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サイアミーズ軍は、百人の小隊を五つで大隊を作る。
十二の大隊で一つの軍団となり、現在は二十四個もの軍団を備えている。
集落へ入り込んでいたのは二個小隊で、およそ二百名。
アドラーが倒したのは、一方の小隊長と副隊長だった。
「くそがっ、脆すぎるなこいつら」
アドラーは、予想外の反応に毒づいた。
頭を失った百人の兵士は、反撃もせずに一斉に逃げ出していた。
上官の死体も見捨てて全員で集落から遁走していく。
アドラーは追いながら周囲を探る、予想にない兵士の動きに冷静さが戻っていた。
漂う血の臭いと肌を刺すような敵意が充満し、戦いの記憶が蘇る。
この先に何が待つのかアドラーには、地球の知識とこの世界での経験から確実に予測出来た。
「指揮官を失った小隊は即座に大隊長の元へ戻り、無傷の小隊はその場で戦闘準備か。なら、浮かれて深追いすれば……」
アドラーは、逃げる一隊を追うふりをして村の入口から顔を出した。
村を攻囲していた残りの三百人が列を揃えて待ち構え、五十ほどの弾丸が一斉に飛んでくるが、即座に頭を引っ込める。
「なんて軍規だ、信じられん。大陸最強の陸軍は伊達じゃないな」
サイアミーズ軍の兵士は、小隊長と副官を失ってなお決められた軍律に従って後退し、アドラーを味方の杖列に引き込もうとした。
飛び下がって伏せたアドラーの上を、魔弾杖から発射された加速体が飛んでいく。
僅かに、アドラーの耳に敵の声が聞こえてきた。
「避けただと! くそっ、何処の者だ!?」
サイアミーズ軍は、『何者か』でなく『何処の国か』を気にしていた。
怒りが落ち着いたアドラーは軽率な行動を少し後悔した。
既に、魔弾杖を知る南の大陸の者だとバレてしまった。
「大隊クラスでこれか、先が思いやられるな」
定数六千の一個軍団に、大隊長は十二人もいて軍団長もいる。
アドラーでも、六千人とは戦えない。
だが集落に残る百人ならば、一戦交える価値がある。
敵の斉射の合間にアドラーは村の奥へ戻り、兵の死体から魔弾杖を集めた。
単純に金属の玉を発射するだけの兵器は、数が伴って素晴らしい威力を発揮していた。
魔力を補給する魔術師さえいれば、火薬も必要なく雨でも使える。
弓矢の矢は一人で五十本を運ぶのも難しいが、弾丸は二百発でも一人で運べる。
五百の兵士から一万発を超える攻撃を受けた集落は、既に廃墟だった。
穴だらけになった家の間を通り抜けたアドラーの近くで、二つの人影が倒れ込む。
影を認めたアドラーは、軽率な行動が無駄でなかったと知った。
「ひっ! お、お許しを!!」
「母ちゃん!」
貴重な鉱石が出る渓谷地帯の集落には、当然ながらドワーフ族が多い。
生き延びたドワーフの母親が、子供を庇いながら地面に頭を擦り付けて命乞いをしていた。
「静かに。大丈夫だ、味方だ。ヴィエンナ方面軍の……元だけど、敵じゃない」
アドラーはこちらの言葉で語りかける。
「急にやってきて! わたし達だけでは!」
母ドワーフは、まだ恐怖から立ち直れず顔もあげない。
「落ち着いて、山に逃げても良いが。逃してくれるか分からない、地下室があればそこへ」
『山』と聞いた母ドワーフがアドラーの顔を見た。
「お、男達が山に! 直ぐに戻ってきます、あなたも一緒に!」
母親は、アドラーにも隠れるように勧めたが、そうはいかない。
「そうか。男達が不在か、ならば急がねば。さあ早く!」
這うようにして一軒の家に入り込んだ母子と別れ、アドラーは進む。
ドワーフの男は、器用でそして勇敢。
家族を殺された彼らが侵入者に襲いかかり、そして皆殺しになる前に決める必要があった。
アドラーは、集落に居座る百人の小隊を伺う。
「円形で二重の防御陣、中央に指揮官と魔術師か。外と連絡を取ってるな」
銃とほぼ同じ魔弾杖なら、防御は方陣が良いがまだそこまで戦術が発展していない。
アドラーは敵の攻撃を誘うために、死体から拾った二本の杖を使う。
散弾になるように弾を三つ込めて、時間差で起動するように魔力の流れを調節してから、その場を離れる。
およそ六十秒後、無人の魔弾杖が円形の防御陣に向けて弾丸を発射し、小隊は一斉に反撃した。
次の弾を込めようとして出来た隙に、別の方角からアドラーが切り込んだ。
足音を立てずに忍び寄り、掛け声などなく静かに左右に振るわれた竜牙刀は、血しぶきと悲鳴を生み出しながら刃は最優先の目標を捉えた。
「ぐぁ……!」
ただの一刀で魔術師が縦に別れて絶命する。
「な、何者か!?」
小隊長と副隊長と、周囲を固める二十名ほどが剣を抜くが遅い。
アドラーの操る短射程の攻撃魔法が立て続けに炸裂し、副隊長と共に十人ほどが衝撃で転がる。
土埃と爆煙の中で、アドラーは小隊長の剣を指ごと落としていた。
「下がれ! 貴様らの隊長が死ぬぞ!」
アドラーは捕まえた小隊長が、部下に嫌われていないことを祈る。
「くそ、構わん! 俺ごと殺せ!」と小隊長が叫び、アドラーは少し安心した。
このタイプの指揮官は、部下には好かれるものだ。
「大隊長と話がしたい。その後にこいつは返してやる、もう無傷ではないけどな」
アドラーは一兵卒の判断を超える条件を持ち出した。
上司を名指しされると、部下は勝手に動けないのが組織の良いところ。
「本隊のとこへ行け! ただし死体を拾うのを許す」
きつく締め上げた小隊長に代わり、アドラーが命令を下した。
判断が付かぬ兵士達が動き出す、誰も直接の隊長を殺したくはない。
まだ四百八十人以上が残るサイアミーズ軍大隊と、小隊長を人質に取ったアドラーが向かい合う。
「部下を離し投降せよ。命は保証しよう」
徒歩の大隊長が告げた。
十人以上の同僚を殺された兵士は殺気立っていて、捕まれば命はないのはアドラーも分かっている。
だが大隊長は情報も欲しがっているので、直ぐに殺すつもりはないとも分かる。
そしてアドラーに投降する気などなく、一つの質問をした。
「この大陸には、先住民が住む。言葉も近く分かり会えるはずだ。何故殺した」
「やはり我らと同じ土地から来た者か……。ミケドニア、アビシニア、その他あるが所属を名乗られよ」
大隊長は質問で返した。
「種族連合ヴィエンナ方面軍所属、アドラクティアのアドラーだ」
アドラーは、古い所属を名乗った。
「アドラクティアとは何か」
「この大陸の名前だ」
大隊長も、周囲の兵士も息をのむ。
まだその名前も知らなかったようだ。
「シ、シルクスト大隊長、奴を捕まえよ! 貴重な情報源だぞ!」
軍の指揮官に口を出す者があった。
一人だけ騎乗し、衣服は軍人ではないが華美で偉そうなもの。
宮廷の者か神殿の者か何かの学者か、アドラーには判別が付かないが大隊長も気を使っている。
「まずいな……」
目の前で揉めてくれるのはアドラーには有り難かったが、別の問題が発生していた。
アドラーから見て左手の山陰に動く集団があった。
ミュスレアやダルタスではない、ドワーフの男達が山から戻ってきたのだ。
このまま混戦になるのだけは、絶対に避ける必要がある。
ドワーフ達がさらに殺されるだけでなく、訓練された数百人に囲まれればアドラーでも危険だった……。




