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 湖の孤島に足を踏み入れたダルタスが、立ち尽くしていた。


「なにやってんだ?」

 横幅のあるオークの背中に、アドラーが早く行けと促す。


「おっさきー! わっ、なんだこれ!?」

 跳び箱の要領で二人の頭の上を飛び越えていったブランカが、驚いた声をあげた。


 小さな孤島は、草木が溢れる緑の島。

 中央の小高い丘には切り株が一つあり、アクアの従姉妹だという湖の女神が腰掛けている。


 その周りには数百本の斧が並ぶ、しかもマリモに手足が生えたようなものが、せっせと斧を湖から水揚げしている。


「あら早いわね」

 水神の一族に共通する青い瞳が、アドラー達を見つめた。


「こ、こんにちわ! ブランカです!」

 ブランカが思い切って挨拶をした。


「はい、こんにちは」

 穏やかな笑顔を返した女神は、とても落ち着いて清楚で美しかった……が。


「ちょっとさ、急に言われても困るのよね。ほんとにあの子ったら! そこのオークも、後ろのあんた達も手伝いなさいな」


 緑色の藻玉に手足が生えていたのは、湖の精霊達。

 女神に命令されたアドラー達は、精霊を手伝って斧を島に並べていく。


 ブランカとクリミアと、鷲の幻影団の女の子達は、女神の側に侍ることを許され、赤い果物を馳走になっていた。


「な、なんで俺たちまで……」

 幻影団の男子が文句を言うが、アストラハンが諌めてくれる。


「そう言うな。力仕事だし、ダルタスさんがどの斧を選ぶか興味あるだろ?」

「まあ、それはあるかな」


 手伝ってくれる若者たちに、アドラーは声をかけた。


「すまないなあ、それにありがとう。いや、まさかこんなに数があるなんて……」

 アドラーが見る限り、斧の数は五百本を超えている。


「気にしないでください、元はうちの国の人が捨てたものですから!」


 アストラハンが大声で答え、マリモ型の精霊から斧を受け取る。

 まるで役に立ちますとアピールしたいかのように張り切っていた。



「で、どうだ?」

「どうだと言われても……選び放題ではあるが」


 湖から引き上げた斧は六百本以上、眺めるアドラーとダルタスにも何が何やら。


「まずは、魔法がかかってるような良品を探してみるか」

「すまんな、団長。手に合わぬ小さいものは置いておいてくれ」


 二人は、フリーマーケットでも散策するように斧の間を歩いて回る。

 ほとんどは木こりの斧、オークの戦いに使えるようなものではない。


 歩き回ったダルタスが、見るからに大きな物を十本ほど選び出す。

 前の斧は、騎士の鎧を叩き続けて刃が砕け再起不能になった。

 同質と言わないまでも、何とか近い物を見つけたい。


 手に合う一本が決まらぬとも、ダルタスならば数本抱えて戦い続ける事も可能ではあるが……。


「なんだこれ? 硬化魔法か、いや製造段階で魔法を使ってあるのか」


 魔法反応を探していたアドラーは、柄が一メートルもない斧を見つけた。

 短めな柄に比べて、ラブリュスと呼ばれる左右対象の刃は大きい。


「何故こんなものがこんな所に、ひょっとしてドワーフ族の武器じゃないか? ダルタス、ちょっと来い!」


 大股でオークがやってくる間、アドラーは斧に付いた水草を払い落として刃を日に晒した。


「……錆の一つもない、いや鉄ですらない」


 女の子達とお喋りを楽しんでいた湖の女神が、アドラーに教えてくれる。


「ああそれね、八百年程前に嵐で船が沈んだの。水死体を見るのも嫌だし、乗組員は助けてあげたのだけど、『お礼に積荷を捧げます』とか恩着せがましかったの覚えてるわー」


 この斧は、湖底で女神の座布団になったから神格化した訳ではなく、元より銘のある逸品のようだった。

 八百年の時を超えた戦闘用の斧は、連れて行けと誇示するように陽光を跳ね返す。


「だ、団長!? なんだこの斧は? 短いが、凄まじい斬れ味を感じるぞ!」


 オークが持つと投げ斧(トマホーク)にしか見えないが、大ぶりな両刃をダルタスは気に入っていた。

 アドラーは、ふと気付いて湖の女神に聞く。


「あのー、ひょっとしてこの湖に斧が捨てられるようになったのって、八百年前からだったりしません?」

「……うーん、そういえば?」


 美しい女神は、かわいく首をかしげた。


 かつて――ルーシー国が若かった頃の話。

 火山の作った外輪山に居を構えた国は、豊富な鉱物を生かす為にドワーフの鉱山技師と鍛冶師を呼んだ。


 溶岩が押し上げた数種の希少金属と、神話になった国の中央にそびえる巨人の斧の削り粉を混ぜ、ドワーフが傑作を打ち上げた。


 国宝と呼べる数本の斧、そのうちの一本が湖に長く眠っていたのだ。

 銘品と引き換えに女神が救ってくれたと乗組員は勘違いして、何時の間にか斧を取り替えてくれるお話に変わった――。



「迷惑なんだけどね。自分のお家に斧が投げ込まれるのを考えてみなさいよ?」

 アクアの従姉妹はとても辛辣だった。


「女神どの、これを頂いてよろしいか?」

「あげるわ、もう私のものだし。けどそうね、その代わりに……」


 当然ながら、ただで何かしてくれる女神は存在しない。


「う、うむ、よし何でもこい!」

 ダルタスも覚悟を決めた。


「せっかくだから、他の斧も全部処分してくれる?」

「う、うむ?」


 六百以上の斧は、これからの数ヶ月、”鷲の幻影”団が何度も往復して街へ運んで売った。

 女神アクアのお膝元の冒険者ギルドだから、許された行いである。


 大量の斧を見たルーシー国の人々は、二度と湖にゴミを捨てなかった。

 そして願いを込めて投げ込まれた斧は、孤児院の運営資金に変わる。


 その後のルーシー国では、巡り巡って良いことに使われる事を『湖の斧』と呼ぶようになった。


 ダルタスの斧は、短い柄を抜いて長いものと入れ替える。

 強固なドワーフの刃を研ぐのは、オークでも大変な代物であったが、新しい相棒を得たダルタスの力は更に増す。

 このドワーフ謹製の武器は、後に『ダルタスの斧』と呼ばれオーク族に伝わる物になるのだ。


「さて、次に行こうか」

 一晩、女神の孤島に泊まったアドラー達は船に乗る。


「うー、もう行っちゃうなんて寂しいわ。また来てねー」

 湖の女神は、見送りながら水流を作って船を運んでくれる。


「子供に囲まれて過ごすなんて良いわね。この島にも孤児院作ろうかしら?」

 などと言っていた女神は、ルーシー国の孤児院へ遊びに行くようになった。


 二人の女神に愛された孤児達からは、この辺境の小国を支える人材が幾人も出るが、それはまた別の話である。


 西へ伸びる支流に入ったアドラーは、白虎を探す。


「何も見えない……熱帯雨林舐めてたわ」

 アドラー達は、地上で数十キロ四方の縄張りを持つ虎を探す羽目になっていた……。


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