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「だんちょー、やっちまうか?」

 祖竜の子供、ブランカが牙を見せてアドラーに聞いた。


 今のブランカは、十五日に一発くらいはドランゴブレスが撃てる。

 その威力は絶大、地面ごと騎兵隊の一部は消滅するだろう。


「いや、止めておこう。まだ攻撃してくる様子はない」


 問答無用で突進してくるならアドラーも考えたが、追ってきた騎兵は見える位置で止まった。


 頂上生物であるブランカは、短いサイクルで巡る命に配慮はするが遠慮はしない。

 歯向かうならば輪廻を巡れとばかりに消し飛ばす。


 だがアドラーは、女の子にそんな命令をする気はなかった。


 アドラーがよく知る地球の動物は、オスがよく争う。

 特に哺乳類のオスは、メスの奪い合いに縄張り争いと命をかける場面が常に訪れる。


 高等生物で平和主義が多いのは鳥類。

 この種は、見た目の美しさや歌声やダンス、巣作りの上手さでメスを争う。


「人類に一番近いのは鳥では?」と、前世のアドラーは常々思っていた。


 雌が命をかけて戦うのは、哺乳類も鳥類も、捕食者や雄から子供を守る時がほとんどである。


「ブランカはあっちで食事をしといで。ここは俺に任せて」

「ほんとにいいのー?」


「ほんとうだ。いざとなったらお願いするけどね」

 白い髪をぽんと叩くと、白い尻尾を振りながらブランカは走っていく。


「あ、あのーアドラー団長? 本当にどうするんです? 突撃してきたら皆殺しですよ」


 月刊冒険者の記者、アーネストも聞いてきた。


「そりゃまあ、攻撃しないでって頼むしかないなあ」

 アドラーは、小説を書くために記者になったという男を気に入っていた。


「そんな無茶な。あれだけの重装騎兵なら、千人のゴブリンくらい簡単に押し潰せますよ?」

 アーネスト言葉は正しく、文字通り鎧袖一触である。


「そうならないように手は打ったんだが、レオン王国がねえ。首都レオンの様子はどうだった?」

「いえ私は、マレフィカさんに会ってから直ぐに漁船を借りて北上してきたので……」


 レオンの冒険者ギルド本部に出入りしてたアーネストは、話を聞いて意気込んでやってきた。

 冒険者ギルド本部は、ライデンやレオンのように大都市や国ごとにある。


 彼はゴブリンへの偏見が薄かった。

 この二日間、誰彼構わずに話を聞いていて、中立かゴブリン寄りの記事を書いてくれそうであった。


「戦って引いてもらうしかないかもな」

 他人事のようなアドラーに、アーネストが抗議する。


「いいですか、アドラー団長。私にもこんな機会は滅多に……いや、向かって来てるのは、どう見てもデトロサ伯の騎士団ですよ。ただ馬に乗った兵士とは訳が違います、戦争の専門家です。一人や十人で何とかなるはずが……小説は大団円でないと駄目なんですよ……」


 小説家志望なアーネストの本音がちらほら漏れていた。

 アドラーやクルケットから話を聞いた記者は、これが傑作を書くチャンスだと思っていた。


 彼がどんな話を書くのだろうかと、楽しみになってきたアドラーが敵の動きを見つけた。


「お、偵察か? いや軍使か。手順を踏むつもりらしいな」


 総指揮官であるアドラーは、まだ話足りないアーネストを置いて、一人で南に歩き出した。

 見るからに立派な装備の騎士級が五人、馬に乗ったままアドラーを待っていた。


 そして先に名乗った。

「フェルナンド・デ・マガリャネスと申す。デトロサ伯の騎士で、騎士団長である。そなたの名前をお聞かせ願う」


 マガリャネスは威風堂々、正面からアドラーを見下ろす。


「アドラー・エイベルデイン。ライデンの冒険者、”太陽を掴む鷲”の団長だ」


 ライデンと聞いて騎士達がざわつく。

 ミケドニア帝国の北の玄関口、北部海域一円に手を伸ばす商業都市にして冒険者の町を知らぬ者はない。


「ライデンからこのデトロサまで、遠路ご苦労である。して何用で参られたか。帝国の冒険者とはいえ、そこのゴブリンどもは伯爵家の財産であるが」

 マガリャネスは表情一つ変えぬ。


「彼らはただ自分の家に帰ろうとしているだけです」

 アドラーも応じた。


「奴隷の逃亡は罪である!」

「それは借金を背負った奴隷と、戦争で身代金が払えなかった者の話だ。レオン国法もデトロサの国内法も、理由なき奴隷を認めていない」


 理論武装の重要性をアドラーは地球で学んでいる。


「そなたは、フェリペ閣下の財産を奪おうとしておるのだぞ?」

「違う、あくまでゴブリン達の自力救済だ。私はそれを助けているに過ぎない」


 アドラーは、この地の歴史と成文法は一通り読んでいた。


「我が伯国は、長いことゴブリンを使ってきた。我らの慣習を犯すと言われるか」

「過去の労役、たとえばこの”アルフォンソの道”は、ゴブリン族との交易発展の名目があり、アルフォンソ伯は食料と引き換えにゴブリン族の助力を得たのだ」


 マガリャネスの声が一際大きくなった。


「我々はフェリペ閣下の命を受けてここに来た、それでも従わぬと言うか!」


 アドラーも大声で返す。

「俺が依頼を受けたのはライデン市だ。帝国にゴブリンを助けるなという法も、伯爵ごときに従えという法もない!」


 マガリャネス団長が強く睨んだが、アドラー団長は一歩も引かぬ。


「もう一つ聞こう。そなたは戦うつもりか?」

「必要とあらば」


 返事を聞いたマガリャネスは説得する口調で言った。

 

「何故、そのような無茶をする。ライデンの冒険者といえば、大陸一の評判も高い。ゴブリンなどに肩入れせずとも、幾らでも武名は立てられよう」

「この男達が戻らねば、ゴブリン族が多く死ぬ。残された女子供らがだ。もし北方の砂漠が無人になれば、この国に魔物がなだれ込むぞ?」


 アドラーが下から見つめるマガリャネスの目が、初めて動揺した。

 法解釈などどうでも良くとも、女子供が犠牲になるというのは、マガリャネスにとって衝撃だったようだ。


「わ、我々が北の砂漠に出て、警備をしよう。ゴブリン族の扱いを改めるよう、伯爵閣下にも奏上する。労役に戻す気はないか?」

「俺たちを見逃して、伯爵を諌めてくれないか? もう大勢が死んだ。これ以上の犠牲は出したくない」


 アドラーは僅かな希望に賭ける。


「……すまぬが、連れ戻せとの命令だ」

 かなり長く沈黙したマガリャネスが、交渉断絶を告げた。


「そうか……俺が死ねば、ゴブリン達も降伏する。ほとんど武器も持ってない」

「歯向かわぬ者への攻撃は禁止させる。我々は太陽が真上に来たら攻撃を開始する。アドラーと申したな、そなたが逃亡しても追わぬと約束しよう」


 マガリャネスは、アドラーに逃げよと伝えて馬首を返した。


 正午まではあと一時間余りの時である。


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