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「ギムレット!! てめぇ、ここまで落ちたか!」
見慣れた顔への怒りに、アドラーが先に剣を抜いた。
「貴様のせいだろうがっ!」
臆することなくギムレットも応じる。
「自業自得だ!」とアドラーも叫び返す。
かつて”太陽を掴む鷲”の団長だったギムレットは、幹部だったミュスレアに団長職と借金を押し付ける形で団を捨てた。
莫大な借金は、ミュスレアと妹弟を奴隷に堕とすに充分な額。
だが団にはアドラーも残っていた。
命の恩人でもある可愛い三姉弟を救うため、強引に団長となったアドラーは、債権者と武力による交渉をし、大陸を東へ南へと冒険をして団を立て直した。
そしてギムレットの新しい団との直接対決に持ち込んで勝ったのが、ほんの二ヶ月前。
「ギムレット、あれから二ヶ月で今度はゴブリン狩りとは!」
アドラーの踏み込みに気圧されたギムレットだったが、引きはしなかった。
手で八十人の部下を抑える。
「待て、お前達ではこいつに敵わん。俺に任せとけ」
アドラーも気付く、僅か二ヶ月でギムレットはこの傭兵団の副隊長に登りつめ、よく部下を把握していると。
「二ヶ月……? そういえばクルケットが旅立ったのも、その頃だっけか……」
戦場のアドラーは冷静になった。
剣を抜いて対面するギムレットが安堵したのが伝わってくる。
軽い打ち込みに変更したアドラーが「少し話を聞こうか」と伝えると、ギムレットも応じた。
「部下の手前だ、戦ってるふりをしてくれ」と。
外から見ると、圧倒的な力と技術を持つ剣士二人の目にも止まらぬ戦いに思える。
実際に、太陽と鷲の団長だったギムレットは強い。
元々は何の強化も受けないミュスレアを上回る実力がある。
団にいた頃は、ギムレットの強さを10とするならミュスレアが8か9。
更に自慢の魔法剣――アドラーに叩き折られた――で、五割増しがギムレットの強さだった。
今のミュスレアは、アドラーの特殊バフを受けて三倍以上に戦闘力を高める。
そして素の状態でもギムレットを凌ぐアドラーは、自己バフとも掛け合わせておよそ九倍にまで強化出来る。
ライデン市の冒険者でもトップ10に入ったギムレットが、辺境の傭兵団であっさり副長になったのも当然のこと。
またアドラーには勝てない事も理解していた。
「降伏しろ、ギムレット。命までは取らん」
「少し待て」
火花の散る速度で剣を合わせながら二人は喋る。
「お前は、ゴブリン狩りまではやってないのか?」
「狩りは今日が初めてだな。まあ見張りはやってたんだが……」
「同罪だな。だが許してやる、情報を寄越せ」
「偉そうに!」
ギムレットが強く剣を叩き付けたが、アドラーは軽く受け流す。
周りからは死闘にしか見えないが、二人は余裕の打ち込みで会話がメイン。
「お前は、あんな奴の下に付くつもりか?」
アドラーが砂漠に倒れて悶えるコルテスを示す。
「いずれは始末して乗っ取るつもりさ。コルテスの部下と俺の部下を見たろ?」
「ならば俺の言うことを聞け。さもないと、雇い主ごと叩き潰すぞ」
今度はアドラーが剣に力を込めて、ギムレットを弾き飛ばす。
再び剣を突き出しながら、今度はギムレットから尋ねた。
「何をする気だ? 半エルフの次はゴブリンに肩入れして、何を考えている?」
「お前には理解出来んよ。だがゴブリン達は救い出す。それからデトロサ伯も終わりだ」
「ふんっ、また無謀なことをっ!」
ギムレットが大きく振りかぶって渾身の一撃、と彼の部下には見えた。
横目で見ていたミュスレアとダルタスには、無謀な一振りに見えた。
そしてアドラーには、ギムレットが話を飲んだと分かった。
頭上に落ちてきた剣を、アドラーが切り飛ばして剣先を相手に向ける。
「参った、降参だ」
ギムレットが短くなった剣を捨てる。
頼りの副隊長が負けた”神聖十字団”は、完全に戦意を失った。
「な、なにを勝手に! 戦え! ギムレットもお前らも戦わんかー!」
コルテスだけが元気に叫んでいたが、このうるさい傭兵団長が元気ではアドラーも困る。
話は通じる相手としたいのだ。
すたすたとコルテスに近寄ったアドラーは、よく動く顎を軽く蹴り上げた。
骨が砕ける音がして、砂漠に静けさが戻った。
アドラーが、怪我人だらけの百二十人を相手に告げる。
「副長は降伏を申し出た。命だけは助けてやる、もう砂漠へは来るな。次にここで見かけたら必ず殺す。交渉は、副長のギムレットとおこなう」
「運の良いやつらめ。明日の朝日を団長に感謝するんだな」
まだ動き足りないといった顔でダルタスも付け加えた。
アドラーは、ギムレットを呼んで話を聞く。
その間に、神聖十字団の者は治療にあたるが……戦いの終わりを見て、ゴブリン村の子供達が出てくる。
「あの、お水……」
村の井戸から汲んだ水を、傷ついた男達にも分け与える。
ゴブリン族は、困ってる者を放っておけない。
厳しい砂漠を生きるのに、競争でなく共存共有を選んだ種族なのだ。
クルケットがアドラーのところへやって来て訴える。
「団長さま、添え木が足りません!」
折れた骨は軽く三百本を超え、木というのは砂漠ではとても貴重。
アドラーは転がる怪我人達へ命令した。
「おい、お前ら剣を出せ。鞘を代用する、中身はこっちで再利用するから捨てていけ」
ゴブリン族の子供らの優しさにあてられた傭兵達は、腰から剣を外して捨てた。
一部の者はうなだれて後悔しているし、残りも優しさをみせたゴブリン族を恨む気配はない。
鉄も貴重品、傭兵団の剣はいずれゴブリン達の農具に変わる。
リューリアもやって来たが、負傷者の多さに絶望して腕を切り落とされた五人に絞って治す。
コルテスは放置するようアドラーが指示をした、目を覚ますと面倒だから。
これで、名実共にギムレットが代表になった。
「さてギムレット、賠償金は取らないから協力して貰おうか」
もうギムレットに抵抗する気はなく、素直に両手を挙げる。
実力の差は知っているし元々は傭兵団を乗っ取るのが目的、この男は野心家である。
「お前、こんなとこに居たのか」
まだ顔を隠したままのミュスレアもやって来る。
「誰だ、この下品な女は?」
よく日焼けした踊り子を指差し、ギムレットはアドラーに聞いた。
「なっ!? わたしだわたし!」
ミュスレアが顔と髪を覆った布を取る。
「なんだ、ミュスレアか」
「何だとはなんだ! わたしはお前らのこと許してないからな!」
娼館に売り飛ばされそうになったミュスレアの怒りは至極当然。
「ところで、グレーシャは? 一緒じゃないのか?」
ふと気になった事をアドラーが聞いた。
「……あいつは、とっくに別れたよ。ライデンを出た翌日には、金目の物を持って消えていた」
「あっ……」
「ふーん……」
アドラーとミュスレアは、肩を落とす元団長にほんの少しだけ優しくしてやろうと思った。
交渉に臨んだギムレットは、アドラーの要求を全て無条件で受け入れる。
知る限りの情報を渡し部下をまとめ去っていく。
デトロサ伯とは袂を分かつが、その前に情報工作することも約束した。
そして団長のコルテスは、帰りの道中で死んだ。
夜の砂漠に迷いでて行方知れずになったと、アドラーは後に知った。
誰がやったかは明白だったが、心優しい団長でも冥福すら祈らなかった。
既にゴブリン族は大勢が死んでいる。
「さてと、救出作戦の開始だ」
団員を呼び集めてアドラーは告げた。
村を襲うバジリスクは消え、下準備も終え、いよいよゴブリン族救出へ向かう。




