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「ところで団長、試し斬りがしたいのだが」

「木でも切ってろ」


 ダルタスが、戦いたくてうずうずしていた。


「だんちょー、虫だらけ」

「うーん……ハーブを絞った汁かけるか?

「やだ、臭い」


 成層圏を飛びマグマの淵にも住めるドラゴンにも弱点があった。

 砂漠では少なかった羽虫が大量にブランカにまとわりつき、尻尾を振って応戦しても減る気配がない。


「竜の血を吸って変な魔物にならなきゃ良いがなあ」

「ううぅ、だんちょー! もう我慢できない!」


 ブランカの魔力が一点に集中し始める。


「バカこら、それは駄目だ!」

 アドラーが慌てて口を塞ぐと、ブランカは恨めしそうにもごもごと喋った。


「あのブランカさん、これ着て下さい。ごめんなさい、私達が人数分用意してなかったから」


 ”鷲の幻影”団のクリミアが、虫よけマントを差し出す。

 この地域にも足を伸ばすことがある団の備品。


「ひぃひぃの?」

 口を封鎖されたままのブランカは一応聞いたが、返事を聞く前にマントに手を伸ばしていた。


 アドラーは「あっ、けど、その……」と遠慮しようとしたが、クリミアには別の者がマントを差し出す。


「これ、使え」

 アストラハンが自分の虫よけマントを渡し、自分はアドラーがハーブから作った虫よけ汁を使う。


「あ、ありがとう」と言ったクリミアの頬は桜色で、幻影団の者たちはニヤニヤしていた。


 流石のアドラーも、これには気付く。

 特に気にしてないブランカは、二人にお礼を言ってマントを被る。

 羽虫が嫌がる魔法に包まれた白竜は、ご機嫌になり歌い出す。


「がおーがおー、あたしはブランカ、ガキ大将ー、天下無敵のドラゴンだぞー。がおーがおー、怖いものはないけれどーご飯抜きは勘弁なー」


 アドラーが覚えていた地球の曲に、鳴き声をいれたもの。

 ライデン市へとやってきたブランカは、今では森の家でガキ大将として君臨していた。


 意地悪な男子も寄せ付けないブランカは近所の女の子達からも認められ、遊び友達が増えたと嬉しそうに語った。

 その時に、アドラーがこの曲を贈ったのだ。


 ブランカは女の子なので、キャルルと遊ぶのも良いがやっぱり女の子の友達が欲しい。

 どの世界のどの時代でも、女の子が好きなのが歌と踊り。


 アドラーは親心から地球の曲を教えたのだが、歌詞を聞いた食事担当のリューリアが怒った。

「わたしは、ブランカのご飯を抜いたりしません!」と。


 それからブランカは、歌の上手なリューリアに地方や流行りの歌を教えてもらい友達と歌っている。



 リューリアも虫よけマントを譲ってもらい、男達が虫刺されの数を自慢する一方で、白虎の捜索は難航していた。

 女神の頼み事は一筋縄ではいかない。


 ふとクリミアが尋ねた。  

「あの、ブランカさんは竜、なのですよね?」

「そうだよ?」

 ブランカはいまさらといった顔をする。


 女神アクアが「竜の子」と呼ぶので、幻影団の者達は自然と受け入れていたが、やはり不思議に思っていた。


「ならひょっとして、翼とか生えるのですか?」

「生えるよ! もっと強くなると、小さい体に収まらなくなる。そしたらお祖母様みたいに大きくなる」


 アドラーは、ブランカの祖母から詳しい話を聞いていた。

 力が増すと人の姿になるのは辛いと語っていたのは事実。


 だが幼くても人型になるのは難しく、ブランカは色々と学ぶ為に祖母が形を与えたと。


「わたしの若い頃にそっくりなのよ」と巨大な祖竜は言っていた。


「じゃあちょっと見てて!」

 突然、ブランカが口を開く。

 クリミアとあれこれと話す内に、竜らしいとこを見せたくなったのだ。


 牙の揃った口から出たのは、ブレスでなく咆哮。

 巨大な弦楽器を一番高いキーでかき鳴らしたような鋭い叫びで「がおー」とは程遠かった。


「急に叫んだら駄目でしょ!」と耳を抑えたリューリアが叱る。


「はーい、ごめんなさい」

 ブランカは素直に謝って、アドラーもダルタスも驚いただけだったが、幻影団の六人の様子は違った。


 しばらく目を見開いて硬直し、最初に正気を取り戻したアストラハンが大きく息を吐いた。

 それから順番に動きを取り戻す。


「び、びっくりしました。衝撃に包まれるというか、恐怖で足が竦んで……」

 アストラハンは不思議そうにブランカを見る。


「そういえば、竜の咆哮は根源的な恐れで呼吸も止めるって文献にあったなあ……」

 自身には効果なかったが、アドラーも竜の子を見た。


 得意満面の笑顔でブランカは答える。

「竜の咆哮だぞ! 仲間には効かないけどね」


「へえ、やっぱり凄いですねえ。アドラーさんの団は……」

 アストラハンが目を輝かせ、その横顔をクリミアが心配そうな顔で見ていた。


 新たな能力を披露したブランカだったが、問題はその直後に起きた。

 樹上の鳥やサル、地上の齧歯類、シカやノブタの仲間まで周囲から一斉に逃げ始めた。

 いきなり轟いた頂上生物の叫びに、本能が反応したのだ。


「これはまずい……」

「ブランカ?」

「怒っちゃやだ」

 この危機を、ブランカは甘えることで乗り切ろうとした。


 耳の良い虎は、当然ブランカの声を聞きつけて隠れるだろう。

 しばらくは大人しくなるだろうが、縄張りを捨てるとまではいかない。


「仕方ない、今日の探索は中止して船に戻ろう。本当にごめんね、付き合ってもらってるのに」

 アドラーは幻影団の皆に謝る。


「いえいえ気にしないで下さい! 僕、ちょっと探して来ますね、白い虎とやら」


 張り切っているアストラハンが一人で走り出そうとしたが、動き出す直前にアドラーが掴んだ。


「アドラーさん……?」

 強い力で腕を掴まれたアストラハンが、怪訝な顔になる。


 魔法が使えるアドラーは、魔力の流れが読める。

 それを戦いに使うのがアドラーの強さの一つで、さらには危険な敵を事前に察知する事も出来る。


「……集まれ、上から何か来るぞ!」

 アドラーが叫ぶ頃には、ブランカも気付いて真上を見る。


 ダルタスが斧を取り出して臨戦態勢に、アドラーは剣の柄に手をかけながら皆に強化魔法も付与する。


「指揮は俺がやる。俺を信じろ、勝手な攻撃はするな。こいつは、やばいぞ!」


 すらりと剣を抜いたアドラーの後ろに、皆が一塊になる。


「こんなとこで何が……? とんでもないのが来る」


 最大級の警戒をしたアドラーの目が、急降下してくる影をようやく捉えた。

 太陽を背にして巨大な黒い矢が一直線に下りてくる。


「あっ、こいつ!」

 ブランカが叫んだが、声には緊張感がまったくなかった。


 地上すれすれまで近づいた黒い影は、アドラー達の頭上で見事に静止する。

 超高速からゼロ速度へ、一瞬で移行する尋常ならざる機動力を持つ生き物。


 敵意の無い目で地上を見下ろすのは、漆黒のドラゴンだった。

 片翼だけで十メートル以上あり、手足と尾を垂れ下げながらブランカを見つめる。


「だんちょーごめん、呼んじゃった」

 まだ戦闘態勢の団長とオーク、固まる少年少女に向けて、竜の王女がぺろりと舌を出した。



 アドラー達の居る場所は、ライデン市よりもずっと東。

 少し高い所に登れば、東方の大山脈『オロゲンの背骨』の白い山頂がはっきり見える。


 たまたま遥か上空を飛んでいた黒竜は、一族の姫の声を聞きつけて降りてきただけ。


「ほ、本物の竜……」

 幻影団の者達は、おとぎ話を目にしてぴくりとも動けない。


「失礼な! あたしも本物だぞ」

 ブランカが右手を差し出すと、黒竜は首を伸ばしてその手を舐める。


「ねぇ、ちょっと頼まれてくれる? あたしが失敗しちゃったから」


 バジリスクのボス『アカカブト』でも軽く仕留めることが出来る黒竜は、姫の頼みを聞いて舞い上がる。


 今日、この密林で一番不幸だったのは、昨日まで森の頂点にいた白虎。


 地表へと数百年ぶりに降りてきた黒竜に散々に追い回されて、人里から遠く離れた森へ追い払われた。


 この白虎は魔獣となりさらに長く生きたが、森の奥で静かに暮らす事を選び、ヒト族を襲う事はなかった。



「おわった、褒めて?」

 そしてブランカは、眷属の功績を独り占めした。


 黒竜は人の目では見えぬ空のかなたへ舞い戻り、二度と地上へ来ることはない。


 前時代の覇者である竜と、次の時代を担う二足種族、両種が共に暮らす時代はまだしばらく続くのだ。


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