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「お名前は? お歳は幾つかな?」

 アドラーの尋ね方は、幼い子に対するそれ。


「クルケットです! 10歳です!」

「そっかー、偉いねー」


 にっこり笑い返したアドラーの脇腹を、ミュスレアがつついて囁いた。


「アドラー、ゴブリン族は成長が早い。10歳ならもうすぐ大人だ。子供扱いは失礼だぞ」


 そういえばと、アドラーは思い出す。

 小型種族のゴブリンの年齢は三割から五割増しが妥当。


 寿命も長くて六十年ほどだが、その代りに老いて動けないということもない。

 厳しい砂漠と周辺の乾燥地帯に適応して、その生涯をフルに活動する。


 椅子に座るクルケットは、120センチ程の身長だがリューリアと同じ扱いをすべき年齢。


「ご、ごめんね。いや、すいません」

「き、気にすんなです! ゴブリンだし、チビだし、何も出来ないです! 大人扱いは必要ないです!」


 クルケットは、謝るアドラーに焦って手足をバタバタした後に、気を使ってもらえて嬉しいと笑った。


 ゴブリン族は、暑い砂漠の昼間に寝て、朝方や夕方から活動する事も多く目も大きい。


「あら、かわいいわねー」

 今度はミュスレアが子供扱いしてしまうが、打ち解けてきたところで、アドラーは事情を聞くことにした。


「大丈夫、ゆっくり話して。出来ることなら助けになるから」


 アドラーとしては、可能な限りと条件を付けたつもり。

 だが、周りで聞いてるミュスレアとブランカにとっては、もう請け負ったも同然。


 冒険者はタダでは動かない、探検と冒険はお仕事である。

 けれども二人は確信していた、わたし達の団長は報酬なしでも動くと。


 そしてもちろん文句などない。

 そんなアドラーだから、二人は何処へでも付いて行くのだ。


「あのですね。村の男を差し出せと、言われます。ヒトの国に」


 いきなりアドラーの顔が曇る。

 この厳しい世界では労働力の確保は重要で、くだらない押し付けで奴隷を解放して回るつもりはない。


 冒険者の新人でも、薄給どころか無給に近いところでこき使われる。

 ギルドの徒弟制度も酷いものだし、農奴は広く存在しているが、それを解放する為の思想と資本の積み重ねがこの世界にはない。


『まあそれでも、昔の地球よりはマシだけどな……』と、アドラーは思っていた。

 何と言っても、生産の現場には魔法技術の支えがある。


「借金のカタに取られたのか?」

「違うです。馬やラクダでやって来て、脅すです」


 この大陸の奴隷は、借金を返せないか犯罪を犯し身分を取り上げられる、それか戦争奴隷がほとんど。

 ミケドニア帝国では、最長でも十五年での身分解放と、満期時に一時金を与える事を法で定めている。


 ただし抜け道がある。

 圧倒的な数と武力を誇るヒト族が、周辺異種族を捕獲しては使役するのだ。


「それは別に良いです、ゴブリンですから……」


 小さなゴブリン少女は、うつむいて運命だと受け入れるが。


「よくない!」

 アドラーとミュスレアの声が揃った。


「いいこと、何処の国の何奴かわたしに教えなさい。王だろうが公だろうが、お姉ちゃんがぶっ殺してあげるからね!」


 ミュスレアにとっては、他人事ではない。

 安定して法の厳しい大国ミケドニアでも、自身と妹弟が危うい事があった。

 異種族狩りをする野蛮人など、誅殺も辞さずと盛り上がる。


「待てミュスレア、それはやり過ぎだ。人狩りで集めた奴隷には、所有権を認めないと判例集にある。つまりだ、逃げても罰する法はない。全員脱走させて、追って来た奴らを国の外で殲滅すれば、どの国の法にも引っかからない!」


 ここ最近のアドラーは、この大陸の奴隷制度に関する書物を読み漁っていた。

 故郷のアドラクティア大陸に列強の手が伸びるのは時間の問題で、今はこの出会いが不幸にならないように、理論武装を始めていた。


「ふえ? え、えっと、そこまで贅沢は言わんです! お、男手がなくなって、そこに大きい怪物が出たのです。た、助けて、なのです!」


「それくらいお兄ちゃんに任せなさい!」

「それくらいお姉ちゃんに任せなさい!」

 またもアドラーとミュスレアの声が揃った。



 早くも出陣が決まる。

 ブランカが、マレフィカと森の家に遊びに行っているキャルルを呼びに行く。


 その間にアドラーは、クルケットに大事なことを聞く。

 まだ行き先も知らなかった。


「この地図で、どのあたりがお家かな? ここがライデン市だよ」


 クルケットの細い指が、地図中央のライデンから東の海岸沿いに北上する。

 最も北部にある国を通り超えて、その先、砂漠との境界あたりで止まる。


「ちょっと遠いな。ところで、クルケットはどうやって此処まで?」

「塩を交換に来たリザード族に聞いたです、助けてもらった話。それでお願いして、湖を渡って、ぐるっと回った、です!」

「た、大変だったでしょう……」

 長い旅路を聞いたミュスレアは、もう泣き出しそう。


「えへへ、五十の日くらいかかったです」

「そんなに?」

 アドラーは、果たしてクルケットの家族や村人が無事か心配になった。


「村を捨てたです。小さな山の小さな洞窟に逃げたです、けど冬は越せません。食べ物がなくて……」


 故郷を思い出したのか、クルケットも泣きそうになった。


「ミュスレア、ちょっと出てくる。船を手配する、陸路は遠い」

 それだけ言って飛び出そうとしたアドラーの裾を、クルケットが掴んだ。


「あ、あの! これ報酬です、たぶん金が少しは……」


 クルケットがずっと大事に握っていた物を差し出した。

 キラキラと黄色に輝く鉱石で、アドラーには一目で分かった。

 これは黄銅鉱で、金はほとんど含まれいないと。


 アドラーは机に置かれた鉱石を大事そうに受け取って言った。

「確かに契約は成立した。村の周りに出た魔物は必ず俺たちが倒す。ついでに、男達も取り戻そう」


「ふえ、え? そ、そこまで頼んでないですけど!」

 小さなゴブリン少女の叫びを背に、アドラーは家を飛び出した。


「スヴァルトの船が借りれれば良いけど……居なかったら……どうしよ?」


 行く先は北の辺境で、またもヒトの勢力圏を超える。

 そしてスヴァルト国所有の馴染みの交易船、黄金鳥号はライデンの港には居なかった……。


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