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 ゴブリン族が多く住むこの砂漠は、ゴブ砂漠と呼ばれている。

 ゴブ砂漠には、冒険者も恐れる四種の魔物がいる。


 空を舞うデザートイーグル、地中の殺し屋モンゴリアンデスワーム、大地には麻痺毒のバジリスク、そして夜を闇を支配するサバクノキツネ。


 いずれもラクダ科の大型種、ヨツコブラクダをも楽々と捕らえる魔物ばかりで、中でも化けて人を騙すと言われるサバクノキツネのロンメラは、おとぎ話になるほど有名。


 妖狐のロンメラが砂漠の女王ならば、アドラーが『アカカブト』と名付けたバジリスクは砂漠の王である。


 生まれ出て八百余年、ゴブリンのみならずヒトやリザード族の隊商も襲い、喰った二足種族は六百人を超える。


 頭を持ち上げればビルの三階、胴の長さはバス並み、尻尾の長さも十メートル。

 その上に毒と知恵を持つアカカブトに対して、アドラーは単独で向き合った。


「ここで、通行止めだ」

 アドラーの後ろには、キャルルとリューリアがいる。


 前足での一撃を強引に受け止め、巨大な爪を一本切り落とす。

 アカカブトが、アドラーのことを厄介な武器を持つ敵であると認識した。


 一歩下がったバジリスクの鼻の穴が閉じる。


「おっ、そうくるか。しかしこんな事もあろうかと!」


 バジリスク種は、鼻へ送る空気を迂回させて麻痺毒を飛ばす。

 練熟の冒険者なら見たことなくても知っている。


 だがこのボス、巨大なアカカブトの生産する毒は、量も多く押し出す空気圧も強い。

 毒液でなく毒霧となってアドラーを包み込む。


 砂漠の枯れた川床に、ダイヤモンドダストのようにきらめく毒の柱が立った。


「とりゃっ!」

 しかしアドラーは痺れることもなく、毒の柱から飛び出して、アカカブトを斬りつけてさらに一歩下がらせる。


 アドラーの頭には、革と砂漠ガラスで作った即席のガスマスク。

 中和剤には炭と薬草、そしてマレフィカ特製の魔法薬。


「うー臭い! そして暑い! けど仕方ない……」


 汗と薬の混じった悪臭がアドラーを襲うが、命には代えられない。

 毒ガス戦の経験など無いこの世界で、初めてガスマスクが実戦で使われた。


 ぶつくさ文句を言いながら足止めする団長を見て、リューリアが自分の役目を思い出す。


「癒やしの女神パナシアよ、お願いします!」

 解毒の呪文をアドラーにかけた。


 吸い込む心配はなくとも、麻痺毒は肌からも染みるが、多少ならばリューリアでもデトックス可能。


 リューリアは、自分の前で右に左にと弓を射つ弟に気を取られていた。

 もう過保護な姉なんて邪魔者扱いだが、それでも心配なものは心配。


 ダルタス、ミュスレア、ブランカの三人を見回して、回復も解毒も必要ないと確認したリューリアが気づく。


「……みんな、集中出来てないじゃないの」


 アドラーでさえ、気もそぞろ。

 真ん中でヒーラーと射手を担当する二人のカバーに余力を残し、全力を出し切れてない。


「もうっ! この子はわたしが見てるから、みんな目の前の敵に集中しなさいっ!」


 その言い方は酷いと、弟が恨めしげに姉を見る。

 キャルルはここまで十本の弓を放ち、なんと七本も命中させていた。

 それも比較的小柄で素早く、回り込もうとやってくるバジリスクを倒して追い返していた。


「そ、そういう意味じゃないからね、キャルル? 無茶はしないようにってことよ? お姉ちゃんの事は、キャルルが守ってね?」


 リューリアにとって、弟が姉離れするのはとても寂しいことだったが、今は男の子のプライドを優先させた。


「キャルル、そこは任せるわね」


 ミュスレアが、一言かけてアドラーの援護に向かう。

 右翼からやって来た大型のバジリスクを四体全て倒した長女は、迷いに迷って弟でなく団長のサポートをすることにした。


 後方を片付けたダルタスも、キャルルに任せて前方へ向かう。

 最後にブランカが二人の側へやってきた。


「なんだよ、お前も前にいけよ」

「だって、もうあたしの出番ないし」


 戦闘に集中した”太陽を掴む鷲”は、砂漠の王を圧倒していた。


 右前足の近くにダルタスが陣取り、巨大な盾と戦斧で攻撃を受ける。

 頭部の攻撃範囲にはアドラーが位置して、アカカブトの注意を引いて逃さない。


 拘束された敵の側面を回り込んだミュスレアの槍が、アカカブトの尾の付け根に深々と突き刺さった。


 アカカブトが絶叫を上げる。

 強力な攻撃手段である、尻尾を操る神経系を槍で貫かれていた。


 動かなくなった尻尾を自切して、アカカブトは逃げの体勢に入った。

 およそ六百年ぶりの屈辱、エサもメスも縄張りも独占してきた砂漠の王にとって、忘れかけていた生存本能が頭を支配する。


 だが、アドラーとミュスレアとダルタスの連携は固い。

 三角の包囲網を作り、どの方向にも逃さない。


 最後の毒を噴霧しようと、大きく頭をあげたアカカブトの首をアドラーが斬った。


 切断とまではいかなかったが、王の首がぐにゃりと曲がり、追い打ちとばかりにミュスレアが蹴り倒す。


 止めは巨大なオークの戦斧、頭蓋を砕いて柔らかい中身が飛び散った。


「おわった」

 見ていたブランカが明言した。


「あっ、残りも逃げてく」

 キャルルの手持ちの矢が一本になったところで、他のバジリスク達は逃げ出した。


「こんなもの? あっけないわね」

 幾度か解毒を使っただけで、リューリアの魔力はたっぷり残っていた。


「なに言ってんの、兄ちゃんとダルタスが滅茶苦茶に強いだけだよ!」

 自称二人の弟子のキャルルの鼻は高い。


「お前もよくやった」と、ブランカがキャルルの頭を撫でようとして逃げられた。


「なんだ! 褒めてあげるのに!」

「ちょっと背が伸びたからって調子に乗んな! すぐに追い抜いてやるからな!」


 じゃれ合う二人を放っておいて、リューリアは三人を出迎えるが、ガスマスクを取ったアドラーに飛びつこうとして止まった。


「あのね、なんか凄く、臭う……」

 控えめな次女の言葉に、長女もアドラーの顔に鼻を近づけた。


「うわ、くっせ! 夏のスラムを流れるどぶ川の臭いだ」

 冒険者歴の長いミュスレアの一言はまったく容赦がない。


 汗と薬草とマレフィカの魔法薬が混ざった悪臭が、アドラーの顔と髪に染み付いていた。


 帰りの道では、ダルタス以外はアドラーの近くに来ない。

 ドラゴンもクォーターエルフも、嗅覚はかなり鋭いのだ。


 村へ戻ったアドラーはひたすら顔を洗う。

「リューリアが、石鹸を持って来てて良かった……」


 綺麗好きな次女のお陰で、何とか抱きつかなければ分からないくらいになった。

 洗顔洗髪ついでに体を洗い出したアドラーのところへ、黒猫が飛び込んでくる。


「きゃあ! って、なんだバスティさんか」

「なんだとはなんだにゃ。うちもこう見えて乙女……ってそれはいいにゃ! 敵襲だぞ。騎乗十に徒歩二百ほどのヒトの群れが、村へやってくる」


 アドラーは、まだ濡れた体に上着を羽織って剣を片手に飛び出す。

 バジリスクよりも残虐な連中が、向こうからやってきたのだ。


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