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 アドラーにはやることが沢山あった、というか増えた。


・明日にはやってくる王国軍を食い止める

・ドワーフの怪我人や女子供の避難

・同時に反撃用の武器作成

・大砲を据える陣地の選定と整備

・古い友人、イグアサウリオに手紙を書いて加勢してもらう

・捕虜から聞き出した情報の整理

・休養も栄養もしっかり取る


「ここで抵抗するのは無理でなかろうか?」と考え始めた。

 手一杯になると、急に弱気になるのがアドラーの悪い癖だった。


 アドラクティア大陸は広い、そして人口は少ない。

 天敵のナフーヌはまだまだ生息しているし、魔物も強い。


「一定の土地を譲り渡し、屈辱でも平和を買う」という手もある。


 アドラーだけが、二つの大陸を知っている。

 北の大陸の誰もが戦うべきだと叫んでも、それを止めるのが役目ではないかと思い始めていた……。



 崩れずに残った家で一番大きな一軒が、アドラー達に用意されていた。

 キャルルもブランカも寝静まり、アドラーが一人で考えていたところへ、やっとリューリアが戻ってきた。


「リュ、リュー、大丈夫かい? 顔色が酷いよ」

 アドラーは焦って立ち上がる。


「うん、平気、平気よ。わたしなんて全然平気」

 体力と気力の限界まで振り絞ったリューリアは、地獄を見てきた。


 治癒魔法があるといっても、まず傷口を洗って縫って包帯を当て、骨折には添え木をして、空いた穴から出る血は止めねばならない。


 リューリアは女達の手を借りて応急処置を済ませた後に、ひたすら回復魔法を歌に乗せて癒やしていた。

 傷が深い者には直接手を当てて魔法をかけながら、日が沈む前から日付が変わる今までずっと、怪我人に付き添っていた。


 アドラーの顔を見て緊張が解けたリューリアは、飛びついて泣き出す。

 ずっと我慢していた涙をアドラーの服に零しながら、リューリアは言う。


「せ、背中にね、金属の破片がめり込んだ子供がいたの、後ろから撃たれてた。けどね、その子は助かるの。けどね、それはお母さんが庇ったからなの。お母さんは、胸に穴が空いて……もう死んでて……、その子が目を覚ましてもお母さんはいないの! わたしその子に、何て伝えれば良いの……?」


「リューリア……よく頑張ったね。えらいね、ありがとう」

 アドラーにも答えることが出来ない質問で、ただひたすら頭を撫でる。

 彼女が居なければ、死者はもっと増えていた。


 泣き疲れたリューリアの力が急に抜けて、アドラーが抱きかかえる。

 体力も精神力も使う治癒魔法を使い続けて、限界を超えた次女は眠っていた。


 家の扉が開いて、ミュスレアとダルタスも戻ってくる。


「静かに。今、眠ったところだ」


 アドラーの言葉に、二人は黙って頷く。

 ミュスレアは、桶一杯の水と手ぬぐいを用意してから言った。


「ありがと、怪我人は酷いみたいね。わたしが運ぶわ、顔と手足だけでも拭いてあげないとね」

 長女は次女を軽々と抱っこする。

 これからしばらくは、悪い夢を見ないように妹に寄り添うつもり。


「うむ、では俺が話そう」

 捕虜の坊主から得た情報を、ダルタスが語る。


 有用なものから意味のないもの、敵将の名前から食事が少ないとの文句まで、あらゆる事を二人は聞き出した。

 最も重要な情報は二つあった。


「敵は自給自足も含め、現地での食料の確保を始めた。転移装置が運べる人数と物資は、限界があったそうだ。そして、ここ以外にも小さな村を三つ襲ったらしい」


 ダルタスも苦々しげな表情になる。

 周囲一帯の安全確保と食料集めを、サイアミーズ軍は強引に行っていると分かった。


 この一ヶ月、大量の人員を毎日送っては帰還させていたサイアミーズは、遺跡が貯め込んでいたマナが急減してから事態に気付いた。


 今では、こちらに送った二万近い人数が帰還するだけで精一杯。

 時間が経ってマナが回復するか、供給する方法を編み出さないと援軍は送れない。


「それであの陣地か。下手をすれば送ったきり冬の寒さにやられて全滅だ、それは避けたいものな」


 アドラーも敵軍の行動、堅い駐屯地の設営と、この集落を襲った理由が分かった。


「それで、敵の目的はもう一つあるのだ」

 ダルタスが深刻な声を出した。


「なんだ?」

「友軍との合流、連絡の確保だ。そちらは四個軍団が送り込まれたと」


 驚愕すべき大軍であった。

「合計で六個軍団、付属の兵科を含めれば四万にはなるな。地理が分かり兵站が続けば、大陸を統一出来る」


「団長は、敵の位置が予測出来るだろう。合流させるかね?」


 バルハルトから貰った情報で、アドラーには敵が何処に出るか予想は付く。

 教えてやればこの渓谷地帯を離れ移動する可能性もあるが……。


「いや、無理だな。正門と搦め手をこじ開けたんだ、一つを捨てる訳がない」


 こうなるとアドラーに残された選択肢は二つ。

 周辺の集落部族を全て避難させて土地を明け渡すか、戦闘不能に追い込んで叩き返すかだ。


 それから、面倒事が増えて弱気になっていた団長の腹が決まる。


「あいつら、リューリアを泣かせやがった」


 オークがにやっと笑う。

「お嬢を泣かせるとは、百回殺しても足りんな」


「他でも死者が出てるだろう。ドワーフも他の種族も、いずれ我慢の限界を超える。俺たちが居る内に叩き出す」

「うむ、承知した」


 アドラーは、古い仲間に手紙を書いた。

 挨拶もそこそこに、こっちへ来てくれ、ありったけの戦力を連れて、武器も食料も自分持ちで、最低でも二千は必要だと。

 そして「大至急だ。頼む、アドラーより」と手紙を締めた。



 翌朝、マレフィカとバスティに手紙を託した。

 マレフィカは飛べるし、バスティはこちらの二足種族とも話が通じる。

 神さまのテレパシーのようなもの。


 だが、事前に手紙を一読した魔女が首を傾けた。


「なあ、こんな手紙で来るのか? と言うかアドラー団長だと気付くか?」

「うっ、イグアサウリオとは長い付き合いだ。たぶん大丈夫……」


 マレフィカがアドラーを見上げて問い詰める。

「多分では困るなー。英雄を騙った魔女だ、捕らえて火炙りだ! では困るんだよー」

「そ、そんな事はしないよ。たぶん、いやきっと!」


 普通に考えたら、三年前に死んだはずの奴からの手紙など夏のホラー。

 証明する方法を考えていたアドラーの肩に、黒猫が飛び乗った。


「何を悩んでるにゃ。これを使えばいいにゃ!」

 バスティは、首輪に付けた水晶球をアドラーの頬に押し付ける。


 写真が撮れる水晶球、今では音と映像も撮れるようになった魔法道具に、アドラーは伝言を吹き込む。


 姉を押すようにして、リューリアも写りに入ってくる。

 一晩寝た次女は、少し元気を取り戻していた。


「お姉ちゃん、ここで隠れてちゃ駄目よ。イグアナドンとやらが女だったらどうするの?」

「な、何の話だよ、イグアサウリオは男だよ!」

 それも最上級のプリーストで頑丈な力持ち、今一番欲しい人材だった。


 結局、団員が一塊になったところで、アドラーは付け加えた。

「これが今の仲間だ。俺は元気にやってるよ」と。


 ブランカも自分の紅い宝玉、同じく映像を残せる魔法球を取り出して撮影をせがむ。

 ほんのしばらくの間、アドラー達は戦いを忘れて記念撮影をした。


 マレフィカとバスティが飛び立つ。

 山を二日かけて下って、さらに二日程歩いた距離になるが、空飛ぶほうきなら直ぐに着く。


「さてと、ではこっちはかき回してやりますか」

 アドラーはしっかり寝て休んで、朝飯も食った。


 その代わりにドワーフの男達が徹夜で山道崩し、木を倒し、溜池から水を引いて通行不能にしていた。


 新たに三千の部隊が、攻撃を仕掛けに山に入ったが……アドラーは徹底的にやると決めていた。


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