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「リ、リクルートですか?」
アドラーの口から、この世界で通じない単語が出た。
「うん? 陸軍になぞ回したりはせんぞ、もったいない」
バルハルトはずいっと顔を寄せて、繰り返した。
「帝国軍は、何時でも優秀な人材を求めておる」
帝国の将軍は、徴兵官が街角でがなり立てるありふれた文句を口にした。
「あ、お断りします」
「待て待て待て! 今のはわしが悪かった! お主を一兵卒でこき使う気など毛頭ないぞ!? 帝国、いや各国の軍隊は変革期にある。知っておるか?」
この問いかけに、アドラーは思いあたる節があった。
黙っていても良かったが、バルハルトがよそ者のアドラーに話すならば、既に決定事項。
「魔弾杖などの加速兵器ですか。攻城兵器となる大物も顔を見せていますね」
「ほうほう、そうじゃ! 流石であるのう、ますます貴君が欲しくなったわい!」
バルハルトは、マレフィカが聞けば喜ぶような台詞をいった。
「ところでアドラー団長、お主は騎兵の事をどう思う?」
急に話が飛んだ。
「どうと言われましても、強力で便利な兵科ではありますが……」
「ならば、騎兵を見知らぬ土地に連れて行くかね?」
「可能であれば。まあ使えるか分かりませんので、頼りにはしません」
「うんうん、素晴らしいのう。今の我が軍にそう断言出来るものが何人おるか」
バルハルトが満足そうに頷く。
騎兵集団は会戦を決定づける力があるが、何と言っても使いにくい。
莫大なエサには目をつむるとしても、地形の制約が強い。
見知らぬ土地で打撃戦力として侵攻させるなど博打に等しく、作戦と呼べるものではない。
ただ連絡や偵察には役に立つのと、歴史的にも花形部隊であるので積極的に整備される。
しかしこの大陸では、騎兵の活躍が終わろうとしていた。
「通信は魔法の方が早く確実、偵察も訓練した少人数の方が信頼出来ますが……」
アドラーが補足して、バルハルトが受け継ぐ。
「それに加えて、高速で弾を撃ち出す加速兵器の改良と調達も進んでおる。これの前では騎兵はただの的じゃ。帝国は、新編制の歩兵部隊の配備を決めた。新大陸には、この部隊を送る」
アドラーには、バルハルトが本気で誘っていると分かった。
かなりの機密情報を暴露している。
せっかくなので、ついでに大事なことを質問した。
「……帝国は、転移装置付きの遺跡を幾つ発見してるので?」
「使い物になりそうなのは二つじゃ」
「まじですか」
状況は、思っていたよりずっと進んでいた。
「騎兵を抜いて歩兵大隊を軸に、偵察連絡と補助火力を兼ねる冒険者の小隊を付ける。目と耳を兼ねる重要な役割じゃ」
「その小隊の指揮官をわたしにやれと?」
アドラーは今後の対策に頭を取られながら聞いた。
「まさか、そこまでお主を過小評価しとらんぞ。一つ五千の部隊を三つ作ってわしの指揮下に入れる事が決まっておる。その一つをお主に任せたい」
思ったよりも、老将軍はアドラーを高く評価していた。
マスケット銃に匹敵する魔弾杖を装備した歩兵と、斥候と散兵に長けた冒険者の混成部隊の設立。
アドラーが生まれたアドラクティア大陸の軍では、到底勝ち目がない。
バルハルトはその一翼をアドラーに任せると申し出た。
ただの戦術指揮官でなく、新設の精鋭軍を率いる将として迎えると。
「そんなことが……可能なので?」
「もちろんじゃ。元々、指揮官の一人は冒険者から選ぶつもりであった」
バルハルトの瞳には、色良い返事が貰えるとの確信が満ちていた。
アドラーの前世は地球人である。
他人の土地へ軍隊を連れて踏み込むなど、問題しか産まないと知っている。
だが魔物が当たり前のこの世界で、非武装で尋ねるのも愚かだと理解している。
今のアドラーは、その二つの問題を解決出来る存在だった。
『そういう任務にこそ、冒険者を使ってくれ』とバルハルトに訴えたい。
だがバルハルトは、決して祖国ミケドニアの不利になることはしない。
そして、それはアドラーも同じである。
「うーむ、まさか振られるとはのう……。この歳になっても辛いものじゃ……」
バルハルトは、去りゆくアドラーを二階の窓から見送っていた。
ちょうど、遊び疲れたアスラウとキャルルに声をかけるところ。
「故郷によその兵士を連れて凱旋するのは、聞こえが悪い。それに、今のギルドを気に入ってますので」と、アドラーは断った。
ただしアドラーは、もう一つの頼みは承諾した。
「水先案内人として、お主のギルドに依頼を出しても良いか?」
「七人分の報酬を頂けるなら、喜んで」
バルハルトは、この返事でようやく気付いた。
この男を落とすには、周り――小さなギルドの仲間達――から攻略すべきだったのだと。
皇帝の懐刀とも呼ばれる名将バルハルトは、下手に手を出すよりも大陸最強の冒険者と協力関係を維持する事を選んだ。
「仲間とするのは、次の世代に任せるかの」
バルハルトの視線の先では、何時の間にか友達になったキャルルとアスラウが手を振って別れるところであった。
結論こそ出なかったが、収穫の多い話し合いを終えて、アドラーはみんなの元へ帰る。
新大陸に関する事は、団長に一任すると全員が意見を揃えた。
”太陽を掴む鷲”は、これからも一団となって動くが……。
「ううぅ……いいなあいいなあ、わたしも見たかったなあ……美少年同士の戯れ……。次は、絶対にわたしも連れて行ってよ!?」
マレフィカだけが、深夜までアドラーに文句をぶつけ続けた。
しばらくは、アドラーも冒険者稼業に戻る。
だが、流れ出した時代は止まらない。
サイアミーズ軍が、古代遺跡に入って戻らぬとアドラーに報せが届くまで、あと百日もなかった。




