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 アドラーは、表情と視線を保つのに必死だった。

 僅かでも気を抜けば、女神アクアの巨大な肌色山脈に引き寄せられてしまう。


 神さまクラスになると、裸体を晒すなど気にしないとバスティから聞いていた。

 地上の者の、せいぜい長くて数百年の記憶にまで構う気は起きないと。


「ふむ。ならば堂々と見ても良いのでは?」

 アドラーは真理に辿り付いたが、その前に人として大切な事を思い出した。

 ギルド対抗戦で会った時は、女神の聖水で助けてもらったのだ。


「レーナ川を統べる女神アクア様、その節は大変お世話になりました。本日は急に押しかけてしまい……」

「あらやだ、堅苦しいのはやめてくれる? そういうのはここの人達でお腹いっぱいよ」


 アクアは膨らみどころか、くびれのある滑らかなお腹をぽんと叩く。

 お礼の言葉を中断させられたアドラーの横で、キャルルがごくりと唾を飲んだ。


「あの、堅くないのは嬉しいのですが、裸のお付き合いは……。その教育上良くないので……」


 女神が何を目的に出てきたか分からないが――ただの気まぐれの可能性も高い――アドラーは早くに収拾する必要があった。

 板一枚隔てた女湯には、同じギルドの女性陣が入っているのだ。


「強い気配が幾人もわたくしの神殿に来れば、様子くらい見に来るわよ。それにお風呂で服を着てる方が変じゃない? ねえ、エルフの僕ちゃん?」


 アクアの青い瞳が見つめると、キャルルは長い耳まで温泉に隠れる。

 これから思春期の男子には刺激が強過ぎたのだ。

 そしてアドラーも理解した、この女神は分かってからかってると。


「と、とりあえず、温泉から上がってゆっくりお話を!」

 キャルルが溺れる前に逃げ出そうとした団長の耳に、聞き慣れた声が飛び込む。


「あれれー? だんちょーが裸の女の人と一緒にいるぞー?」

 仕切り板を乗り越える勢いで男湯を覗くのはブランカ。


 わざとらしい大きな声は、あきらかに後ろのミュスレア達にあてたもの。

 将来は服など無しに空を飛び回るブランカも、裸体への羞恥心はとても薄い。


「なんですって!?」

 クォーターエルフの姉妹の声が男湯にも響き、バスティの声が続く。


「あーこの気配はアクアだにゃ」


 アドラーの耳に、リューリアが怒鳴るのが聞こえる。

 思春期も真っ只中のリューリアが、妖艶で女らしさを前面に出すアクアを好きでないのはアドラーも知っている。


「また余計なことを……」

 アドラーが竜の子を睨むと、顔だけ出したブランカは面白そうに笑っていた。



 何とか体は温まったが、アドラーは冷たい視線に晒される。

 特にリューリアが怒っていたが、乱入してきたのは女神の方なのだ。


 浮気した父親を見るような目つきに耐えられず、アドラーはそっと声をかけた。


「リュ、リュー? 神さまはほら、何考えてるか分からないから……」

「むぅー、分かってるわよ!」


 全く分かってない顔でリューリアは唇を尖らせた。

 ヒトの年齢では18歳でも、エルフ混じりのリューリアはもっと幼い。


「事故みたいなものだから、機嫌をね」

「ねえ、アドラーお兄ちゃん?」


 アドラーは少し警戒する、こういう呼びかけをする時は危険のサイン。


「な、なにかな」

「あのね、わたしはね、お姉ちゃんと結婚すると思ってるから納得して我慢してるの。もし他のひとに手を出したら、夕食に毒キノコ混ぜるからね?」


 ケルベロスルにキノコの胞子を植え付けられて以来、アドラーはキノコが苦手。

 言いたい事を言ったリューリアは、すっきりした顔で跳ねていく。


「……退路を立たれた兵士ってこんな気持ちなのかな」

 アドラーは追い詰められて逃げ場のない兵の気分を知った。



 女神のアクアは、暇なので話でも聞きにと現れただけだった。

 遠く離れたエルフとオークの話や、近くのゴブリンの話まで、地上のことを楽しそうに聞く。


「いずれ天上に戻った時、わたしらのような若い神は、年寄りから土産話をせがまれるのよ」

 街に出稼ぎに来た娘のようなことを言いながら。


 話を聞き終えたアクアは笑いながらいった。

「それで斧をなくしたのね。確かにこの国には伝説の斧があるけど、アストラハンも悪い子ねえ。オークでも使えるものではないわよ、だって巨人の斧だもの」


 アドラーとダルタスが顔を見合わせる。


 ルーシー王国には、国を囲むカルデラにまつわる神話がある。

 巨大なカルデラの中心には、長さ五十メートル以上ある古代の斧が埋もれて立っている。


 竜と巨人が争った時代の物で、巨人族が斧の一撃で大地をえぐり外輪山が生まれたという神話。


 余りに重く動かせず、削ることすら困難な未知の金属の斧は、ルーシー国の観光名所になっている。

 もちろんダルタスでも持つことさえ出来ない。


 アストラハンが慌てて言い訳をする。

「すいません、騙すつもりはなかったんです。この国では誰でも知ってる斧で、ほんの冗談だったのですけど……田舎でごめんなさい」


「うーむ、船の帆柱を二本立てたよりも大きな斧か……流石の俺でも無理だな」

 ダルタスは、本気で残念そうな顔をした。


「まあ、お詫びと言ってはなんだけど、斧なら紹介出来るかも。それと、神の力を授けてあげるわ。せっかく遊びに来たんだもの!」

「えっ! 良いんですか!?」

 女神の言葉にアドラーが驚きの声をあげる。


 狙った神から有用な加護、神授魔法をもらうのは大変な手間とお金がかかる。

 当たりを引くのは良くても二十分の一、運が悪いと一生ハズレばかり。


 特に戦女神(ヴァルキリア)盾の女神(アイギス)といった戦闘系の神々は確率が渋いので有名。


 神に祈るのを諦めて、優秀な武器を買った方が良いくらいだが、冒険者の中にも小金が貯まると神殿へせっせと足を運ぶ者がかなり居る。


「へーきへーき、わたしの母って大洋母神のテティスでしょ。そっちの女神にも顔が利くのよ。その代りに、私のお願いを聞いて欲しいなーって」


 女神はただでは働かない。

 まだ神殿に通いつめて祈ったり捧げたりする財力のない”太陽を掴む鷲”が、このチャンスを逃す訳にはいかなかった。


「分かりました、何なりと」

 アドラーはまたも覚悟を決めた。


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