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 黒竜が白虎を追いかけている間、アドラー達は釣りをしていた。


 密林を流れるレーナ川の支流は魚影も濃く、女神の恵みがなくともよく釣れる。


 糸を垂らすのは幻影団の男子達。

 女の子らは「えっ、虫とか触れないし」と冒険者らしからぬ言い訳をしてお喋りに励む。


 ダルタスは斧の研ぎに精を出し、アドラーはねじり鉢巻で獲物を待っている。


「えらを突き、尻尾に切れ込みを入れて血を抜く。頭を落として腹を割る。これが本おろしで、一太刀なら大名おろし。三枚おろしの出来上がり!」


 思う存分、地球の知識を活かす。


「お刺身も出来るけど、川魚は寄生虫がね。小麦粉と獣油があればムニエルとかも……」


 ここでアドラーは反応を待ったが、リューリアもブランカもお喋りに夢中。


「ん、俺は塩を振ってよく焼けば文句はない」

 斧からは目を離さず、ダルタスが雑に相手をしてくれた。


「……鮮魚の扱いはこの世界には早かったかな……」


 太陽と鷲の団員は、アドラーを信頼し気を許しているが、気を使うという事もなくなった。


 アドラーは、持って帰るために切り身を保存する。


 塩をふって布に包んで木炭を一本入れ、裏が涼しく表は暖かいマレフィカ特製の魔法の毛布にくるむ。

 片面の熱をゆっくりと反対側へ移動させる魔法道具で、アドラーは食品の保存に愛用していた。


「へえ、そんな使い方も出来るのですか。手伝いますね」と、アストラハンが寄ってくる。


 ここ数日、幻影団の実質的な団長は、何かとアドラーを手伝ったり役に立つ所を見せようとする。


 アストラハンは、短めの髪が寝癖のように左右に跳ねて、少し冷徹な感じはあるが人目を引く顔立ち。

 女神の孤児院育ちの団長代理という、アドラーも真っ青の主人公属性で、戦闘能力も高い。


「あの、アドラーさん。戻ったら二人で話がしたいのですが……」

 ついにアストラハンが切り出す。


「分かった。何でも聞くよ」

 若くて伸び盛りの青年が、故郷を出て自分の力を試したくなったとアドラーには分かっていた。



 短い冒険の収穫は、ダルタスの斧と二日熟成させた魚の切り身。

 湖の女神に会って黒竜まで呼び寄せたが、太陽と鷲ではよくあること。


 ただしキャルルは残念そう。

「えっ、竜!? いいなあボクも見たかったなぁ……本物の竜」


「なんでだ! 目の前にいるだろ!?」

「こんなのじゃなくて格好いいのが見たい!」


「こんなって言ったな!」


 ブランカが白い尻尾を伸ばしたが、キャルルは見事に避けてみせた。


「むっ!?」

 しばし、地上最強の竜種の姫がクォーターエルフの少年を追い回す。


 何時もは手も足も出ないキャルルが、少しだけブランカの動きに付いていく。


 アドラーも目を見張った。

「へえ、凄い加護を貰ったな。どの神さまに頂いたの?」


 キャルルは、ちょっと恥ずかしそうに、そして嬉しそうに答えた。

「バスティの姉さんの一人から貰ったんだ。兄ちゃんと同じようなのが欲しくて……」


「苦労したんだにゃ。アクアと一緒にうちも拝み倒したにゃ」

 バスティもやって来た。


 ”猫と冒険の女神”は、この南の大陸メガラニカにも何柱か存在する。

 バスティは一番年下で、世間にはほとんど知られていない。


 力を持つ姉の一人に降臨してもらい、女神二人とキャルルが頼みこんだ。


「だから、こういう事も出来る!」

 キャルルは、アドラーにも強化をかけてみせた。


「広域? いやデュオかな。攻防に五割以上、こんな強力な神授魔法は滅多にないぞ」

「凄いね兄ちゃん、そこまで分かるんだ!」


 キャルルが目を丸くする。

 自身と仲間一人の攻防能力を大幅アップ、これがキャルルが新しく貰った能力。

 あとはエルフ王に貰った剣を使えるようになれば、超一流の冒険者になる素材を少年は手に入れた。


 ただし、たった一つだけ弱点があった。


 北の大陸アドラクティアを統括する”猫と冒険の女神”の長女から貰った、アドラーの全体強化特大は、同系であるキャルルの強化を上書きする。


 キャルルが自分の力で戦い始める時まで、しばらくはお預け。


「アドラー、見て見て。わたしはこんなの!」

 長女も貰った力を披露する。


 意外なことに、ミュスレアは守りの魔法を望んだ。


「守りたい人が増えたから……」という、とても彼女らしい理由で。


 女神アクアは、最初は盾の女神(アイギス)に頼もうとしたが、人気のあるアイギス様はがめついのでも有名。

 タダ働きはごめんとばかりに、居留守を使われた、とアクアがいった。


「それで代わりに来てくれたのが、びっくりなのよねえ」

 女神アクアが、右手をなんとまあの形で振りながら語る。


 ミュスレアの願いに応じたのは、盾の女神の上位神である守護の女神(アテナ)だった。


 主神級の、戦闘系の神々でも最上位の力を持つ女神の降臨に「神殿が崩れるかと思ったわ」とアクアは語る。


 守護の女神(アテナ)の力は絶大だが、地上の者が受け取れる量には限度がある。


 ミュスレアが授かった魔法を使うと、オーロラのような光の壁が辺りを包み込む。


絶対障壁(ファランクス)っていうんだって。どんな攻撃にも耐えるけど、使えるのは一日に一度だけ」


「伝説級じゃないですか」

 最強女神の贈り物は桁が違った。


 歴史の中では、竜や巨人に挑む時代の勇者が守護の女神(アテナ)の加護を受けたと残る。

 だが最近では、都市や国の守護神として崇められ、個人に力を貸すことはほとんどない。


 それに加えて、ミュスレア個人の防御力も大きく上昇していた。

 こちらはアドラーの特殊強化と乗算されて、さらに能力を伸ばす事が可能だが……ミュスレアは数年後に、冒険者を引退する。


 そしてアテナの加護は、彼女の子供へと受け継がれていく。



 新しい加護を授かったお祝いとお別れ会が開かれていた。

 幻影団と太陽と鷲団、合わせて二十名ほどのささやかな宴会。


 アドラーは寿司を披露したが、この地域の米のような穀物と生魚は相性が悪かった。

 ただし熟成させた魚の評判は上々で、炙って出すとあっという間に食い尽くされた。


 アドラーとアストラハンは、二人で人気のない神殿廊下に居た。


「もうお察しかと思いますが……」

「察しは付くけど、はっきり聞かせてくれないか」


 アストラハンは、”太陽を掴む鷲”でやっていきたいと述べた。


「ルーシー国に不満はないんです、田舎ですけど。仲間も兄弟同然で育ってきて、アクア様も生みの母以上に愛しています。けど、強い冒険者の集うギルド対抗戦に参加して、自分の可能性を試してみたくなったんです!」


 アドラーからしても、アストラハンの実力には問題はない。

 それどころか、ライデンの冒険者ギルドの何処でも一軍に入れるレベル。


「その前に、一つ聞いておきたい。もうみんなには話したのか?」


 幻影団の隊員がアストラハンを頼りにしているのは、アドラーから見てもよく分かる。

 二つ返事で連れて行くつもりは、太陽と鷲の団長にはない。


「そ、それはまだ……けど、分かってくれると思います」

 若いアストラハンは、孤児院で共に育った仲間達にまだ甘えていた。


 アドラーは、一度は断るつもり。

 後任の団長代理を育ててからでないと、アストラハンが後悔する事態になりかねないから。


 続けて説得の言葉をかけようとしたアドラーを、女性の声が遮った。


「アスラ、お願い! いかないで! アドラーさまも、連れて行かないで下さい……」


 アストラハンをあだ名で呼んだのは、クリミアだった。



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