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 ゴブリン族に悪いとこがあるとすれば、財貨の共有意識が強いこと。


 そのせいで手癖が悪い盗人族などとヒト族に嫌われる事がある。

 彼らにしてみれば、道から手の届く果物くらい……といった感じなのだが。


 だが良いこともある。

「ウシ? それくらい分けるべさ」と言った近隣の村ゴブリンのお陰で、クルケットの村は救われる。


「ゴブリンをデトロサ伯国の家畜に乗せて大脱走しようかな……」と考えていたアドラーも作戦を修正する。


 列強諸国も認める正統な領主に喧嘩を売るなど、アドラーは大陸一の賞金首になりかねない。


 だが何事にも抜け穴はある。

 アドラーは、この大陸の歴史と先例を調べまくって穴を見つけた。


「二百年ほど前に、もっと南にもゴブリンの村があった。ポラーンド国という小さな国にだ」

「ふーん、それで?」

 ミュスレアが仕方なくといった感じで相手をする。


 北の枯れ川に向かう道中、アドラーの講義に付き合ってくれるのは長女だけ。


「そのポラーンド国の王が酷い奴でね。少数種族を虐待するだけでは飽き足らず、ゴブリン族を狩猟の的にし始めたんだけど……もう止める? この話」

「きーたげるから。ほい続けて」


 日焼け肌に赤味がかった金髪のミュスレアと、のんびりした学生風のアドラーは、まるで学園の最上位カーストと底辺のガリ勉男子。


「あ……はい、それでは……続けます」

 アドラーも思わず敬語になる。


「兄ちゃん! そこで勇者が助けに来たんでしょ?」

「違うわよ! 追放されてた格好良い王子が戻ってきたのよ!」


 気を使ってキャルルとリューリアも相槌を打ってくれる。

 二人は優しい良い子だ。


「残念だが違ったんだ。ポラーンド国は、ミケドニア帝国とサイアミーズ王国に挟まれた位置にあった。ゴブリンの扱いに関する国際法規は何もなく、王の暴虐は止めようがない」


 アドラーは、まだ三人が聞いてくれてるか、ちらりと確認する。


「だけどね、二つの大国はポラーンド王の行為を非難して攻め込んだ。書物では両国とも十万ずつの大軍。合計して二十万がなだれ込み、わずか三日でポラーンドは地図から消え、国土は両大国が分割して領有することになった」


「なんだそれ!」

「なにそれ! ずるい!」

 キャルルもリューリアも納得いかない。


「けどね、この事がゴブリン達を救ってくれるかもしれない」

「ほんとにー?」


 二人とも、とても賢い。

 アドラーもこれの本質が、非道な行いが天罰を受ける寓話ではないと分かる。


 要するに、覇権国家の気分と利益次第なのだ。

 そこは地球の歴史ともまったく同じ。


「ミケドニア帝国くらい魔法技術が進んでいれば、労働力の確保は何とでもなる。マレフィカがゴーレムを使ってやってるみたいにね。二百年前のポラーンド国と今回のデトロサ伯国、ゴブリン虐待で二つも滅びれば、小国はもう同じことは出来ない」


 アドラーは、デトロサ伯に大きな代償を払わせるつもりである。

 たかがゴブリンに雇われた行きずりの冒険者風情に、ボッコボコにやられたとあっては同じことをする国は当分現れない。


「それなら、我が部族の連中を呼んでやれば良かったのに。奴らは喜んで団長に従うぞ?」


 ダルタスが提案した。

 南の森に住むオーク族、一騎当千の戦士達を二千も呼んでアドラーが率いれば、伯どころか王を相手に喧嘩も可能。


「ダルタス、幾らかかると思ってんだ。食費だけで破産してしまう」

「それもそうか」


 ダルタスは豪快に笑う。

 アドラーの頼みなら数千ほどのオークが集まるとしても、飯がなければ働けない。

 毎日の食事がバジリスクの肉では、反乱すら起きかねない。


「まあ、上手く行けばの話だけどな……」

 アドラーもまだ半信半疑で、問題だらけだと分かっている。


 小国が奴隷も使えず遅れたままなのは大国の利益になるが、それは三大国の独裁的支配へ進みかねない。


「いっそ、主権は国民にあるって本でも書いて闇出版してやろうか?」

 アドラーは、恐ろしい事を思い付いた。

 革命時代に突入すれば、君主国だらけの大陸は大混乱間違いなしだ。


「難しい話は終わった? もう着いたわよ」

 ミュスレアが槍で北の枯れ川を指し示す。


 ここに居るバジリスクのボス、当初のアドラーは、こいつをデトロサ伯領の連中にぶつけるつもりだった。

 逃げ出したゴブリンを追った軍隊が、とんでもない化け物に遭遇して全滅した間抜けな伯爵にしてやる計画。


 だが先にボスを倒さねばアドラーは村を離れられない、それほどに危険な相手。


「よし、これから川底を歩いて親玉を探す。みんなの配置はこうだ」


 アドラーが六人の位置を決め、一人を除いて文句はない。


「また、これ!? ボクだって今度こそは!」

 キャルルが頬を膨らませて怒る。


 ゴブリン達に頼られる存在となったキャルルは、内面的にも大きく成長しようとしていた。


「キャル、気持ちは分かるが、リューを守るのはお前の仕事だ。大事な役割だぞ?」


 アドラーは、四人でひし形を作り、その真ん中にキャルルとリューリアを置いた。


「それは分かるけどさ……ボクだってそろそろ……」

「キャルル、しっかりわたしを守るのよ?」


 文句を言い足りないキャルルと、楽しそうなリューリア。

 弟は、姉が未熟な自分をバカにしたと思った。


 しかしリューリアの本音は違う、弟が危険な場所に立つのを見るのは心臓が止まるほど怖い。

 まだ自分の隣でスカートに隠れてて欲しいと思っている。

 キャルルが姉に認められるまでは、もう少しの時間がかかる。


 先頭はアドラー、右手にミュスレアで左がブランカ、最後尾がダルタスの陣形で、太陽光が照り返す川床を進む。


「まいったな、まるで鉄板の上だ。早くに出てきてくれないと困る」


 アドラーは、あれほど大きなボスが何故に空から見つからなかったか理解した。


 柔らかい川岸のあちこちに、大穴が空いている。

 ここはバジリスクなど大型モンスターの巣だ。


「けど気配も新しい匂いもないなー」

 ブランカも不思議そうな顔をしていた。


 しばらく歩くと、枯れた川幅が狭くなり両岸が急激に高くなる地形へ出た。


「なるほど、賢いな。待ち伏せには最適な場所だなあ」


 アドラーが剣を抜き、続いて全員が武器を持つ手に力を込める。

 大型のバジリスクが左右から十匹ほど顔を出し、正面からは別格に大きな一頭がやってくる。


 赤い模様が全身に入り、目も縁取って頭部は活火山のように赤く、見るからに恐ろしい。

 長い尻尾を地面に叩きつけると、水のない川底が割れた。


「怖いものなしって感じだな。負けた事がないのだろう、当然だが」


 この数日の間、眷属を多数葬った二足の敵を相手に、ボスは万全な準備で待ち構えていた。

 エサにする為でなく敵を殲滅する為に、バジリスクの群れは一斉にアドラー達へと襲いかかった。


 全員に強化魔法を行き渡らせたアドラーは、ボスの名前を決めた。

 ネームドに相応しい大物である。


「よし、お前の名前はアカカブトだ」

「うーん、いまいち。見たままだし」

 ミュスレアは否定的。


「名前など何でもよかろう、直ぐに倒すのだ」

 ダルタスは団長の趣味に付き合う気はなし。


「シロとか名付けられなくて良かった……」

 同じくアドラーから名前をもらったブランカが、ほっと安心してから跳ねた。


 アカカブトの近衛が四頭ほど同時に吹き飛び、怒りの声をあげたバジリスクのボスが、土煙をあげて突進を開始した。


 砂漠の怪獣大決戦の始まりである。


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