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 二つの丘の間を、街道が通っている。

 少し標高がある、緩やかな曲がりの手前をアドラーは抑えた。


 アドラーを先頭にダルタス、そしてゴブリンが道を塞ぐ。

 指揮官、副官、兵の並びは通常と逆。


 アドラーが幾ら説得しても、ゴブリン達は聞かなかった。


 ――逃走するゴブリン達は全部で一千二百人と少し。

 担架や介添が必要な者が、一割ほどいる。


 騎馬隊に追いつかれてからは休憩中で、その理由をアドラーは説明した。


「砂漠まであと二日。ここで馬だけが姿を見せたという事は、敵の歩兵は追いつけない可能性が高い」


 これは当たっていた。

 集合に手間取ったデトロサ伯の歩兵千五百は、騎士団の遥か後ろ。


 原因は、ギムレットが仕掛けた傭兵団のサボタージュ。

 あれやこれやと理由を付けて移動を渋り、出発が大幅に遅れたのだ。


「騎兵の目的は、俺たちの足止めだ。こちらが進まなければ襲って来ない。だが俺たちは進む必要がある。そして歩き出せば無差別に襲撃するだろうが……あちらの指揮官は決戦を受けた。これが自由への、最初で最後の戦いになる」


 その言葉を聞いたゴブリン達の中から、百名程が前に出る。

 ゴブリン達はとっくの昔に決めていた、誰が最初に犠牲になるかを。


 アドラーは、勇敢な男達にいった。


「お前達は足手まといだ。俺の役には立たない」

「盾になります」


 一人のゴブリンが代表して答える。


「最前線には俺が立つ」

「騎兵の突撃を受けます。馬はよく疲れる生き物です」


 重装騎兵の衝撃力は絶大、少数で戦いの行方を決定付ける力を持つが、弱点もある。


 重い騎士を背負っての突撃は、どんな馬でも数回が限界。

 槍を並べて粘り倒せば無力化出来る、ただし普通は誰もそんな役割を望まないが。


「二度も耐えれるとも思えない」


 ゴブリンの男は、アドラーを安心させるように笑う。


「この百人は、息子と共に囚われました。親が死んでも子は生き残る。わしらの壁を突き抜けようと、そこで馬は疲れて止まります。お連れ下さい」


 唯一アドラーが恐れていた事があった。

 怪我人や病人だらけの集団に、重装騎兵の一隊が突っ込むこと。


 槍と蹄にかけられ、押し合いになったゴブリンは一瞬で潰れて何百人も死ぬ。


 もちろん、そうなる前にアドラーは勝つつもり。

 だが手こずるのを見た敵将が、ゴブリン達を人質にしようとするのは充分にありえた。


 その前に立ちはだかると、親父達は言った。


「わはははっ!」と、それは満足そうにダルタスが笑って続けた。

「良いではないか、団長。ゴブリン侮り難しと見せつけるのも、我らの役目だぞ。戦わぬ者に未来はこないのだ」


「これだからオークは」と、アドラーは言いかけたがやめた。

 一理もニ理もあり、何よりも覚悟を決めたゴブリン達の顔付きには見覚えがある。


 いまさら「死ぬかも知れないぞ?」などとは、聞かなかった。


「俺の指揮下に入ることを認める。全員に強化魔法をかける、信じて付いてこい」


 アドラーを信じる彼らに、強力なバフがかかる。

 担架に使っていた槍を手にして、何両かの荷車を防壁にする。

 これがゴブリン族の最前線で最終防衛線となる。



 マガリャネス騎士団長の率いる132騎が、時刻通りにやって来る。

 淡々とした速歩で従卒もなし。


 中央のマガリャネスの前に十騎、左右にも十騎ずつ、あとは四から六ずつの縦隊が二十、広く展開してやってくる。


「見事なもんだ。こんな田舎にこれだけの騎兵がいるなんて」

 アドラーが五歩後ろに立つダルタスを振り返った。


「舐めてかかってくれると楽だったのですがなあ」

 腕がなるとばかりにオークが斧を振り上げる。


 縦に並ぶことが出来る軍は、訓練されている証拠。

 誰だって戦うならば横並びが良い、死ぬも生きるも運任せで済む。


 ゴブリン達は、気合を入れるように太鼓やラッパを鳴らす。

 軍楽隊のつもりで、ゴブリン族の音楽は元々陽気でリズミカルだが、今はちょっとリズムが速い。


「緊張してるのかな?」

 またアドラーが聞いた。


「心配されるな。獅子に率いられれば、羊とて猛獣に変わると言う」

 ダルタスは、アドラーとゴブリンの防御線の真ん中に立つ。


 並んだ槍の間から、アーネストが顔を出した。

「アドラー団長、私が見届けます! 信じてますよ!?」


 本当に信用してればそんな事は言わないが、月刊冒険者の記者は、メモを片手に前線にやって来た。


 マガリャネスは、大きく丘を回って後ろを突くといった戦術は取らなかった。

 もしそうすれば、ブランカに撃ってよしの許可を出していたが。


 ぶつかる前に、一人の騎士が隊列から離れ出てきた。


「デトロサ伯国の騎士、ロドリーゴ。勇敢な冒険者に一手、申し込みたい」

「ライデンのアドラーだ。そのままこい」


 最初からそのつもりか独断か、数で押しつぶす前に一騎打ちとなった。


「では!」

 特に複雑な儀礼もなく、ロドリーゴは馬の腹を蹴った。


 素晴らしく強く鍛えた騎士だと、誰が見ても分かる。

 両手で槍を持ち足だけで体を支えるロドリーゴは、バランスを崩さずに真っ直ぐにアドラーへ突き進む。


「両手が……使えるのか」

 アドラーは距離が詰まるのを待つ。


 通常、騎兵は右手側が攻撃範囲。

 それを知る者は左手側に回り込もうとするが、ロドリーゴはその動きを待っている。


 もちろん右手側に現れても、この騎士の槍は正確にアドラーの胸を狙う。

 突進する馬を避け、左右どちらに動いても逃げ場はなく、正面にいれば馬鎧に弾き飛ばされる。


 だがアドラーはぎりぎりまで動かず、槍を繰り出すために僅かに方向を変えたロドリーゴに付いていく動きをした。


「おおおっ!?」

 後方のゴブリンから驚きの声が上がる。


 槍の間合いの内側に入ったアドラーの刀は、騎士の腰の少し上を切り裂く。

 勢いのまま十数歩走った馬から、二つになったロドリーゴが乾いた大地に落ちた。


「信じられん」「鎧ごとだと……」と、騎士達も初めて見る光景に目を疑う。


「一つ!」

 何を切り捨てたか振り払うように声を出したアドラーに向けて、マガリャネスが攻撃命令を出した。


 数騎ずつの縦隊二列が左右から同時に襲いかかり、すれ違いざまに繰り出す攻撃は馬の重さと速さが乗り、かすめるだけで致命傷の威力がある。


 マガリャネスは、その隊列を二十本用意していた。


 後に、双ヶ丘(ならびがおか)の殲滅戦と呼ばれる戦いが始まった――。


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