然界では珍しくないが、ここには一度作られた透明ガラスが再度融解して降り注いでいる。

 こんな現象はめったに無く、後の世代に世界の七不思議を提供することになった。



 爆発の起きた反対側、西に寄っていたイグアサウリオの部隊でも、数十人が爆風で飛ばされて怪我をした。


「うむ、後で治してやるから今は引くぞ。戦略的転進というやつじゃな。みな走れ、怪我人は背負え」

 イグアサウリオの指示の下、リザード族は一斉に退却していく。


 サイアミーズ軍は遁走するリザード族を見守るしかない。

 攻防共に堅固な魔弾杖の部隊も、逃げる敵を追って突き崩しての追撃戦だけは苦手なのだ。


 それどころか、想像していなかった事態に追撃どころではない。

 悲惨な報告が次々と上がる。


「東に展開していた部隊に負傷多数!」

「しょ、食料庫が吹き飛びました!」

「敵が引いていきます!」


 ビガードは事の重大さを悟り、部下に怒鳴る。


「ぬぬ……敵なんぞどうでも良い! 遺跡は、遺跡はどうなった!? 我々と本国を繋ぐ唯一の通路だぞ!」


 これまで受けたアドラー砲の攻撃は、飛び散るガラス片に転がる鉄球。

 広く浅く兵士を狙った攻撃で、負傷者が異常な程に増えていた。


 それでも、通常の三倍以上の魔術支援部隊の付いた遠征軍ならば、立て直すことも可能であった。

 だがそれも恒久的で守りの堅い駐屯地と、本国との連絡があってこそ。


「要塞中央を、空白にするための攻撃だったと? いやそんな馬鹿な。そもそも一体誰があんな事を出来ると言うのだ……」


 呟くビガードの元へ、大地を覆うガラス片を踏みながら魔術師が戻ってきて首を横に振る。


 遺跡を失ったと知ったビガードは、要塞を捨て北にいる友軍への合流を決めた。


 死者は五百名を超え、負傷も三千五百以上。

 これに加えて遺跡の喪失と駐屯地の放棄、捨てていく物資は数知れず。


 たとえ無事に祖国に戻れても、ビガードの処刑は免れないが、指揮官は生き延びた部下を救わねばならない。


 叩き上げの軍団長は動揺の素振りなど羽ほども見せず、堂々と兵に命令する。


「食料を集めよ。使える井戸を探し、水も確保しろ。ただし武器は手放すな、残すな。負傷者の為に担架を作れ。四個軍団が待つ味方の陣地へ合流する! 戦友の仇は必ず取ってやるぞ!」


 人智を超えた存在の怒りを買ってしまったと、兵達は気付き怯えていたが、再び上官の命令に従って動き出す。

 動かなければ、見知らぬ大陸で飢えて弱り、魔物に食われる運命が待っているのだから。



 アドラーも、ブランカと一緒に退散していた。

 この状況で踏みとどまり、手当たり次第に攻撃するほどの馬鹿が相手なら、ここまで苦労はしない。

 敵将の考えはアドラーにも読める。


「今日か明日にも逃げ出すだろうな。そして、こちらから追撃だ」

「やっちまうのか? キャルルが出番がないって泣いてたよ」

「泣いてたのは嘘だろ?」

「うん、嘘! けどがっくりしてた」


 二人は壁も堀も飛び越えて、手近な森へと逃げる。

 この地の山も森も、アドラー達やドワーフ族の味方。

 万が一にも敵軍が居座れば、これからはゲリラ戦に悩むことになるだけだ。


「キャルルにも、ちゃんと役割はあったのになあ」

 アドラーは、どうしても活躍したいと機会を伺う少年を思った。


 キャルルの役割は、ダルタスと共に鉄盾を持って待機。

 もし作戦が失敗すれば、ミュスレアとアドラーを助け出すという重要なもの。

 その時には、キャルルの持つ”二人を強化”する魔法をダルタスにかける予定だった。


「あいつに戦いはまだ早いのだ……!」

 絶好調の白竜娘が、上から目線でエルフの少年を評価した。



 全てが終わるまで、アドラーが要塞の目前に姿を見せてから一時間足らずだった。

 遺跡を吹き飛ばすという目的を果たした攻撃側は全て撤退し、要塞は存在価値がなくなった。


 ビガードは昼を待たずに移動を始め、アドラー達は後を追う。

 とは言え、さらなる追撃は無理だった。

 サイアミーズ軍はまだ統率を維持し、最後尾にはビガードが位置して警戒していた。


「天井が崩れ落ちるような敗走なら、手の出しようもあるのだがな」


 アドラーは、敵の行く先を確認した。

 途中で引き返して反撃など、幾らでも事例がある。


 翌日の昼まで、アドラーとキャルルと十数人のドワーフ族が、逃げ去るビガードの軍を渓谷地方から出るまで監視し続けた。


「もう大丈夫だ。戻ろうか?」

「うん!」


 敵の退散を見届けたアドラーは、キャルルの頭にぽんっと手を乗せる。

 出会ってからの三年間で、成長が遅いエルフと言えども、キャルルは頭一つ大きくなっていた。


 思ったよりも高かった手の位置に驚きながら、アドラーは引き上げの合図を出す。

 山の中から二日間も敵を見張り続ける厳しい任務を、志願したキャルルは立派にこなした。



「こいつら……もう飲んでやがる……」


 アドラー達が戻ると、山の中ではささやかながら勝利の宴会。

 ドワーフ秘蔵の山の酒、リザードが運んだ海の酒と、どちらもある。


「いやー連絡球ってのは便利だな。これは世界が変わるぞ?」

 アドラーから通信を受けた時点で、酒宴の準備を始めたとイグアサウリオは言った。


「飲み会の待ち合わせに最適だよ」

 アドラーは適当に返事をしてから一杯貰う。


「で、どうする? 付いていこうか?」

 イグアサウリオが、これからについて聞いた。


「……ここで、ドワーフを頼む。生活が再建されねば意味がない」

「分かった。……うん、これは美味いな」


 ドワーフの酒を飲んだリザードの伝説人サーガ・オブ・リザードが請け負った。

 この英雄は、周辺の部族や種族にも顔が利く。

 居るだけでも揉め事が減り、大きな被害を受けたドワーフ達の助けになる。


 イグアサウリオが尋ねる。

「それで、追うのか?」

「ああもちろん。いい機会だ、アドラクティアで狼藉を働けばどうなるか、知っておいて貰わないとな」


 アドラーの目的は、平和的な交流の開始である。

 落ち延びたビガード軍と残った四個軍団が、また暴れては困るのだ。


「またお別れだな」

 イグアサウリオが、酒坏を上げた。

「今度は短い、たぶん」

 アドラーが軽く杯をぶつける。


 戦いが続くと理解したイグアサウリオは、もう一度尋ねた。

「……昔の連中もだが、それにわしはまだ種族連合軍を呼べるが?」

「やめておこう。まともにぶつかれば、勝てない」


 アドラーだけが、二つの大陸のことをよく知っている。

 勝勢に浮かれて全面対決をすればどうなるか分かっていたし、また戦争を止める事が出来る立場にあった。


 アドラーがリザード族の友人に未来を告げる。

「最悪の場合、もう一つの出入り口を吹き飛ばす。上手くいけば、新しい時代が始まるぞ。楽しみにしておけよ」


 その直後、キャルルとリューリアがやってきて、アドラーをドワーフ族の踊りに誘う。

 エルフの姉弟に手を引かれたヒト族の男の背に、イグアサウリオは聞こえないように返事をした。


「今更だな。新しい時代は、お前が十三で軍に入った時に始まっていたのだ、我が友アドラーよ」


 そして戦いは、大陸中央の平原地帯へ移る――。


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