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 試しに転移装置を動かしても、土砂が出てくる事はなかった。

 それでもアドラーは、安全を確認する為にバスティを最初に送る。


「動物虐待だにゃ」

「神様なんだから我慢して」

「酷いにぁあ! まあうちは死んだりしないけど……」


 体だけなら時間はかかるが再生出来る猫の神は、罠もなく空気もあると確認して戻ってきた。



 アドラーとブランカは、ギルド対抗戦からおよそ三ヶ月ぶり。

 他の五人は初めて北の大地を踏んだ。


「兄ちゃん、暗い!」

「まっくら!」


 キャルルとブランカのテンションは高い。

 アドラーも心躍るのだが、はしゃぐ二人を見て落ち着かせる。


 ここはアドラクティア大陸の西岸沖にある離れ島。

 春から夏は本土から船が来ると、村人は語っていた。


 以前アドラーが会った村人達は、忠告を聞き入れて遺跡をしっかり隠していた。


「縄はしごがある……」

 明かりをつけたマレフィカが出入り口を見つけた。

 このあたりの住人は素朴である。


「いっちばーん!」とブランカが飛びついて猿のように軽々と登る。


「ちょっとキャルル、下から覗くんじゃないわよ?」

「誰が見るか、そんなもん! いたっ!」

 生意気な弟をしめたリューリアは、結局アドラーが背負ってよじ登った。


 それから、縄に荷物を結び何度も往復させる。

 今回のアドラーは様々な物を持ち帰っていた。


「では、私はこれで……」

 最後にマレフィカがほうきに乗って、縄を使わずに穴から出た。



 遺跡から出た地上は、シード島と呼ばれる孤島。

 冬のライデンから夏の青空へ移動して、アドラー達は一斉に服を脱ぐ。


 シード島の様子は、タタンカと呼ばれる黒い野牛があたりを走り回り平和そのもの。


「がおーがおっがおっ! ブランカ様のお帰りだぞー」

 再び故郷の土を踏んだ竜の子は、とてもご機嫌。


「ブランカ、ちょっと叫んでみて。仲間の竜を呼ぶつもりで」

「きょ、今日は吠えてもいいのか!?」

「ああいいぞ、存分に吠えろ。二度唸っても良いぞ」


 普段は、ライデン市に竜が飛んできたら大騒ぎになるので、ブランカのドラゴンブレスと咆哮は団長の許可制。


 しかしここまで来れば、何の遠慮もいらない。

 アドラーは、ブランカの眷属を使って空の旅を決め込むつもり。

 そのために、重いドリーさんと荷車は置いてきた。


「完璧な作戦だ。これでサイアミーズ軍が整う前に強襲して説得出来る。ふはははっ!」


 アドラーの高笑いに続いて、ブランカの鋭い遠吠えが北半球の空に初めて響き渡った。

 草を食んでいた野牛のタタンカがびっくりして走り出し、遠くの森では鳥の群れが逃げ飛ぶ。


「……何もこないな」

「うう……返事もない……」

「よ、よしブランカ、もう一度だ」


 次の咆哮は、少し悲しそうな響きが混じっていた。


「だんちょー、ひょっとして、あたしの一族はもう……」

「そ、そんなことない! そんなことはないぞ! ここは大陸から外れた孤島だ、きっと声が届かないだけだからな!?」


 アドラーは、涙ぐんだブランカをぎゅっと抱きしめる。

 ブランカが腰に回した手に力が入り、骨と内臓が悲鳴をあげたが団長は強化魔法を使って全力で耐える。

 アドラーもまさか何の反応もないとは思っていなかった。


「心配しないの、一族が見つかるまでお姉ちゃん達がずっと一緒に探すから」

「ほら泣かないの。かわいいお顔が台無しよ?」


 ミュスレアとリューリアが、ブランカを挟み込むようにしてあやす。

 三姉妹の三女の位置にある竜の子は、二人に交互に慰められてやっと顔を上げた。


「全然へいき! 竜は高い山がすき、だから行ってみないと分からない!」


 夏の日差しの中で、にこっと笑ったブランカに一行は安心したが、アドラーは困っていた。


「竜に乗せてもらおうと思ってたんだけどなあ」とは口が裂けても言えない。


 アドラーは失念していた。

 音波や振動で何十キロも離れてコミュニケーションを取る動物は沢山いるが、同族でも初めて聞く声には警戒が先に来ることを。

 ところが、竜の声を聞いてやって来た者もいる。


「あんれ? あんたら、また来ただか?」

 島の住人が、手に手に農具を構えてやってきていた。


 アドラーは、軽く手をあげて村人に挨拶をする。

 転生人のヒト族と、ヒトとエルフのクォーター、魔女とオーク、それに竜と猫の集団も、この大陸では目立たない。


 だが完全武装で珍しい文物を持ってるとなれば別。

 村に入ると、子供らが寄ってくる。


「がおー、だぞ」

「ブランカ、やめなさい」


 かわいいブランカが子供を脅し、綺麗なリューリアが叱る。

 村の子供らに警戒される要素は、まったくなかった。


 天敵である昆虫型モンスターが同居する北の大陸では、次世代を担う子供を親だけでなく社会で守る。


 孤児になったから、別の種族だからと区別される事はなく、子供らを守る社会はアドラーにとっても前世から馴染みのもの。


「村長の家さ行くだ。あれ以来、本当に三つ首の魔物を見なくなって、お礼を言いたかったでな」


 村の住人はアドラーを歓迎した。

 ケルベロス――元は南から来たものだが――を倒してくれた礼を改めてしたいと。

 村長との再会もそこそこに、アドラーは頼み事をする。


「ほう、今回は海を渡りたいと」

「そうです。この大陸に、優れた武器を持った軍隊がやってきます」


「交易船が来ておりますから、ご紹介はいたしましょう。いささか、信じ難い話ではありますが……」


「これを見てもらえますか?」とアドラーは、二丁の魔弾杖を取り出した。


 シャイロックに紹介させたカナン人の武器商人から裏ルートで仕入れた最新型、二丁で金貨十六枚。


「穴の空いた棒……?」

 シード島の村長の反応は、いたって普通。


「外で威力をお見せしましょう」

 アドラーは、最新兵器の実演を行った。


 手軽で高威力な武器をシード島の村長は欲しがったが、アドラーもここでは渡せない。

 もっと大きな街、出来ればドワーフの工房があるとこで二本ともくれてやるつもり。


 一本を実験用、もう一本を分解し、ドワーフ族なら数年内に模倣品を作れるだろう。


「同水準の武器があれば、一方的な侵略は止まる」と、アドラーは知っている。

 もちろんこの魔弾杖は、対ナフーヌ戦でも絶大な威力を発揮するはず。


 村長に紹介された交易船を、アドラーはこの夏一杯の契約で貸し切った。

 金貨に加え、これまた南の大陸特産である、風の精霊を呼ぶ帆を付ける。

 船主でもある船長は、素晴らしい笑顔でアドラーに雇われた。



 アドラー達は、アドラクティア大陸の南岸に沿って東を目指す。

 途中で巨大なサメや、手足を振り回すクラーケンが出るが、当然のように一蹴する。


「このあたしに襲いかかるとは、世間知らずな雑魚どもめ!」

 特にブランカは、故郷の大地から力を得て絶好調。


 アドラーは、北の大陸の地理を知っている。

 サイアミーズ国は、移転先がどの辺りか全く分からず、断片的な情報はミケドニアにも漏れた。


 バルハルトから情報を受け取ったアドラーは、敵の出現位置に目星を付ける。

 間違いなく大陸中央南岸の、渓谷地帯だと。


 だがしかし、まだアドラーは敵対するとは決めていない。


 サイアミーズ国が、武力を脅しに使い有利に話を進めるにしても、平和的に交易を申し込むならば手を出す理由がない。

 それはアドラーにとって、理想的な両文明の接触だから。


 昆虫型の魔物ナフーヌの侵入が少ない渓谷地帯には、街が点在する。

 その一つをアドラー達は目指す。


「待て、ここで止まれ」

 アドラーが右手をあげて、全員が止まる。


「ミュスレア、全員を連れて山に隠れろ。俺は様子を見てくる」


 街まで数キロの地点で、アドラーが単独で斥候に出る。

 炊事にしては濃すぎる煙と、嫌なものが焼ける臭いが漂っていた。


 アドラーは、この大陸の住人とも、サイアミーズ国とも意思の疎通が出来る。

 多少の揉め事ならば、出て行って穏便に解決することが可能。


 崖の上から町を見下ろしたアドラーは、大声を出してしまう。


 視界に入ったのは小さな町で、住人は千も居ない。

 飾り程度の防壁は、強力な正規軍を相手には何の役にも立たず、家が崩れて人が倒れていた。


 その中に、ドワーフ族の子供と思われるものが幾つかあった。


「何てことをした! 貴様ら、子供を殺したな!!?」


 町を攻めたサイアミーズの部隊は、全部で五百人あまり。

 圧倒的な軍事力で、戦死どころか負傷者すら出さずに攻略し、食料をかき集めていた。


 渓谷に響く声で叫んだアドラーが、崖を滑り降りながら剣を抜く。

 強力な自己強化を展開すると同時に、竜の牙を埋め込んだ刀が目覚める。


 アドラーの二つの人生で、怒りに我を忘れたのはこれが二度目。

 一度目は前世で命を落とす原因になった、殺される子猫を見つけた時だ。


 不意を突かれた兵士の首が二つ同時に飛ぶ。

 よく訓練された兵士達は、奇襲されながらも武器を手にして指揮官を見るが、アドラーはその視線を追っていた。


 小隊長とおぼしき者が、三人目の戦死者。

 兵士は指揮序列に従い次の指揮官を見たが、命令が出るよりも早く、アドラーが殺す。


 正副両方の隊長を失った兵士は脆くも崩れたが、逃げる兵士の背中も怒り狂ったアドラーは斬りつける。

 二つの大陸の出会いは、最悪なものになっていた。


種子島になりそこねたシード島

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