表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/214

130


 ”アルフォンソの道”が、デトロサ伯領の海沿いを南北に伸びる。

 

 何代か前のデトロサ伯アルフォンソが、子孫と同じくゴブリン族を労役に狩り出して整備した道である。


 この街道は、そのまま南に伸びてレオン王国の首都レオンへ、更に南から西へと辿ると数ヶ国を挟んで大ミケドニア帝国に繋がる。


 レオン王国にとって覇権国であるミケドニアとの関係は最重要だが、現在の所は大きな問題はない。


 まだ夜も暗い”アルフォンソの道”の北部、そこから東へ伸びる枝道を、これからレオン王国を震撼させる男が歩いていた。


「最近手を入れたか、綺麗な道だな」


 特に隠れもせず、アドラー達は、奴隷ゴブリンが整備した山道を歩く。

 灯りも付けるしお喋りもする、見つかったところで『既にやる気』だったが、鉱山まで何の邪魔も入らなかった。


「付近には危険な魔物は居ない、運の良い奴らだな」

 アドラーは、ゴブリン族がこき使われる鉱山の宿舎を見下ろしながらいった。


 運が良いのは、これから不幸な目に遭う監視の兵士達。


「兵士が百人に、士官や指揮官が二十人。炊事や雑用に雇われた民間人が二十人と、さらわれたゴブリンが六百人以上か。だいたい合ってるようだな」


 ギムレットが送ってきた情報は、位置も規模も正確。

 野心家の元団長が何かを企んでいるとしても、まだアドラーを裏切る気はないようだった。


「はいはい! あたし、あたし!」

 白竜のブランカが、団長に飛びつく勢いでアピールする。


「じゃあブランカ、一緒にいくか?」

「うん!」


 そのまま飛び跳ねてアドラーの頭にしがみ付く。

 ブランカの戦闘能力は、いろんな意味で桁が違う。


 だがアドラーは、まだ幼竜の少女に、意思と言葉の通じる相手を命令で殺させたくなかった。

 いずれ降りかかる火の粉を払う時が来るかも知れないが、なるべく遅くしてやりたいのが親心。


「ミュスレアとダルタス、ここは頼む。ちょっと兵士を無力化してくるから」


 肩に長いロープを抱えたアドラーとブランカは、もう直ぐ夜明けの山道を鉱山に向けて降りていく。


 ゴブリン達を見張る兵士の数に比べて士官級の者がやけに多いが、アドラーには理由が分かる。


 軍の支配下にある鉱山など、利権の固まりである。

 ゴブリンを使えば食費以外はタダ同然、むしろおかずを一品減らして裏金を作り、鉱石の半分は横流しされる仕組み。


 散々に美味しい汁を吸い、退官となれば田舎に豪邸が建つと信じて眠る士官用の宿舎にアドラーとブランカが忍び寄る。


 一応、眠そうな歩哨が見張っていたが、宿舎は鍵もかかっていなかった。


「一室ずつ行こうか」

「はーい」


 歩哨を眠らせた二人は、中に入って手近なドアを開けた。


「はずれー!」

 ブランカが小さな声でいった。


 一階は全て事務室や待機室、二階へ上がりやっと当たりを見つける。

 鍵はアドラーが二重強化をかけてねじ切る、シーフ系の仲間が居ないので”解錠”系の呪文も技術もなく力任せだ。


 流石に寝ていた士官が目を開いたが、瞬きよりも素早く飛び込んだブランカが喉元から抑え込む。


「首をねじ切られないだけ、お前は運が良いぞ」

 アドラーが猿ぐつわをして、縄をニメートル程切って投げつける。


 マレフィカお手製のスネークロープ、魔法の縄は士官をしっかりと拘束し、丸一日はこのままだ。


「マレフィカは、変なものばかり作るね」

 うねうねと巻き付くロープを見たブランカがいった。


「変かな? 便利だと思うけど」

「変だよ! だってさ、あたしに時々言うんだよ。尻尾の付け根どうなってるの? 見せてくれない? って」

「……それはね、マレフィカが変なんだよ」


 アドラーは、あとで魔女をきつく問い詰めねばと決心した。


 軍人は冒険者より弱い、というわけでもない。

 鍛えられた軍人はとても強く、しかも数が増えるほど等比数列的に戦力が上がる。


 一方の冒険者は、人数が増えると統率に問題が出てくる。

 命令の下に揃って動くという訓練をしてないからだ。


 だが頭を失った時に軍隊は一瞬で瓦解する、そしてアドラーとブランカは指揮官クラスを全員拘束した。


「こっちは終了。ゴブリンを解放してくれ」

 アドラーは、連絡球で伝えた。


「分かった。すぐにむかう」

 帰ってきた文字はミュスレアのもの、彼女は簡単な文字を読み書き出来るようになっていた。


 一番豪華な部屋で寝ていた一番偉そうな奴を引き連れて、アドラーも外へ向かう。

 鉱山の施設長など端役かと思われるが、捕まえたそいつは「将軍だぞ! 無礼な! 何者だ?」とうるさい。


 アドラーが剣を突きつけて黙らせる。

「二度と喋れないようにして、次席の奴を連れていっても良いんだが」と。


 朝靄の中で、のんびりと荷車を引いたドリーとミュスレア達が、ゴブリンが閉じ込められている宿舎へ向かう。


 百人の兵士が眠る建物と同じ大きさの所に、六百のゴブリンが詰め込まれていた。


 ミュスレアの槍が鍵を砕いたが、ゴブリン達は中々出てこない。

 後になってアドラーはその理由を聞いた。


「早朝に追い出されて、ついに始末されるのかと思った……」と、ゴブリンの男は語っていた。


「助けに来たわ、もう平気よ! 一緒に逃げ、いえ故郷に戻りましょう!」

 ミュスレアが何度も呼びかけて、ようやくゴブリン達が出てくるが、まだ恐る恐るといった感じ。


「きさま! こんな事をしてただで済むと……うがっ!」

 再び口を開いた将軍とやらを、アドラーは殴った。


「ただで済まないのはお前だよ。だが選ばせてやる、ここで死ぬかゴブリン逃亡の責任を取るかだ」


 アドラーは選択肢を与えたつもりはない。

 鉱山の利権を一手に握る将軍は、後で逃げた奴隷を捕まえるか、再び狩れば良いと考えるだけである。

 この軍人の仕える伯爵が、必ず失脚すると教える必要はない。


「クルケットのお父さん居ないのかなぁ……」

 ブランカが心配そうにつぶやく。


 ボロボロの布一枚を着せられたゴブリン達は、土埃に汚れて痩せて、アドラーにはほとんど見分けがつかない。


 集団を見ていたクルケットが、ダルタスに話しかけた。

 巨大なオークは小さなゴブリンの頼みを聞くと、肩の上に担ぎ上げた。


 しばらくの間、まだ薄暗い山間に幾筋かの朝日が差し込む中を、クルケットの大きな目が探し続ける。


「あっ!」

 叫んで飛び降りようとしたクルケットを、ダルタスが慌てて抱きとめる。

 ニメートルの高さの肩から落ちれば、怪我をしかねない。


「ダルタスさま、ありがとうです!」といったクルケットは、そのままゴブリン達の中へ走り出して力の限り叫んだ。


「お父ちゃん、お父ちゃん! わたしです、クルケットです! 良かった生きてた! また会えた!!」

「……クルケットか? 本物のクルケットか!? 愛しい娘よ!」


 ゴブリン達は道を作ってクルケットを通し、父娘が抱き合った。

 泣いて再会を喜ぶ親子を、輪を作って見ていた男達の目の色が変わる。

 絶望と過酷な労働で沈んだ目から、希望の目へと。


 満足そうに見ていたダルタスが、大きな口を開いた。


「ゴブリンども、よく聞けい! ここで土に埋もれて死ぬか、戦って子供や恋人をその手に抱くか、いまここで選べ! 俺はオークの戦士ダルタス、部族に並ぶ者なき戦士だ。そして我が団長は、俺をも従える勇者! 貴様らを必ず故郷に届けてやる!」


 狭い山間に、オークの声が響いた。


「あの馬鹿、せっかく寝てた兵士が起きてしまう」

 苦笑したアドラーだったが、気分は悪くなかった。


 アドラーに付いて来てから、実力に比べて控えめだったダルタスが、はっきりと主張するのは珍しい。

 体を張る場面で、常にアドラーの近くに立つオークは、今後一層頼もしくなるだろう。


「なんだ、今の大声は?」

「何事だ?」

 宿舎から転がり出て来た兵士を前に、アドラーは将軍に刃を突きつける。


「おい、喋れ」

「ぐぬぬ……ぎゃあっ!」


 一瞬だけ抵抗した将軍は、アドラーに肩を浅く突き刺されて降参した。


「お、お前ら、武器を捨てろ! 他の士官もみな捕まった、抵抗は不可能だ! 我々は降伏する!」


 アドラーは、怪我人一名で鉱山を占領した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ