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「だんちょー、やっちまうか?」

 目立つ白銀の髪と白い尻尾を隠して、ブランカが物騒な言葉を吐く。


 アドラーとブランカは、山道を登ってくるサイアミーズ王国軍を監視していた。

 今回は大量の魔術師を連れて、さながら魔法化兵団とでも呼べる部隊。


「駄目だよー。関係ない人まで巻き込むからねー」


 アドラーの視線の先では、小型のゴーレムと一緒に捕まったドワーフ達が働かされていた。


 ドワーフ族の数は三十人ほどで多くないが、炎天下で足に鎖を付けられて山道の修復作業、その後方では魔弾杖を装備した兵士が厳しく警戒している。


「まあ、罠だなあ。助けに来たところにズドンか。それとも……だが、放ってもおけない。ブランカ付いといで、助け出すよ」

「はーい!」


 二人は、山の中に戻る。

 アドラーの立てる作戦は、他力本願なことが多い。

 一番大好きなのは、敵と魔物が出会って潰し合うというものだが、ほとんど成功した事がない。


 失敗した後で、仕方ない……と乗り出す事が多いが、今回も懲りずに山の”ぬし”を探す。

 ”ぬし”の存在はもちろん、ドワーフ達から聞いていた。


 エルフは鹿に乗り、ヒトは馬に乗り、海のリザード族はイルカに乗るが、山のドワーフは野豚に乗る。

 びっしりと剛毛が生えて鋭い牙が生えたイノシシに騎乗する、あの有名なボーアライダーである。


「巨大化したイノシシの王様みたいなのが、山の中を走り回ってるらしいが……ブランカ分かるか?」

「分かんない。夏の山は生き物と臭いだらけだ」


 竜の娘はさじを放り投げる。

 アドラーとて、敵が油断してたり少数ならば単独でケリを付けるが、魔法使いのサポートを受けて魔法や動態探知の網を広げた軍隊には突っ込めない。


 三千人という兵力も絶妙。

 全軍の四分の一は、遠征させるに多すぎず少なすぎず、山間部で機動を保てるギリギリの数で、アドラーが奇襲しても防御力が高くまず成功しない。



「一つ、かき乱す手段が要る」とのアドラーの判断は正当なもの。

 決して”山のぬし”としてドワーフが恐れ崇める怪物を見たくなった訳ではない。


 そして……運はアドラーに味方した。

 これまでにない大量のヒトと鉄の臭いが山に漂い、苛立った”山のぬし”は、近くまで出向いていた。


「だんちょー、くさい。こっち」

 ブランカが何かを嗅ぎ取った。

 臭いを辿ると、木々が避けて道になっている箇所がある。


「魔物……というより、土地神系かな? これは話が通じるかも知れないな」


 長く生きて力と凶暴性を増す獣もいれば、話が出来るほどの知恵を付ける獣もいる。

 後者かも知れぬと、アドラーは期待した。


 木が避けた道をブランカがぴょんぴょんと跳ねながら追い、アドラーは付いていく。

 そして、立ち止まったブランカが爆笑した。


「あはっ! あははははっ! ケツだ、でけーケツだっ!」

 すっかり冒険者に馴染んだ竜の子は、このところ言葉使いが汚い。


 尻肉の半分だけで牛一頭分はある巨大なお尻を向けた、イノシシの怪物がそこに居た。


「こらっ、何処でそんな言葉を覚えた……ってキャルルか。止めなさい、お話が出来るか試すから」


 アドラーは、山の主に失礼にならぬように姿勢を整えたが……その横を石が飛んでいく。


「おいケツ、こっち向け。ブランカ様だぞ、がおー!」


 大陸の頂点に立つはずの白竜は、まだ子供だった。


「こらっ! ブランカ、そんなことしては駄目です!」

 躾は大事とばかりに、アドラーは叱る。


 だが竜の子が軽く投げた石は、時速180キロを超える。

 突然お尻に何発も投石を食らった”ぬし”は、ゆっくりと振り返った。


 大きな鼻から額までの毛は白く、牙は四本が上向きに伸び、重厚な肉体はアドラー二十人分はある山の主の両目は、怒りで赤く光っていた。


「あ、怒った!」

 どうしようかとブランカが団長を見上げ、アドラーは直ぐにブランカを担ぎ上げて走り出した。


 蹄で地面をかく音が二、三度して、山の主が走り出す。

 僅か五秒で時速六十キロを超えたイノシシは、猛然とアドラー達を追う。


 アドラーも必死。

 強化魔法を全開にして、目的の方角へイノシシを誘導する。


「あはははっ! 速い、速い! 頑張れだんちょー!」

 アドラーに抱えられたブランカは、このスリルを楽しんでいた。


 そしてアドラーは、敵部隊を見下ろす位置に来た。

 働くゴーレムとドワーフの後ろで、魔弾杖を向けて見張っている。


「まだ付いて来てるな?」

「うん!」


 返事を聞くまでもなく、四つの蹄を持つ怪物はアドラーめがけて突進中。

 魔法で警戒網を広げていたサイアミーズ軍も異常に気付く。

 百人ほどがアドラーの方向に杖を向けて……号令一下、一斉に発射した。


「飛ぶぞ」

 ブランカに一声かけたアドラーは、弾幕をかわしながら跳ねた。


 木の上に飛び乗ったアドラーは、イノシシが新たな敵を見つけたのを確認する。


 再び前掻きを行った山の主が、サイアミーズ軍の目前に飛び出し、山道に沿って走り出す。


 アドラーは、この隙にドワーフ達に呼びかけた、こちらの言語で。

「今だ、逃げろ!」と。


 魔弾杖の威力は凄まじいが、”ぬし”の額の骨を貫ける程ではない。

 突進した猪の怪物は、一気に十数人を谷底へと弾き飛ばす。

 撃ってくる次の隊列に向けて再突撃し、次々と負傷者が増える。


「この大陸の魔物を舐めるなよ」

 ヒト族や二足種族が少ない分、魔物や獣も強大で、アドラーも同情する気は起きない。


「あっ! ケツが落ちる!」

 ブランカは、山の主に酷い名前を付けていた。


 三列目を弾き弾き飛ばした”ぬし”の足元に、魔法の炎が生まれ巨体を煽る。

 バランスを崩し、兵士もろとも谷底へ落ちそうになった”ぬし”は、対岸へ向かって飛んだ。


「すげえ、空飛ぶ豚だ」

 アドラーも驚くほど見事なジャンプ。


「ぬしが、落っこち……ない!」

 ケツの飛躍にブランカも喜ぶ。


 谷の反対側に蹄をかけた巨大なイノシシは、そのまま山を駆け上がって森に消える。


 アドラーも、ほっと一安心。

 利用するだけしておいて死なれたら、可哀想では済まないところだった。


「ブランカ、あんな勝手な事したら次は怒るよ」と言いながら、拳骨を一つ落とす。


「いてっ。けどすげー奴だ。あたしがこっちに居着いたら側近にしてやる」

 ブランカは、まったく反省していなかった。


 この後、白竜の住む大陸の最高峰に巨大なイノシシが居たかは……記録には残っていない。


 三十名のドワーフを、アドラーは無事に回収した。

 突然の怪物に百名以上の死傷者を出した部隊は、全く追ってこなかった。


「諦めが良すぎるな。まあ、理由は分かるけど」

 こんな手に引っかかるつもりは、アドラーにはない。


「これで全員か?」と、アドラーは助けたドワーフに尋ねた。


「全員です」とドワーフが答えたところで、アドラーは確信した。


 足の鎖を断ち、詳細に調べても何も仕掛けられてない。


「眠らされた者はいるか?」との質問に、五人ほどが手を上げる。


 呼び寄せて体を調べたアドラーは、あっさり見つける。

 魔法のシグナルを定期的に発する、発信機のような物が埋め込まれていた。


 しかもご丁寧にも、糸を使った縫合でなく治癒魔法による癒着で、この場で切って取り出すのは危ない。


「マレフィカが居ないと無理だな……。一度集落に戻ろう」


 敵軍は、アドラー達の事を知りたがっている。

 本拠地はあるのか、人数はどれくらいか、何よりも一体何者なのか。


 現地で捕まえた標本、現地のドワーフ族を手放しても情報集めを優先していた。


「だんちょー、どゆこと?」

 ブランカが、アドラーに聞く。


「最初から、助けに来れば逃がすつもりだったのさ。そのまま拠点や隠れ家へ戻れば、埋め込んだ発信機で後を追える。つまり、敵には山をかき分けてやって来れる部隊がある。今晩、もう一戦あるかもね」


 山岳戦部隊があるとは、バルハルトの情報にもなかった。

 だが少数で潜入工作が出来る連中を、サイアミーズ王国が飼っていることは知っている。


 かつて、エルフの国スヴァルトの首都タリスで、アドラーは手練の暗殺集団に襲われた。

 毒を使う素早い暗殺者である。


 あの連中ならば、密かに後を追って忍び込むなど朝飯前。


「バルハルトが、冒険者を使ってやろうとした役割だな……。これを潰せば、奴らは目を失う。ちょっと勝機が出てきたかな?」


 サイアミーズ軍は、敵が誰か知らない。

 ミケドニア所属の可能性は疑っているが、北と南の大陸を渡り歩き、情報戦の重要性まで知る、二つの大陸でも最高の冒険者だとは夢にも思っていないのだ……。


イノシシ虐待ではないです

ぬしが落っこちたら、おっこちぬし、ってのを思いついただけです

許して下さい

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