ゴブリンより悪い奴らもいる
”太陽を掴む鷲”という小さなギルドが、自由都市ライデンにある。
ライデンの人口は十五万程だが、ミケドニア帝国の北方交易の一大中心都市。
皇帝でさえ配慮する自治を持つ商都には、四千もの冒険者が集まる。
これは帝国内の冒険者の一割に相当する。
その中で、急激に知名度を上げる者がいた。
”太陽を掴む鷲”の新人ヒーラー、リューリア・リョースである。
元々、地区の男の子達には知られた存在――姉の方が有名だが、こちらは恐れられている。
今年18歳になるが、クォーターエルフゆえに成長が遅い。
ここ二、三年で急速に背丈と手足を伸ばし、遂に開花しようとしていた。
「よう、リューリアちゃん。いい魚があるよ」
「ごめんね、今日はお肉の日なの。明日くるからね」
「リューリアちゃん、パセリはどうだい」
「キャルルが苦手だから挽肉に練り込もうかしら。いただくわね」
ギルド七人分の食事を担当するリューリアは市場の常連。
店のおじさんおばさんも気さくに声をかける。
何かと差別される半エルフでも、生まれ育ったここではすっかり馴染んでいた。
「おー、太陽と鷲の子か。アドラー団長は元気か?」
ライデンの冒険者も、リューリアを覚え始めていた。
ギルド会戦ではあのグレーシャと戦って、対抗戦では歌に乗せて広域治癒という離れ業をやってみせた。
今、冒険者ギルドで新人選択をやれば1位指名間違いなしの注目株。
「ええ、お陰様で。今日は近くの遺跡を調査してるの」
「ってことは、次はそこから怪物が現れるのか?」
アドラーが首を突っ込むと大事になるというのは、半ば定説化していた。
「あら、うちの団長が真っ先に出会うなら良いことではなくて?」
「はははっ、そりゃ違いねえ」
六百年の歴史がある”太陽を掴む鷲”――歴代団長には伝説的な名前もある――その現団長はヤバイ奴だと確定していた。
曰く。
何処から来たのか誰も知らぬ
それでいてお人好し
悪魔の使いの黒猫を飼っている
手強い魔物が出たので救援に呼んだら更にとんでもないのを見つける
そして、桁外れの戦闘力を持ち信用出来ると。
「じゃあな、リューリア、ダルタス」
冒険者は、二人に挨拶して去っていった。
エルフの少女の真後ろには、巨大なオークが立っていた。
七人分の食料を抱える荷物持ちとして。
分厚いと形容するにはしなやかで、逞しいでは物足りぬ、ダマスカス鋼の肉体と忠誠心を持つダルタスが美少女の後ろで仁王立ち。
何とかリューリアに話しかけたいと願う街の男子が、睨みを利かせるダルタスを見ては諦める。
それもダース単位で。
「親父、今日から店番手伝うよ」と、店先に立つ若者が増えた。
リューリアは自分の知らぬところで、商店街の跡継ぎ問題に貢献していたが、それは物語には一切関係がない。
「ダルタス、ちょっとギルド本部に寄るから」
「うむ。わかった、お嬢」
「ちょっと、お嬢はやめてって言ったでしょ?」
リューリアは可愛く頬を膨らませて見せるが、オークには余り効果がない。
「ふうむ……お嬢様?」
「リューリアで良いのに!」
「そう言われてもな……」
ダルタスは、己が負けたアドラーに付き従うことを望んだ。
アドラーのことは団長で良いのだが、他の団員とは距離の取り方に苦労していた。
オークの若者が集まる戦士集団で育ったダルタスに、小さなエルフ少女への呼びかけ方など分からぬ。
まずミュスレアに『奥方様』と呼びかけて大変喜ばせた。
この巨大なオーク、意外なことに紳士である。
今では、姉御・お嬢・魔女殿・猫・竜の娘と呼び分けていた。
最初は『坊っちゃん』だったキャルルは、直ぐに『キャルル』に変わった。
キャルルがあっさりと力強いオークにも懐いたからだ。
今では日々、少年の稽古相手をするのがダルタスの日課になっている。
「ま、お嬢で良いわ。なんだか悪い組織の娘みたいだけど……」
「分かった、お嬢」
ダルタスは、ほっと小さく息を吐いた。
戦いにおいて、アドラーはダルタスに全幅の信頼を置く。
盾役や弱者の護衛役には、まず真っ先にダルタスを指名するほど。
今は目の前の歩く少女とその弟を、背中に守る役割をダルタスは誇りに思っている。
もちろん、良からぬ虫の接近など許すはずもない。
「こんにちわー」
声をかけてギルド本部へ入ったリューリアは、まず顔馴染みのテレーザを探す。
リューリアにすれば、何かとアドラーと親しいのは気に食わないが、有能な受付嬢は潰れかけだった”太陽を掴む鷲”を気遣ってくれる。
使えるものは野菜の根と葉まで使う台所担当にとって、テレーザを使うのは当然だった。
リューリアが、冒険者ギルドには似合わぬ小さな女の子を見つけた。
手には何か握りしめ、自分の頭の位置にある受け付け台にしがみついて何かを訴えている。
「それでですね、雇いたいんです。冒険者に、助けてと」
少女の言葉は、かたこと。
リューリアは、ボロボロの服を着た女の子に声をかけて良いかほんの少し迷った。
困った時に助けて貰えない辛さはよく知っている。
姉とアドラーのお陰で人並みに暮らしているが、「わたしはとても運が良かった」と今も強く思っている。
そしてリューリアは気づいた。
「この子、ゴブリン族?」
この辺りでは珍しい小型種族。
まだ必死で訴えるゴブリンの女の子に、リューリアは一歩踏み出した。
声をかける直前、エルフの鋭い聴覚が涙まじりになった女の子の単語を捉えた。
「ひっく、リザード族から、うぐぅ、聞いたです。鷲の旗のヒト族が、ひっくっ、助けてくれるって……」
「それはきっと、うちの事ね!」
後ろから声をかけたリューリアに驚いた女の子が振りむく。
ゴブリン族特有の大きな目には、大量の涙が貯まっていた。
「リザード族を助けた鷲の旗を持つ冒険者ギルドは、わたしの団よ! もう安心して!」
リューリアは思う。
鷲の旗を持つ冒険者ギルドなど幾らでもある。
リザード族の依頼を受けたギルドに限っても、優に三桁はあるだろうと。
もし”太陽を掴む鷲”以外のギルドを頼って来たとしても構わない。
なぜならば、彼女の団長は小さなゴブリンの子を必ず助けてくれるから。
「という訳で、連れてきたの」
リューリアは、自分の家兼ギルドハウスにゴブリン少女を連れ帰った。
「話を聞こうか。リュー、温かい飲み物を。さあ、そこに座って」
アドラーは、ボロボロで土と埃まみれの少女に椅子を差し出す。
ゴブリンは、汚れた自分を気にして立ち尽くしたが、リューリアがついでとばかりに持ち上げて強引に椅子に置く。
長い耳のエルフ、巨大なオーク、白く長い尻尾をふらふらさせる謎の種族、猫耳の少女、そして本でも抱えてるのが似合う穏やかなヒト族の男。
ゴブリン少女の目には、これ以上なく奇異な集団が映っていた。
アドラーは、少女が勇気を出すのを蜂蜜を混ぜた温かい果実汁を勧めながら待った。
「はぅ。美味しい、あったかい、です。あ、あの、助けて欲しいです! 父も兄も連れられて、そこに、デカイ怪物が出たです!」
ゴブリンの訴えを聞いたダルタスが静かに席を立った。
大柄なオークの家は庭に新しく作ってあり、愛用の斧はそこにある。
「斧の研ぎをすませておこう」と、こっそりギルドハウスを出た。
ダルタスは知っている。
心服する団長が直ぐにも、出発の命令を下すことを。
普通のヒト族が嫌い見下すゴブリン族の頼みでも、アドラーには関係ない、困った少女の頼みを断るなどあり得ないのだと。
「ふむ、今度はゴブリンか。田舎を出てみるものだな、世の中はおもしろい」
呟いたダルタスが、大股で自分の小屋に向かう。
対抗戦で大きな収益があり、ライデン市でのんびりしていた太陽と鷲の、新しい冒険が決まった。




