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「それにしても、厄介な物を作ってくれたな」
アドラーが返事をしないドラクロワ上将に一声かけてから小屋を出た。
ドラクロワ要塞は、南北に長い笹舟のような構造。
西側の長い防壁は兵士が二千もあれば守ることが出来て、南から東へかけては川が流れて大軍を寄せることが出来ない。
船首と船尾にあたる南北の端は、一際高く作られていて攻めるべき場所になってない。
南から撃ち込むドワーフの大砲は、北の端までは届かなかった。
第三軍団の軍団長ビガードが統率する残存部隊は、要塞の北部で再建を図る。
「攻撃開始から二十五分か、そろそろだな」
夜を徹して準備したアドラー達は、一門あたりに百二十発の砲弾を用意出来た。
合計で二万発の砲弾を、ドワーフ族とリザード族が人海戦術で山まで運び上げた。
砲弾を布にくるんで、ひたすら人力で山道を歩く。
中空で軽いとはいえ、重さは十キロを超えての重労働だったが、この苦労がサイアミーズ軍の裏をかいた。
大砲を素手で山へ運ぶなど、思い付いても普通は絶対にやらない。
相手に知れれば、ただ山頂に兵士と武器を捨てにいっただけになるから。
アドラーは要塞の中央部、東寄りの丘を目指す。
そこには移転装置のある古代遺跡がある。
「おい待て、中の様子はどうだ? 援軍は?」
古代遺跡から出てきた兵士を見つけ、アドラーは声をかける。
立ち止まった兵士は、トマトまみれの男に一瞬怪訝な顔をしたが、階級章を見て敬礼して答えた。
「怪我人の移送は、残り百名ほどです。援軍は検討中とのことです!」
「ならば、もう直ぐ空になるか。それで、翼の生えた連中は?」
「最初に送りました! ところで、閣下はお怪我を……?」
「いやいや、これは味方の血だ! 北の部隊へ合流しろ、俺は南に残った部隊へ伝える!」
アドラーは少し焦っていた。
始末した首脳陣の一人から奪った階級章は、思いの他に高位だったのだ。
サイアミーズ軍は、クリーム色に青という揃いの軍服を持っている。
野戦用で士官と兵の区別がほとんど無いので便利に利用していたが、そろそろ脱ぎ捨てるタイミングだった。
アドラーは兵士から逃げるように南へ走る。
砲撃の頻度は落ちていて、もう弾切れも近いと分かる。
舟形要塞の船首にあたる、要塞の南端ではまだ小隊が一つ頑張っている。
「貴様らも北へ行け! 集結しろ!」
なるべく偉そうに、アドラーは怒鳴る。
振り返ってアドラーを見た防衛指揮を執る小隊長は、笑顔で数歩近づいてから、問答無用で腰から剣を抜いて斬りつけてから聞いた。
「貴様、何者だ!?」
「やはり気付かれたか……」
「当たり前だ! 上級将校の顔など全員知っておるわ!」
激怒した小隊長が、剣を振り回す。
腕に覚えがあるのだろう、鋭い剣さばきだなと、アドラーは感じたが敵にはならない。
二手三手と合わせてからアドラーの刀が小隊長の剣を絡め取る。
「よーし、お前ら全員降伏しろ」
アドラーは小隊長に剣を突きつけてから、周りの部下に降伏を促す。
「誰がたった一人に降伏など! 貴様ら、俺ごと撃たぬか!」
サイアミーズ軍の士官や下士官は、揃いも揃って勇猛果敢で有能。
一つ感心したところでアドラーが告げる。
「指揮官を育成する秘訣を教えて欲しいくらいだな。だが俺は、一人ではないぞ」
アドラーが冒険者七つ道具の一つ『煙玉』を取り出し、軽く服でこすってから要塞の外へ投げた。
この小隊が監視していたのは、要塞の南部へ流れる川と岸辺。
そこへ魔法による警戒装置が鳴り響く。
「て、敵襲!」
「リ、リザード族だっ!」
川から三千のリザード族が頭を出し、要塞南端へ侵攻を始めた。
「撃て!」と刃を突きつけられたままの小隊長が命じ、小隊が一斉に眼下へと弾を撃ち込む。
アドラーの耳にも、金属と金属がぶつかる高い音が聞こえた。
「こいつら、鉄盾を!」
兵士の一人が、悲鳴を上げた。
――リザード族は、ヒト族の仲間である。
ただ皮膚が固く厚くなっただけで、水中に十分以上も潜れて器用に移動する以外は特に違いはない。
「なら、その尻尾はなんだ?」と、アドラーがイグアサウリオに聞いたことがあった、
「神からの贈り物さ」
今ではリザードの伝説人と呼ばれるプリーストは笑って答えた。
リザードの海賊湖賊や上陸強襲は、他の種族から神話的な恐怖となっているが、リザード族の本性は好戦的ではない。
ただしこのアドラクティア大陸では、他の種族と合同し勇敢に戦う。
ドワーフ族の女子供を殺した連中は、リザード族からしても明確に敵であった。
食い物も分けるし復讐にも協力もするし、乞われれば戦うことに迷いは一切ない。
そして彼らを率いるのは、リザードの伝説人ことイグアサウリオ。
「進め、孫のその孫まで自慢できるぞ!」
水中での長時間待機も何のその、リザードの男達の士気は高い。
鉄の盾で最初の攻撃を防いでいるが、盾を持っているのは先頭の十人ほど。
次々に撃ち下ろせる小隊百人ならば、槍を持った三千のリザード族を押し返すなど容易い。
しかし上にはアドラーがいる。
「諦めて逃げろ。北へ行け、北の仲間の所へ」
アドラーは、小隊長を防壁の下へ投げ飛ばした。
「ああっ! 隊長が!」
部下の兵士が、悲しそうな声を出した。
要塞の直ぐ下は、土がむき出しの地面である。
勇猛な小隊長は、見事に受け身を取って着地した。
「お前らも続け」とばかりに、アドラーが続けて二、三人を蹴り落とした。
高い防壁と迫る三千のリザード族に挟まれた小隊長は、壁に沿って退却を始める。
要塞の上の兵士も追いかけるように付いていく。
先頭で要塞に上がってきたイグアサウリオが文句を言った。
「一回撃たれたぞ?」
「一回で済んだろ?」
苦情を流したアドラーの元へ、三千の味方が次々とよじ登ってくる。
この三千人の目的はただ一つ、攻撃でなく輸送である。
「だんちょー! あたしが来たぞ!!」
白い尻尾を振りながら、運ばれて来たブランカが飛び上がった。
「締めにかかるか。イグアサウリオ、そこらへんの武器を拾って適当に睨み合ってくれ。この要塞の西側に沿ってな。東側には近づくなよ」
第三軍団の軍団長ビガードは、頃合いを読んでいた。
砲撃が弱まり、兵士の動揺は収まり、戦力として期待出来る状況になった。
まだ手元には完全装備の精鋭が六千もおり、半個軍団の味方が向かってきている。
そしてそこへ、南端に敵が現れたと小隊が告げに戻って来た。
つまり、砲撃の終わりと反撃の合図である。
「全軍、前進せよ。要塞を取り戻すのだ。食料庫、武器庫、遺跡に司令部も、仲間の血が染みた土地を敵に渡すな」
ビガードは、倉庫群に火を付けられるのを恐れていた。
配備してあるサンドゴーレムが自動で消火するが、油や炭を撒かれたら手の打ちようがなくなる。
魔弾杖を構えた戦列が、要塞の中央部まで進むとリザード族が待っていた。
ビガードが部隊に止まれと命令を出す。
「やはり我らの武器を知っておる。厳重なことだ」
イグアサウリオ達は、木材や丸太にレンガの上に土を被せた防御陣の後ろに隠れている。
リザード族の戦士およそ三千は、ビガードの目の前で動かなかった。
まるで何かを待っているかのように。
戦場経験も豊富なビガードは、素早く部隊を展開させる。
何か企みがあるにせよ、まだ数でも質でもサイアミーズ軍が圧倒的で、側面と正面から撃ちかければ一瞬で崩れると読み取っていた。
左右に開く手勢を見つめるビガードへ向け、魔術師の一人が注意を引く。
「軍団長どの!」
「なに事だ!?」
ビガードは、敵からも味方からも目を離さずに聞き返す。
「おかしい、こんな事が!」
「ありえません!」
複数の魔術師が次々に異常を訴え始めた。
「またか! 魔法使いどもめが、分かるように話せ!」
常にまどろっこしい説明口調の魔術師を、ビガードは嫌っていた。
「急激な魔力上昇です! 敵陣のもっと左……東の方からです! こ、こんなの、駐屯地ごと消えてしまう!」
「なんだとっ!?」
ビガードが前線から目を離し、魔術師へと振り向いた瞬間に”それ”は起きた。
転移装置のある遺跡を含む丘がまばゆい光に包まれると、一瞬遅れて大地をめくりながら大爆発を起こした。
遺跡が貯め込んでいたマナが逃げ場を失い、上空へと殺到して赤と黄色に輝く柱を作りあげる。
この巨大な光の柱は、アドラクティア大陸の南部一帯から見えた。
サイアミーズ軍の遠征第一軍、バルハルト率いるミケドニア帝国軍、あらゆる魔物に二足種族、そして天敵ナフーヌの群生体からも。
力に自信がない魔物は、光の柱から逃げるように遠ざかり、少しでも力を持つ者は、吸い寄せられるように集まってくる。
新しい時代の幕開けとなる、祖竜ブランカの一撃であった。




