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円卓には、改めてアドラーとバルハルトが向かい合う。
二人の横には、キャルルとアスラウがちょこんと座る。
この少年二人には背が低い以外にも共通点があった。
キャルルの父親は、子供三人を置いて逐電した。
アスラウの父親は、息子に才能があると見るや無理な魔力強化を施した。
ただし母親が姉である皇后に泣きながら訴え出て、アスラウは父親から離れることができた。
二人とも、今は親代わりのアドラーとバルハルトを大変尊敬している。
「本命の議題は他にあるのだが……」と侯爵閣下が始めだ。
「マクシミリアン殿下は、賢いお方だがせっかちでな。思い付いたら行動に移さねば気がすまぬ。アドラー団長の提案は、望みの方向へ動くことが期待できるであろう」
珍しくバルハルトが官僚のような答弁をした。
アグリシア家の領地ならば、マクシミリアンが立案し父陛下が決済すればそれで事足りるが、最終的な目的は諸侯の弱体化と統一された帝国軍の編制。
手始めになる少数種族の保護も、諸侯と都市と聖職者の代表が集まる議会で、帝国法として成立させねば意味がない。
数年かけて条文の作成と根回しを進めるが、ここで滅びたデトロサ伯フェリペの事例が役に立つ。
公式記録では、ゴブリン族の扱いに怒った守護神が”謎の戦闘集団”を遣わしたと残る。
誰もああはなりたくない。
この世界では、神さまがそこら中に実在するのだ。
「それにしても、殿下は聡明な方ですねえ」
アドラーも驚いていた、最上位の専制支配階級があれほど物分りが良いとは予想していなかった。
「であろう? 実は帝室の方々には秘密があってな」
嬉しそうに髭を持ち上げたバルハルトが、公然の秘密をアドラーに語る。
「アグリシア家の直系には、法典図書館と呼ばれるお力が受け継がれておる。歴代の家長が執筆編纂した書物を、何時でも自由に知識として使えるのじゃ」
「それはまた、えげつない……」
アドラーは絶句した。
王家や貴族には、その地位に座り続ける理由がある。
優秀な先祖から優れた素質を受け継ぐことを期待され、そしてマクシミリアンの持つ力は統治者として破格なもの。
アドラーはさらに気付く。
「と言うことは、皇帝になったらせっせと本を書く必要があるので?」
バルハルトがにやりとする。
「そこに気付くとは流石よのう。お陰で歴代の皇帝陛下は、勤勉な働き者ばかりじゃ。新しい本を残さねば子孫が苦労するでの。じゃが、わしが陛下に伺った話では、最も役に立ったのは五十代ほど前の皇帝ネロスが記した夜の技術書じゃとよ」
皇帝の懐刀と呼ばれる将軍は、飲み屋のような落ちで締めた。
「バルハルト閣下……そろそろ本題に移りましょうか?」
ひと笑いしたアドラーが促す。
「お、よし、そうじゃな。結論から言おう、帝国が抑える転移装置は二基あるが、どちらも魔術師どもが起動に苦戦しておる。それに対して、サイアミーズ国は北の大陸の調査を始めたようじゃ」
「ふん、この国の宮廷魔術師は無能ばかりだからな」
アスラウが父親の所属する集団を突き放すと、バルハルトは少し悲しそうな顔になったが冷静に話を続ける。
「転移装置のある遺跡は、今は魔術師の管理下にある。警護はわしの部下どもで、アドラー団長を密かに通すことも可能じゃが……仮で良いので帝国軍の所属となってくれぬか?」
侯爵に昇格したバルハルトは、アドラーの持つ情報も含めて是非とも手元に欲しい。
だがアドラーには決めていることがある。
これまでの最優先はキャルルたち三姉弟を守ることで、これは変わらない。
帝国はともかく、話の通じるバルハルトとは協力したいとも思っている。
だが強大な力を持つ者の態度は、容易に変わる。
そして牙を剥いた先進技術を持つ超大国に対して戦えるのは、敵を知るアドラーが指揮する部隊だけである。
今はまだ、こちらの国に所属するわけにはいかない。
ふとアドラーは思う。
「ミュスレア……怒るかな」と。
サイアミーズやミケドニアと戦う事になれば、アドラーは故郷の種族連合軍に復帰するつもり。
その時は、ミュスレア達をスヴァルト国へ送って別れる。
「何年経っても必ず迎えに来る」とミュスレアに約束するつもりだが、果たして平手打ちで許してもらえるかどうか……アドラーには自信がなかった。
「バルハルト閣下、一つ提案したいことがあります」
「聞こうか、アドラー団長」
「あちらの大陸は、一筋縄ではいきません。土地の魔物は大きく、蟻や蜂のように群生するナフーヌが数百万単位で敵対しています。もちろん住む人々は、その脅威に備えています。ミケドニア帝国が、新大陸の住人との交流で軍事的手段を放棄するなら、私がサイアミーズ国を止めます」
バルハルトは、ハゲ頭をパシンと叩いた。
「……や、それは約束は出来かねる。そもそも、貴公にそれが可能なのかね?」
アドラーでも、大陸最強の正規軍を相手に戦うのは無謀だが、あえて強気に出ていた。
「両大陸を知り尽くした私ならば。ただし、あの国が至って平和的な場合は別ですが」
このまま放置すれば、両国が軍事力を生かすのは火をみるよりも明らか。
ならば相手にするのは片方にしたいと、アドラーは賭けに出た。
「それは、殿下がおられる時に申し上げてくれたら……」
バルハルトもつい本音が出た。
「いや、だってあんな人が居ると思ってませんし。しかもさっさと帰っちゃいますし」
アドラーも本気で答える。
「うむ……遠征軍の総司令官はわしじゃ。わしの目が黒い内は、出会った民草に指一本出させん。略奪も乱暴も許さぬ、軍令を破った者は厳罰をもって当たる。ありきたりじゃが、この約束をわしの名にかけよう」
「わたしはバルハルト閣下を信じることにします」
アドラーはきつく念を押した。
「ところでアドラー団長、我が国の転移装置はまだ動かぬ。それまでどうするつもりじゃ? 何ならわしの顧問として訓練に参加でも……」
侯爵閣下はまだ取り込むことを諦めていなかったが、アドラーには策があった。
「そこは、ライデンの冒険者に任せていただきましょう!」
ライデン市、冒険者ギルド本部の酒場。
バルハルトから分捕った軍資金、金貨百枚をアドラーは机に乗せて言った。
「おい、暇人ども! 頼みがある、探して欲しい遺跡がある。大至急だ、手を貸してくれ!!」
何事かとアドラーを見た冒険者たちは、見知った顔に寄ってくる。
「何用だ? ドラゴンでも出たか、それとも喧嘩か?」
真っ先に”銀色水晶”団のタックスが声をかける。
「グラーフ山の遺跡群から、たった一つを探して欲しい。お前らにしか出来ない、なるべく沢山のギルドに声をかけてくれ!」
聞くからに面倒なアドラーの頼みを聞いた勇猛なライデンの冒険者達が、にやっと笑ってから集まり始めた。
「お前ら、商談なら外でやれ!」
飲み屋のマスターが怒鳴ったが、まだ本気ではない。
最近の”太陽を掴む鷲”には、評判がある。
首を突っ込むと何でも大事になる
命が惜しいなら入団はやめとけ
団員は変わった奴ばかりで団長は変人だ
最近は冒険者ギルドかどうかも怪しい
ただし、あいつらは強くて信頼出来ると
ライデンでも最古参の名門ギルド、しかし最近は別の意味で有名な”太陽を掴む鷲”の依頼に、数十のギルドが一斉に興味を持った。
「騒がしいな何事だ!? お、アドラーか久しぶりだな。よし任せろ」
ライデンのトップギルドの副団長、青のエスネが最初に請け負った。
”銀色水晶”団も、アドラーに助けられたことがあるマークスの”鷲の翼を持つ猫”団も即座に受諾する。
ダルタスご執心のハーモニアが率いる”大いなる調和”団までやってきた。
アドラーは、ギルド対抗戦の時に見つけ、その後に行方知らずの転移装置が生きている古代遺跡を、ライデンの冒険者達を頼って見つけるつもり。
手を挙げたギルドは――丁度暇な冬だったこともあり――あっという間に三十を超えていた。




