冒険は新大陸へ
一ヶ月以上の旅から、”太陽を掴む鷲”の面々は帰ってきた。
バルハルトが船を用意してくれかなり短縮出来たが、ライデン市はもう冬である。
「もうすぐ兄ちゃんを拾って三周年!」
キャルルが妙なことを言い出した。
前世の地球でのアドラーは、虐待虐殺される猫や子猫を助けようとして殺された。
その後、犯人がどうなったかも知らないが、人が死ねばタダでは済まない。
何よりも、最後の記憶は一斉に自由になって飛び出す猫たちの姿。
この世界での生まれは、北の大陸アドラクティア。
混ざった記憶は何時しか一つの人格になり、勉強法を知っていたアドラーは魔法を覚える。
”猫と冒険の女神”から貰った素質を、13歳から八年過ごした軍で伸ばし、敵対する群生型モンスターの本拠地を吹き飛ばした余波で、南の大陸にやって来た。
「もうそんなになるのかー」
アドラーは、瀕死のところを見つけてくれたキャルルの肩に手を置く。
「ボク、大きくなったでしょ!?」
「本当に背が伸びたなあ」
アドラーは嬉しそうに返事をする。
少し前なら、キャルルの頭に手を置いていた。
「わたしも成長したわ!」
リューリアが弟と反対側に並んで立った。
成長がゆっくりなクォーターエルフは、まだまだ成長期。
「あたしも大きくなるよ? ご飯を食べれば」
ブランカが夕食の催促をした。
一行は、市場を通り抜けながら食材を買い込む。
バスティは食事の時は人型に戻ったりするので、全部で八人と一頭分。
「ちょっとギルド本部に寄ってくる]
アドラーは、クエストの完了報告と、幻影団に報せてくれたお礼を言いにギルド本部へ入った。
何時も通り騒々しいギルド本部では、優秀な受付嬢テレーザが迎えてくれる。
「あらお帰りなさい。今回は長かったですね」
「お陰様で、助かりました」
「みんな無事で何よりですよ」
テレーザは、クエストの報酬欄が鉱石一つの報告書を見ても、何も言わなかった。
その代わりに「今度、良さそう依頼があればお知らせしますね」と言った。
もう一度お礼を言ったアドラーは、ちょっと高めの便箋を買い求める。
便箋に短い文章と自分の署名を魔法のペンで書くと、ギルド本部の周辺にいる少年に銅貨数枚と合わせて渡す。
「これ、バルハルト様のお屋敷に。場所は分かるかい?」
「うん!」
元気に返事をした少年が走っていく。
キャルルよりもずっと年下で、お使いをして小遣いを稼ぐ子供が、ギルド本部の周りには何時も数人はいる。
小遣いだけでなく、時には中で冒険話が聞けたりと、ライデン市の少年達には人気のアルバイト。
「なんだ、手紙ならボクにやらしてくれれば良いのに」
キャルルも、ミュスレアの帰りを待ちながらこのバイトをよくやっていた。
「キャルルが何処か行くと中々戻って来ないでしょ? 今日はみんなでご飯を食べましょう」
ミュスレアが弟に手を伸ばしたが、キャルルはさっと逃げる。
「なんでよ! 昔はクエストから戻ってきたら真っ先に飛びついて来たじゃない!?」
「何年前の話だよ、もうそんな子供じゃないし!」
男の子にとって家の外で母や姉に甘えてるとこを見られるなど、死活問題である。
だがリューリアが冷静にいった。
「ほんの一年前の話じゃないの。その頃まだ、私やお姉ちゃんと一緒に寝てたし」
「なっ、そ、そんなこと言うなよ!」
キャルルにも知られたくない過去があるが、それは姉達が思い出話として喋りたがるものだった。
「もうすぐ一年か……」
アドラーにとっても、団長になってからの九ヶ月は早かった。
これから南の大陸には冬が来る。
冒険も戦争も休憩に入る季節で、足を伸ばしても町や村の周りまで。
野営もままならず傷口が凍る季節に動き回るなど懸命とは言えず、そして当然のことだが、北半球の大陸はこれからが夏だった……。
夕刻、バルハルトからの返事を秘書官が直接持ってきた。
「明日、伺えば良いの?」
「はい、何時でもお待ちしております」
「午前中には伺うと伝えてください」
「了解しました。それと、是非キャルル様もご一緒にとのことです」
恐らくは友達になったアスラウの指名だろうなと、アドラーは思った。
「分かった連れていくよ」
忙しいはずのバルハルト侯爵が、丸一日をアドラーに用意した。
重大な要件、それも新大陸に関することは間違いなかった。
汚れてはいないが至って普通の服と、剣も持ってアドラーとキャルルが歩いていた。
バルハルトは礼儀や服装にはうるさくない。
自身も簡素で動きやすい服で、宮廷用語など使わずにざっくばらんに喋る。
だがこの日のバルハルト邸は様子が違った。
「お腰の物をお預かりさせていただきます」
見慣れぬ衛兵が、アドラーの剣を受け取った。
「ボクの剣も?」
キャルルが背中の剣を見せる。
「申し訳ありませんが、こちらでお預かりいたします」
衛兵たちは丁寧に対応するが、装備も動きも気配も並の者ではない。
ギムレットやミュスレアに匹敵する兵士が、見える範囲で二十人以上も警備している。
これにはアドラーも察する。
選りすぐったとしても、これだけの兵士を揃える国は大陸に三つしかない。
「……礼服を持って来るんだった。貸してくれないかな、バルハルトの爺さん」
アドラーの呟きが聞こえたかのように、屋敷の主人のはずのバルハルトが出迎える。
「そのままで良いぞ、公式ではないから気楽にな。わしはお止めしたんだがなあ、話題のアドラー団長に是非会いたいと申してな。あー、お前らは下がれ、わしが案内する」
バルハルトが手を振ると、衛兵たちが道をあける。
「兄ちゃん、なに? 何事なの?」
キャルルはさすがにまだ分からない。
「この爺さん、人が悪いだろ? 内緒で偉い人を呼んでたんだ」
アドラーは親指で侯爵を指す。
「そう言わんでくれ、大々的にとも行かんのだ。記録上は帝都におられることになっておる。作法などは気にせんで良いぞ、立礼で十分じゃ」
屋敷の奥、一番豪華な部屋に通されたアドラーは、正面に座っている人物を認めた。
アドラーと同じくらいの年齢だろうか、血筋のもたらす気品と他人を見下ろすのに慣れた態度が分かる。
しかし、アドラーが頭を下げるよりも先に立ち上がって口を開いた。
「そなたがアドラー殿か。初対面であるな、いや余は見たことあるのだよ。ライデン市で行われたシュラハトでな」
アドラーは一礼して、そのまま返事をした。
「お目にかかれて光栄でございます、殿下」
ミケドニア皇帝の第一子でアグリシア家の法定相続人、次の皇帝選挙で帝位に就く人物が待っていた。
「へー、すっげぇ」
キャルルの本音が漏れたが、皇子は不快を示すこともなく笑顔で答えた。
「キャルル殿だね、君の活躍も見学させてもらったよ」
皇子は、血と地位だけでなく、戦場で部下に好かれる態度も身に着けた男であった。
『頼まれたら断れない相手のようだ』と、アドラーは思う。
椅子に座っていたアスラウがキャルルを誘い出し、二人で遊びに部屋から出た後、アドラーとバルハルトと帝国の皇子の会談が始まった。
ここまで来れば、最初に設定していたラストまで書けます
もう途中で終わる心配はないので応援よろしくおねがいします!




