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「お母ちゃん、ただいま!」

「ああ、まさか本当のクルケット! 朝起きたら姿が見えず、てっきりもう……!」


「痛いですよ、お母ちゃん……」

「よく無事で、おかえりおかえりクルケット」


 岩山から駆け下りて来た母ゴブリンは、娘を強く抱きしめて泣き崩れる。

 泣き虫のはずのクルケットに、もう涙はなかった。

 今の彼女の目には、仲間に伝えたい希望が詰まっている。


「クルケット!?」

「お姉ちゃん!」


 クルケットの友達や弟妹達までが岩山から出てきた。

 小さく勇敢なゴブリン少女は、一気に揉みくちゃにされる。


「みんなただいま、ただいまです。帰ってきたです!」


 アドラーは、その光景から背を向けた。

 もらい泣きしそうになったからではなく、周囲の警戒の為である。


 避難所から出てきたゴブリンを狙い、別のバジリスクがやって来ないとも限らない。

 ダルタスなどは、とっくの前から外側を向いて見張っていた。


「なんだ、ダルタス。お前も泣きそうになったのか?」

「だ、団長と一緒にするな! オークの男は泣いたりせぬわ!」


 オークの男は、素直とは程遠い。


「あー泣けるわ。わたし、母娘ものって駄目なのよ」


 素直なミュスレアもやって来て、三人並んで見張る。

 長女は十年以上前に母親を亡くして、それからは自分が母親代わり。


 色々と思うところがあるのだろうと察したアドラーは、ここでミュスレアの肩を抱き寄せるべきか五分ほど悩む。


 団長の遅すぎる結論が出る前に、キャルルがやって来て姉の腰にしがみついた。


 最近では、あれこれと構いつける長女にうざいという態度を取るようになった少年も、今だけは我慢できなかった。


「あら、どうしたの急に」

 ミュスレアは笑いながら弟に腕を回し、二人の妹も呼んだ。


「リューリアもブランカもおいで」

 三人同時に抱きつかれたミュスレアの横顔は、アドラーが見張りを忘れそうになるくらい優しいものだった。


「ぼやぼやしてるからだにゃ」

「戦闘以外の決断は遅いのー」

 バスティとマレフィカが、団長をからかう。


「なっ!? こういう時こそ、油断大敵ですから!」


 アドラーは再び夜の砂漠に目を戻す。

 幸いなことに、ゴブリン達の喜びを邪魔する存在は現れなかった。



 出てきたゴブリン族は、女と子供ばかり。

 アドラー達への挨拶もそこそこに、三匹のバジリスクから肉を集める。

 もう、食料がないのだ。


 助けに来たアドラーへは、敵意こそないがやはり距離がある。


「当然だ」と、アドラーも思う。

 有能な受付嬢テレーザから受け取った情報は詳細だった。


 デトロサ伯爵領は、ゴブリン狩りを目的に冒険者ギルドを雇おうとしたが断られ、傭兵とも冒険者とも呼べぬならず者を六百から八百ほどを飼っている。


 剣を片手のヒト族――アドラー――を怖れるのは無理はない。


 だが、まったく怖がらないゴブリンも居る。

「団長さま! 見張りをありがとうです! みんなに会って欲しいです、こっちへくるです!」


 クルケットが走り寄り、両手でアドラーの手を引っ張る。

 それに釣られて、ゴブリン族の子供が集まってくる。


「団長?」

「お兄ちゃん、強い?」

「何処から来たの?」


 茶色い肌に横に広がった耳、異種族と言っても人の子供と大きな変わりはない。


「おっ、まてまて。お兄ちゃん達は、最後に山に入る。その前に、このロバを案内してくれないか? ドリーさんって言うんだ。積んでる干し肉は食べても良いぞ、けどドリーは食べないでね?」


 優しく話しかけたアドラーに子供達の警戒は一気に薄れ、「はーい」と返事をするとドリーを引っ張っていく。


 バジリスクを解体したゴブリン達は、急ぎ足で避難所へ引き上げる。

 一番後ろを、アドラーとダルタスが着いていく。


「うむ、狭いなこれは」

「我慢しろ、この道がここを守ってたんだ」


 砂岩で出来た細く滑りやすい上り坂に重いオークが苦労する。

 ようやく登りきると、直ぐに長老達のところへ通された。


 自己紹介すらなく避難所の一番奥へ。

 ゴブリン族は、アドラー達が最後の希望だと気づき始めていた。


「ようこそおいでくださいました。座ったままの無礼、お許しください」

 円座の長老ゴブリン達。


 この種の特徴として、寿命は短いが老いても体は萎えずに動くというのがある。

 厳しい乾燥地帯で、動けぬ者を養えない時代が長かったゆえに身に付けた進化。


 だが長老たちは、骨が浮くほどやせ細り立つ事もままならぬ。


「それほどに食料が……?」

 アドラーが尋ねた。


「いえ、岩を掘り抜いた井戸がございます。それで種芋を僅かに育て、子供と母親の分はなんとか」


 確かにアドラーが見た女子供は、健康を維持していた。

 その代りに、ここに座る十数人の老ゴブリンは何も口にしていないと分かる。


「多少ですが食料はあります。それにバジリスクの肉も……」

 アドラーの申し出に、老ゴブリンは穏やかに笑う。


「もう固い物は受け付けぬのです……。ですが人の方よ、我らは今日まで村の未来を守れた。バジリスクを、一刀のもとに倒されたと聞きました。子供らを、未来を救ってくださらぬか?」


 強く頷いたアドラーは、腰の剣を軽く叩く。

「もちろん、その為にここへ」


 長老たちは、大きく息を吐いて安堵する。

 気を抜くと、このまま旅立ってしまいそうなほど。


「同胞を食った獣の肉を食う、野蛮なゴブリンだとお思いでしょうが、許してくだされ。貴方様に渡せる物など何もないのですが……村の娘を何人か……」


 アドラーは手を上げて話を止めた。

 娘を差し出すとは、決してアドラーを侮ったわけではない。

 彼らに出来る、残された最後の誠意がそれしかないのだ。


「勇敢なゴブリンに、もう報酬はいただきました。バジリスクは、必ず討伐します。そしてデトロサ伯にさらわれた村の男達も、取り返してみせましょう」


 長老ゴブリン達は、一様に驚いて口々に止めた。

「そ、そんな無茶な」

「そこまでは……」

「戦いになりまする」


 こんな時でも、ヒト族を恨むどころか争いを恐れる。

 ヒト族のアドラーを見る目にも、暗いものがない。


 アドラーは宣言した。


「私には勝算があります。ライデン市の最古参、ギルド対抗戦シード保持、絶賛団員募集中の”太陽を掴む鷲”に、どうぞお任せください!」


 つい言い慣れた営業文句がアドラーの口から出た。

 半分ほど意味が分からずとも、長老ゴブリン達は大きくうなずいた。


 ただの辺境伯の野心か、レオン王国をあげての企みか、まだアドラーは知らぬ。

 しかしどちらでも構わない。


 これから、大陸最強の冒険者ギルドが国を相手に喧嘩を売る。


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