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 遺体の状態は酷い。

 まだ腐ってないのが幸いだが、胴体を中心に食い荒らされている。


 村の司祭は立腹していたが、何とか説得して皆で祈ってから詳細に検分する。


 アドラーも詳しくないが、村の者達は損傷した遺体など見たこともない。

 自然とアドラーが主導権を取る。


「鼻と口に上から噛み付いてる、これは狼が獲物を仕留める時に多い。獅子は首を狙う。それに体の半分がない。野生の獣は一度に体重の2割程は食えますが……かなりの大物だ」


 被害者は男だった。

 爪や手を調べても、ほぼ抵抗なく一撃でやられている。


「これほどの攻撃力は、コボルトや人狼にはない」

 アドラーが断言すると、村の主だった者達はざわめく。


 一人が声をあげた。

「集団で襲ったのでは?」


「なら、これと比べてみましょう。太もものところに、綺麗に歯列が残っている」


 アドラーは父コボルトの歯型を取ったパンを持ちだした。

 比べるまでもなく、牙の深さも口の大きさも軽く3倍は違う。


「で、では、この殺人犯はまだ何処かにいると?」

 村長が慌てはじめた。


 アドラーには、一つだけ心当たりがあった。

 狼などの野生生物は、長く生きて魔物化することがある。

 寿命と知恵と力を伸ばし、魔力を身につけることさえある。


 アドラクティア大陸では、魔狼と呼んでいた。

 これは人に化けて紛れ込み、人も襲って喰う。


「村の男達を集めてもらえますか。これだけ大きければ、たぶんオスでしょう」


 村人に混じっている可能性を聞かされ、村長は恐慌をきたした。


「な、なんですと!? やはりコボルトの通行などを許可したのが悪かったのか! 村に悪魔が入り込んだ!」


 アドラーは、人に化けた魔狼の見分け方を二つ知っている。

 一つは水に浮かべた木の板に乗せる……これは単に普通の人よりもずっと重いという意味だが。


 そしてもう一つは。


「村長、それは違いますよ。むしろコボルトが居ないから村に入り込めるのです。私の故郷ではコボルトと共に暮らしてたので、魔狼にも直ぐに気付けましたよ」


 この男は一体何を言い出すのかと、村の面々は奇異な目でアドラーを見る。

 劣等種として見下すコボルト族と、同じ村で暮らすヒト族などこの大陸には居ない。


「実践してみせましょう、さあ村の男達を集めてください。私はコボルトにお願いしてきます」


 教会の外で待つコボルト一家のもとへ、アドラーはさっさと歩き出す。

 父コボルトは、アドラーの頼みを快く受け入れてくれた。


『しかし……狼の群れだらけのアドラクティアと違って、こんな人が多いところに出るとは珍しいな』

 二年をこの近辺で過ごしたアドラーにとっても、初めての経験だった。


 とっくに日は沈んでいたが、村の男達は全員が集まった。

 魔狼はまだ逃げてない、余程己の力に自信があるのかとアドラーは警戒を強める。


「コボルトの処刑が見れるのか?」

「殺人鬼だ、ばっさりやれ!」


 口々に騒ぐ村の男達は、集められた理由を知らない。

 冒険者ギルドから来たアドラーが、コボルトを始末すると思っている。


 アドラーは、父コボルトに訪ねながら男達の集団を二つに別ける。

 そしてまた二つ、そしてまたと次々に小さく別ける。


 八名が残った。

「すいませんが、5歩くらいの距離を空けて並んで貰えませんか?」


 集団の中で正体をバラして暴れだすと死者が出てしまう。

 大まかに特定しながら孤立させるアドラーの作戦は上手くいっていた。


 一番口汚く「コボルトを殺せ!」と叫んでいた男の様子がおかしいと、アドラー以外の者も気付く。


 松明の光を避けるように、じわじわと後方の闇の中へと下がる。

 アドラーは、その男の前に立った。


「どうしました? 顔色が悪いですよ。それに、大きな耳と口まで見えそうですが」

 フル装備の冒険者に詰め寄られた男は、ゆっくりと周囲を見渡す。


「そいつです!」と、父コボルトが叫ぶと同時に、魔狼が正体を現した。


 体は一気に三倍以上に膨れ上がり、骨も砕く爪と顎、強靭な肉体に魔力を備えた上級に位置するモンスターへ。

 軽く跳ね上がったように見えた体は、一足で三十歩分は後方へ飛んだ。


 が、アドラーは着地の一瞬を狙っていた。

 背中から丈を詰めた槍を引き抜くと、攻撃能力の強化を全開にして投げつけた。


 ただ高速で投擲されただけの槍は、魔狼の胸部を貫いて更に飛び、遥か先の木に突き刺さって止まる。


 心臓を含む重要な器官が同時に消滅した魔狼は、断末魔すらなく倒れた。


「一応、女子供も見ておきますか」

 アドラーの提案に、村長は何度も頷いて同意した。


「村長、もうお分かりかと思いますが、コボルトの鋭い鼻は忍び込んだ魔物を暴きだしてくれるんです。酷い扱いをすると、助けて貰えませんよ?」


 村長は、続けて何度も何度も頷いた。


 疑いの晴れたコボルト一家は、抱き合って喜んでいる。

「よくやった!」と、バスティが肉球でアドラーの足をぽんっと叩いた。


「そうだ、村長……あれ、居ない?」


 村長は、女子供を呼びに駆け回っている。

 アドラーは、代わりに村の長老達に言った。


「あれの退治は団長就任記念にサービスしておきましょう。なるべく早くに燃やしてしまうことですね。今後とも、”太陽を掴む鷲”団をご贔屓に!」


 アドラーの指さした先には、巨大な狼の死体が転がっていた。


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