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両の頬を強く引っ張られる痛みに、アドラーは目を覚ました。
起伏のないヒーラー服の上にかわいいリューリアの顔が見えて、膝枕されてると分かった。
アドラーが、何かを睨んでるリューリアの視線を追うと、女神アクアが立っていた。
「はーい、アドラー団長。酷い目に会ってるのを見かけて、来てあげたわよ」
アクアが体を折り曲げて挨拶をした。
「おおおっ!」
ロゴスと他三人、アドラーが知らぬ爺さんらの視線がアクアの胸元に集中する。
アドラーの頬を引っ張る両腕に、ますます力が入る。
「リュー、リューリアさん? 痛いのですけど……」
「あ、あら? ごめん……って起きたの!?」
「お陰様で……」
アドラーは、団のみんなの視線が自分に集まり、それから急速に場の空気が緩むのを感じた。
一安心と息を吐いたリューリアが、病人に向けてはならぬ目つきに変わって尋ねた。
「で、誰? あの下品な女」
緩んだ空気が、また凍りつく。
「げ、幻影の鷲の団長さんです……。ああ見えても、め、女神さまで……」
アドラーは、正直に答えた。
体を起こそうとしたアドラーは、力が入らないのを感じる。
三日ほど絶食した後に、急にマラソンをやらされてぶっ倒れた感覚。
右脇のあたりに、キャルル、ブランカ、バスティがしがみついて並んでいた。
ダルタスは出入り口が見えるとこに陣取って警戒していた。
屈強なオークは、常に皆の盾になれる位置に居座る。
左側には爺さんが四人と、女神と言うよりも酒場の歌姫のような服を着たアクア。
その格好が、アドラーの頬が伸びた原因。
「……どれくらい寝てた? ケルベロスは? みんなは……他の団の奴らは……?」
疲労で頭の回転が鈍い中、アドラーが思いつく限りの質問を重ねた。
「そんなに長くないわ、まだ日付が変わる前よ。ケルベロスは倒したの、覚えてない?」
ミュスレアが飲み物を持って来て側に座る。
「死者はおらん。アドラー団長のお陰じゃ、礼を言うぞ」
ロゴスが長い髭を撫でながら、ようやくアクアの巨大山脈から目を離した。
「それで、アクアさまは何故ここに……?」
アドラーは、アクアの大きな胸から目を逸らすようにして聞いた。
リューリアが、団長の視線を厳しく監視しているのだ。
「あら、お言葉ね。大河の女神の本質は、全てを押し流す。身についた汚れの一つや二つは祓ってあげてよ?」
まったく意味が分からなかったが、アドラーは手を伸ばしてミュスレアから水を貰おうとした。
「な、なんじゃこりゃ!?」
自分の腕に紫色の粉がこびりつき、所々にきのこが生えているのを発見した。
「おお、それじゃそれじゃ!」
「今それを治そうとしててな」
「おっぱいの女神殿、何とかなりますか?」
老人たちが騒ぎ始めた。
「だから、わたしの出した聖水をあげるって言ってるのに」
女神アクアが近づき、アドラーの顔を覗きこむ。
アドラーの頭の上で二つの巨大な釣り鐘が揺れ、次の瞬間にはリューリアが手で両目を塞ぐ。
「あなたに治せるんですか?」
次女が救いの女神にかけた声色は、棘まみれ。
「これくらい余裕よ、余裕。けどねぇ、条件があるわ」
「何でも言って下さい!」と、ミュスレアが即答した。
「あなた方の胸、見ていただける?」
一同が胸に付けているのは、対抗戦のポイントをカウントする魔法カード。
目を塞がれたアドラーは見れなかったが、自分のカードを確認したミュスレア達が驚きの声をあげた。
「えっ、三万点超え?」
ブランカとダルタスも自己申告した。
「あたしもだ!」
「むっ、四万もあるな。何時の間に」
ケルベロスの首を二つ潰したアドラーは五万点超え。
巨大な怪物は、合計で十万点以上の貢献ポイントがあった。
「ボクは80点のままだ……」
キャルルが悲しそうに呟いた……。
アクアの声が少し冷たくなった。
「お分かり? 本日は勝ちを譲って頂けるとのお約束でしたのに、うちの子達が頑張って稼いだ分を一瞬で追い抜いて!」
「め、女神殿!」
ロゴスが女神にきちんと正対して、膝を整えていった。
「彼らはわしの救援に応じてくれたのです。お陰で人死が出ずに済み申した。お怒りをお静め下さいませ!」
「あ、あら、やだ。別に怒ってはないわよ! これあげるから、後でわたしのお願いも聞いてね?」
逆にちょっと慌てたアクアが、胸の谷間から瓶を一本取り出す。
「は? なにそれ? なんでそこに物がしまえるのよ……」
リューリアが小さく呟き、アドラーの頬がまた引っ張られた。
女神の聖水は、あっさりとアドラーの体に付いた胞子ときのこを洗い流す。
アクアは更に樽一杯の聖水を手から生み出し、周辺も洗い清めなさいと伝え、四賢人が彼らのギルド員を使って清掃にあたらせた。
「おっ!? やっと力が入る!」
紫の胞子から解放されたアドラーは、急激に回復を始めた。
「では、わたしのお願いも聞いてくださる?」
アクアが改めてアドラーに尋ねた。
「もちろんです。自分に出来ることなら何でも!」
女神様の願いは、ささやかなものだった。
ルーシー国には、”鷲の幻影”団の他に有力な冒険者ギルドがない。
本来は”レーナ川と豊漁の女神”であるアクアも、常にギルドの面倒は見られない。
何かあれば団員を助けて欲しい、ギルドアライアンスに基づいて同盟ギルドになってくれと言うもの。
「あの子達が稼いでくれて孤児院が回る。文句一つ言わないわ、言ってもいいのに。だから、せめて少しでも安全にね。分かって下さる?」
アドラーに異論はない。
「けど、我々で良いのですか?」
少数の貧乏ギルドですけど、とまでは言わなかったが。
「だって、うちの子達に手が負えない状況って、そういう事でしょ?」
アクアが、アドラーとブランカを見ていった。
当然、ブランカの正体には気付いている。
とんでもない化け物に遭遇した時、確実に助けになる人物はこの大陸でも多くはない。
「それなら喜んで」
アドラーは申し出を受けた。
このギルド同盟により互いの救援依頼は、各地のギルド本部を通じて直ぐに通知される。
あとは無事を祈りながら駆けつける。
”太陽を掴む鷲”は、ギルドの崩壊時に全て解消された同盟を新たに一つ手に入れた。
本戦の二日目。
アドラー達は、昼過ぎまで寝ていた。
対抗戦の運営は、死者が出なかったのを良い事に、通常通りにイベントを進めていた。
もちろん、冒険者からの評判は悪い。
「せめて物資くらい寄越せ。クソ運営」
「現場に出ろよゴミ運営」
「初日で五十人以上の怪我人だぞ、分かってんのかカス運営め!」
「こっちを使い捨ての駒とでも思ってんのか、運営のクズどもは」
どの世界のどの時代でも、儲かるイベントを強行する運営は嫌われる。
そして、事前に手を打つ有能な運営など存在しない。
本戦の三日目になり、対抗戦はまだまだ荒れるのだった。
ほんとに運営ってのは。。。というお話です
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