166 ※総攻撃
ドラクロワ上将が作り上げて要塞化した駐屯地は、舟のような形をしている。
東側には見下ろす位置を小川が流れているが、要塞内には引き込んでいない。
山間の盆地では増水が怖く、取水口は弱点にもなる。
オークあたりが爆発物を抱えて特攻してくれば、飛び道具で防ぐのは難しい。
西側は、森を根こそぎ材木にして距離と視界を確保していた。
数万から十万の大軍を並べる事が出来る広場だが、舟型要塞の舷側から一望出来る。
つまり、こちら側から攻撃して欲しいのだ。
森林を切り拓いた跡を数百メートル進むと、幅十メートルで深さ半メートルほどの空掘がある。
普通の獣や魔物はこれを見て引き上げる。
次は鉄の杭、先が尖ったものを埋め込んだ幅五メートルほどの障害物帯。
その先は、幅は三メートルだが深さ一メートル半の掘がある。
それを乗り超えても、駐屯地は二メートルの盛り土がなされて柵に囲まれている。
敵が現れても、辿り着くまでに一方的に撃ち下ろすことが可能な堅固な造り。
「さて、行こうか」
アドラーは、夜明けとともに、朝靄の中を西の森から現れた。
「おい、余りくっつくな」
役割があるので、アドラーの口調は荒い。
アドラーに命令されたミュスレアは、目だけで驚いた後で嬉しそうに半歩離れて寄り添う。
「大丈夫かな?」
「危ないわね。お姉ちゃん、上から言われるのに弱かったのかしら……」
森の中では、キャルルとリューリアが見守っていた。
二人は、団長も姉も危ないことをするのは嫌だったが、一緒に行くと言うなら止めなかった。
この世で一番信頼して尊敬する二人のことだ、上手くやってくれると確信している。
黒い衣装に目と耳を出した覆面を付けたミュスレアが、アドラーに引っ立てられる。
この衣装は、シャーン人のファエリルから取り上げておいたもの。
目の周りと耳を褐色に塗ったミュスレアがダークエルフの振りをする。
もう一人の人質、昨日捕らえた兵士を、ダルタスが担いで付いてくる。
「ここらで良いぞ。とっくに気付かれてるしな」
「うむ」
肩から兵士を下ろしたダルタスは、手枷足枷と目隠しを取ってやり、森へ引き上げる。
「おいお前、戻って良いぞ。仲間に撃つな、話があると伝えろ」
解放された兵士は、両手で仲間に合図を送ってから、早足で駐屯地へ戻っていく。
要塞へ続く道はあるが、折れ曲がって陣地の眼下を並行するように作ってあり、敵が駆け上がってきても横から撃てる。
「よし、俺らも行こうか」
「はい!」
小気味よい返事をしたミュスレアは、後ろ手に縛られているのに何処か嬉しそうでしおらしい。
『こんな感じだったっけ?』と、普段の強気な長女を知るアドラーは不思議に思った。
百五十歩ほどの距離でアドラーは、止まる。
もう攻撃圏内で、盛り土の陣地には魔弾杖の筒口がびっしりと並んでいる。
筒先を下に向けても、丸い弾は転がり出たりはしない。
奥まで押し込むと可動式の小さな爪が捕まえて、ロックまで出来る。
常に一発を込めて持ち運べる、これだけで弓を駆逐するに充分な性能。
しかも威力は比較にならない、精度は劣るが数を揃えられる大国にとっては問題にならない。
戦争を変える新兵器を前に、アドラーは述べた。
「アドラクティア大陸、種族連合ヴィエンナ方面軍、独立遊撃隊、隊長のアドラーだ。交渉がしたい」
「サイアミーズ王国、遠征第二軍、総司令官のドラクロワ上将。アドラー閣下か、お初にお目にかかる」
防衛を指揮する大隊長でなく、ドラクロワが直々に顔を見せた。
「こちらこそ、お会いできて光栄です、閣下。早朝の訪問をお許し願いたい」
ドラクロワは、皺一つない軍服に制帽と指揮杖、あごひげまで整えて完璧な将軍の姿。
「わたしも会えるのを楽しみにしていた。貴公に見張られながら過ごすのは、いささか寝付きが悪いものでな。まずは、捕虜の返還を感謝する。要望があれば伺おう」
アドラーが最初に切ったのは、兵士の返還。
捕らえておいても持て余すので何の問題もなく、敵将としては誠意を示した敵を無言で攻撃するのは憚られる。
「そちらに捕らわれた有翼族は、非戦闘員だ。子供や幼子もいるだろう、女だけでも解放してくれないか」
徐々に朝日が登り霧が薄くなり、アドラーとドラクロワは互いの顔が鮮やかに見える。
はっきりと頷いたドラクロワは、幕僚に指示を出す。
亜人種と言えど、女子供の処刑は兵士の心に悪い、有能な上将は元よりそこまでするつもりはない。
「そちらもシャーン人の女を離してくれまいか?」
「まだだ。だが近づこう、敵意のない証だ」
アドラーはさらに三十歩も近づく。
「確実に殺れます」
指揮を取る大隊長が上将に進言した。
百二十歩の距離で三百の兵士が狙いを定めている、どんなに少なくても三十発はアドラー達の体に吸い込まれる。
「まだだ。命令あるまで絶対に撃つな」
ドラクロワは、厳命した。
この遠征軍を成功させて本国へ戻れば、ドラクロワは軍内どころか宮廷での出世も約束される。
官吏経験もある上将なら、王国の宰相への道さえ開ける。
そして……目の前の物知りな男が指揮下に入れば、こちらの大陸で王になることさえ可能。
常には考えぬようにしていた野心が、ドラクロワ上将を襲う。
手元の連絡球を見たアドラーが、口を開いた。
「要塞から外に解放してくれないのか?」
「それは無理だ。翼のある種族を、我等は知らぬ。だが丁重な客人として扱うことを約束しよう」
戦利品だろと、突っ込みたいのをアドラーは我慢した。
「ならば、また進もう。男達の縄も解いて、まとめて安全な所へ送ってくれ」
「ふーむ……良かろう……了解した」
ドラクロワは、幕僚に指示を出す為に振り向いて、多くの事を伝えた。
「攻撃に備えよ。東西両面の見張りを怠るな。翼の者どもは、本国へ送ってしまえ。こっちの動きは筒抜けのようだ」
総司令官のドラクロワが恐れているのは、アドラーでも現地民でもない、バルハルト率いるミケドニア帝国軍だった。
ミケドニアの遠征軍司令に、バルハルト将軍が就任したのは当然知っている。
そして三日前の定時連絡で、およそ二万の軍勢と共に消えたと伝えられた。
帝国の名将に率いられた大軍が、現地民と協力しての襲来、ドラクロワが恐れるのはこれだけだった。
アドラーの遥か上空、魔女が地上を監視していた。
「転移装置のある遺跡の位置はあそこか……。団長へ、全員が地下へと引っ立てられたよ、と」
アドラーは、連絡球を読み取る。
敵の要塞の中は兵士が動き回って騒がしくなり、ドラクロワの横に見知った顔をアドラーは見つけた。
「ミュスレアさん、バレたね」
「はい、バレました。何でも命令してください」
「……ミュスレア、大丈夫?」
「はっ! も、もちろん! こう縛られて乱暴に扱われると、なんだか妙な気分で……」
アドラー達がひそひそと話す間に、ドラクロワは従軍聖職者から報告を受けた。
「あれは、敵のエルフ女です」と。
褐色に塗って体型も似てるファエリルとミュスレアだったが、80歩の距離まで近づけば誤魔化せない。
「シャーン人はどうなった?」
「全滅させたよ。あっけないもんだ」
アドラーは背中にミュスレアを庇いながら答える。
個々の戦闘力では兵士以上のダークエルフ四十人を全滅と聞いて、ドラクロワは決断した。
「この男は、生かしておくには危険過ぎる」と。
「攻撃せよ」とドラクロワが命じると同時に、アドラーは上空のマレフィカに通信を送る。
「攻撃開始」
まず百五十の魔弾杖が、アドラーとミュスレアに向けて一斉に加速弾を撃ち出す。
全員が照準をずらすこともない、精鋭部隊の容赦ない斉射。
「続けて撃て」
大隊長は次の百五十人にも命令を出す。
既にアドラーは、ミュスレアに覆いかぶさる格好で倒れていた。
そこに百五十の弾丸が殺到したが、歴戦の大隊長は手応えに疑問を感じる。
「再装填、急げ」
二人は一塊になって倒れて、赤い液体が大量に流れ出していたが、大隊長は再度の斉射準備に入る。
兵士が慣れた動きで筒先から弾丸を入れ、槊杖を使ってカチッと音がするまで押し込む。
あとは狙いを付けて命令を待つばかりとなった……が、三回目の斉射が始まる前に、要塞へ砲弾が降り注いだ。
「一番砲台良し、二番は飛びすぎ、三番は短い、四番はそのまま」
各砲台へ、観測員を兼ねたマレフィカとバスティの指示が飛ぶ。
「やれやれ、魔女の仕事じゃないなー」
「そういうにゃ。神さまの役目じゃにゃいけど、二人が死ぬのは嫌だにゃ」
南から南東にかけて、盆地に浮かぶ戦艦のような駐屯地を見下ろし囲んだ各砲台が、全力で砲撃を始めた。
「良い的だ。どんどん弾を持って来い!」
大砲を操るドワーフ族にとっては、これが復讐戦である。
兵士達が騒ぎ始める。
「なにごとだっ!!?」
「敵襲だ!」
「空からだ!」
「違う、山からだっ! 奴ら、この霧の中でどうやって照準を……!」
ドラクロワは、魔弾杖を大型化した攻城兵器の存在を知っている。
だがその攻撃を受けるなど、夢にも想定していない。
鉄球が跳ねて転がり、兵と建物をなぎ倒す。
恒久的な拠点にするために、地面をレンガと木板で覆っていたのが裏目に出た。
柔らかい大地ならば、ここまでの惨状にはならぬ。
「閣下!」
至近に落ちたガラス弾から、幕僚がドラクロワを庇う。
十以上の破片に襲われた幕僚は、首の動脈が切れて即死した。
兵士のみならず、指揮官にも動揺が広がる。
「伏せろ!」
「いや、盾だ盾を持って来い!」
「穴だ、穴を掘れ! レンガなど引っ剥がせ!」
的確な命令もあるが、精鋭一万の軍勢が混乱する。
このような攻撃を受けたのは、彼らが初めてなのだ。
ドラクロワ上将と幕僚陣は、数少ない木造りの小屋へ何とか逃げ込んでいた。
「反撃は?」と聞くも「敵の位置が知れません」とだけ返ってくる。
「駐屯地を捨てては?」との進言があったが、ドラクロワは退けた。
敵の狙いはそれだとの確信があった。
「数が多すぎる……。我が国でも百も配備されてない兵器だぞ! 何故こんな所にこれ程の数がある!?」
ドラクロワが怒鳴ったが、返事はない。
二百近い大砲は、確実にサイアミーズ軍を壊滅へと追い込んでいた。
そして、数分だけ攻撃が止む。
ドラクロワも幕僚も兵士も、弾切れかと期待した。
直後、ドラクロワ達が潜む小屋に、一人の兵士が飛び込んで来て言った。
「敵襲です!」と。
「何処からだ?」と聞き返した幕僚が息を飲み、そして斬られて死んだ。
トマトまみれの茶色い髪の男が、剣を片手に立っていた。
「貴様っ!? ここまでか!」
絶叫したドラクロワは、最後まで勇敢であった。
指揮杖でアドラーに挑もうとしたのだから。
アドラーが小屋に入り込むと同時に、砲撃は再開された。
何時までも命令が来ない兵士達は、負傷した仲間を引きずり、唯一の退路――転移装置のある遺跡――へと殺到し始めた……。




