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「知らねえ鎧だ。ドワーフが作ったものじゃねえ、見たこともねえ」


 山から出てきたドワーフ族は、アドラーとダルタスの鎧を見てさらに警戒を強めた。


 北の大陸では、まだ板金による装甲鎧が主流。

 南の大陸は、積層装甲に魔術を組み込んだ魔法防御型へと進化している。


「アドラー!」

 大きく声をかけながら、ミュスレアが駆けて来た。


 深刻な空気を察してか、それともアドラーの無事を喜んでか、表情は落ち着いたものでドワーフ族に敵意は向けない。

 だがミュスレア本人よりも、手にした槍に注目が集まった。


「ミスリルだ」

「いや合成金属だな」

「それにアドラーと言ったぞ、よくある名前だ」


 若い女とミスリル槍の登場、アドラクティア大陸から取られたアドラーと言う名前で流れが変わる。


 一人の若いドワーフ――男の年齢は髭の長さで見分ける――が、掻き分けるようにして前に出てきた。

 そしてアドラーを見て、武器を捨てて両目をこすってからまた見た。


「ア、ア、ア、アドラー隊長さま! い、生きて!? 自分、葬式にも出ましたです!」


 アドラーは、知らない顔だった。

 覚えてないと言った方が近い、時には数千人規模の独立旅団を率いた事もあったから。


「……葬式? 俺の? あー……」

 アドラーは、自分が三年ほど行方不明なのを思い出した。


「知り合いか?」

 立派な髭のドワーフが、若いドワーフに聞く。


「し、知り合いも何も、先の大戦を終わらせた七人の一人! あ、申し遅れました! 自分はカルパチア峡谷の防衛戦でアドラー隊長の指揮下におりました!」


「そうか、あの時のか。生き延びたか、良かったな」

 五年前の戦いをアドラーは思い出した。


 当時、十九歳になったばかりのアドラーは、強力なスキルと地球仕込みの学習能力で、ヒト族の中で嘱望される若手指揮官になっていた。


 大きな部隊を任されるようになり、収穫間近の穀倉地帯へ通じる峠を2358名の兵士と共に封鎖したところへ、十万体以上ナフーヌが押し寄せて激戦となる。

 この戦いで先頭に立ったアドラーは、指揮下の部隊を次々に入れ替えながら峠を守りきり、全体強化魔法の強さを証明した。


 空気が緩みかけたところで、厳しい声が後ろから飛ぶ。


「何をしてるの!? まだ生きてる人は沢山いるわよ!」

 攻撃を受けた集落から、リューリアが怒りの表情を男達に向けていた。


 ドワーフの男達は集落へ戻る前に、動かなくなった二匹のヤマクイムシに祈りを捧げてから走り出した。


 ひとまず警戒は解けたが、何かを言いたげな緑の瞳を見つけたアドラーは、足元に転がっていた従軍聖職者を蹴り上げて気絶させる。


 ミュスレアが純粋に不思議そうな顔をして聞く。

「ほんとに、こっちの人だったのね。さっきのドワーフ、アドラーのこと知ってた」


「えっ? その話は何度もしたじゃない」

「聞いたけどー、そんなほいほい信じれる話でもないし。キャルルが喜ぶ作り話をする困った人かと思ってたし」


「そんなっ!」と抗議しようとしたアドラーも、冷静になって思い返す。

 前世が異世界で未知の大陸生まれの元軍人で記憶が欠けてる、こんな奴を信じろと言う方が無理だ。


「う、うーん……それも仕方ないかな?」

「けどね、今は信じてるからね!? わたしの知らないアドラーが居たんだなあって思っただけ」


「そうだねえ、3年前まではこっちに居たんだよなぁ」

 アドラーはこの3年間、特にここ1年の出来事がとても濃いことに気が付いた。


 しみじみと話すアドラーを見たダルタスが吹き出した。


「わははっ、違うぞ団長! その鈍さでよく戦場を生き延びたものだ。姉御は、団長の昔の女が現れないか……うおぅ!?」


 紳士なオークが言い終わる前に、全備重量二百キロ近い巨体が宙に浮く。

 ダルタスが支えにしていた斧を蹴飛ばしたミュスレアが、背負い投げの要領でオークを放り投げた。


「ダルタス、その口の軽さでよく今まで生きてこられたわね?」

「す、すいません……」


 団の序列を叩き込まれたオークに、アドラーは知らぬ振りをして声をかける。


「少し偵察してくる。奴らが何処まで引いたか知りたい。ミュスレアは、怪我人の治療を。ダルタスは、こいつを何処かに放り込んで見張りを」


 アドラーは気絶した聖職者を預ける。

 三人は、戦いがまだ始まったばかりだと分かっていた。



 ドワーフが好む山や大地の神、彼らに捧げた地下室を持つ神殿が多くの命を救っていた。

 神殿の地下には、女子供が一杯になるまで逃げ込んでいたのだ。


 それ以外にも、竈や天井裏や納戸に押し込まれた子供、中には鍋を被せて母親が覆いかぶさり生き延びた赤子もいた。


 隠れ場所に入り切らないか、孫に譲った老人が多く死んでいた。

 百十人を数えた犠牲者で、八割が年老いた者だった。


 一度は『軽率か』とも判断したアドラーの行動は、結果的に正しかった。

 アドラーが出会った親子からも話を聞いたドワーフ族は、アドラー達七人を正式に招き入れると決めた。


 アドラー達とドワーフ族で会議になる。


「今直ぐだ! 追いかけて闇に紛れて復讐するのだ!」

「触れを回せ! 数を集めねばならん!」


 当然ながら、男達は激怒していた。

 アドラーが捕らえた坊主も渡せと要求されたが、これは断る。

 尋問をしなくてはならず、また使いみちもあるはずで、きつく縛り上げて湿った地下室へ放り込んだ。


 集会にも呼ばれたアドラーは、生き延びた者達にさせるべき事があった。


「話してもいいかい?」とアドラーが聞き、ドワーフは黙って頷く。


「逃げねばならない、隠れると言っても良いが。敵は大軍だ、先程の兵力の二十倍以上が、山を下った盆地に展開している。これに勝てる軍隊は……この大陸にはない」


 オーク族に負けず劣らず勇敢なドワーフ族に、このまま引き下がるなどありえない話。

 だが、彼らはアドラーの素性を聞いた。



 ”天敵”とだけアドラクティアの二足種族が呼び、竜の言葉で奴らを意味する”ナフーヌ”。

 364年に一度の大発生を終わらせたのは、七つの種族から選ばれた七人の戦士。


 その小さな部隊を率いたのはヒト族のアドラー。

 塔の崩壊と共に死んだと思われていた大陸の英雄が、戻ってきた。


 ドワーフは頑固で酒好きで暴れん坊ばかりだが、計算に強く賢い。

 まとまった意見を、ドワーフの族長が話す。


「分かった。あんたがあのアドラーなら意見は重い、従おう。我らは鉱山に隠れる。近くの集落にも使いを出そう。それで……奴らは引き上げるのかね?」


「自分は、その為に帰って来ました」

 ドワーフ族を安心させるように、アドラーは引き締まった顔で請け負った。


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